第2話 隣にいないキミ

キミハルがいなくなったのは、いつ頃だっただろうか。

確か、降り積もっていた雪が溶けてきた、彼の名である春が来そうな、そんな気配のする時期であった気がする。


去年、入学して直ぐに俺はキミと出会った。まるでずっと前から仲良くしていたみたいな俺たちはすぐ仲良くなったよね。


『オレは最上もがみハル。仲良くしてくれると嬉しいな』


いつだって隣にいてくれて、何をするにも一緒で。キミも俺も星が好き、なんていう共通点があったからかは分からないけれど、親友と呼べるほどの仲であったと自分でも自覚している。この学園を卒業しても、継続的に会おう!だなんて、そう、子供ながらに約束をしていたのに。


けれど、キミはいつしかこの学園から失踪した。


俺のクラスメイトは、入学当初俺含む18人だった。4人、二年に上がるまでにいなくなってしまった。

退学してこの島を出ていった3人とは別に、この学園からしてしまったキミは、未だにこの島の中にいるのだろうか。それとも、海の藻屑となり消えてしまったのだろうか。


居なくなってしまった理由は定かではない。俺はそんなこと教えてもらってないし、クラスメイト達も知っていた様子はなかったから。


キミと一緒に屋根上で空を眺めた、あの日々。一緒に色んなことをして、日々様々な経験をした。そんな彼との思い出を忘れることなんて出来ずに、俺は未だその幻影にすがりついている。──けれど。


「どうして、俺の隣にキミは居ないんだろうな…」


そう、誰に言うつもりもない言葉を月に向かって吐き出せば。


──カサリ。常人より遙かに良い耳が、人間の足音を捉えた。


こんな時間に、どうしたのだろう。月は既に俺たちの真上で輝いて、先程まであった煌々とした輝きも静けさに包まれていると言うのに。人影は闇の中に紛れて顔が良く見えない。一体、誰なのだろうか。こんな時間に森の中へ入るのは、遊び足りなすぎるウィルくらいしか検討がつかない。けれど、人影的にウィルほど背が高いとは思えなくて。

正直眠いが、なんだか興味が湧いて、その人影が行った先…森の中へと、向かうことにした。昼間よく遊んでいる森だが、夜となると雰囲気がとんと変わる。小さな明かりもない、頼りになるのは自分の瞳だけ。夜闇に目を凝らして、輝は進んでみることにした。そして、そんな輝を見る二対の赤い瞳が、どこかにあった気がした。


そうやって、しばらく歩いていると。森の木々に紛れて、人影が一本の木に登る。どうやらツリーハウスのようだ。こんな家を作ることが出来るのが頼斗らいと以外いるんだ、と漠然と思った。もしかしたら頼斗が作ったものだからかもしれないが。

どうやらツリーハウスの外側から中を見ることが出来るらしいので、なんとか陸上で鍛えた体を使って大木へと登る。少し時間がかかったが、中を覗いてみると、人影が何か紙の束を見られているのが分かった。けれど、相変わらずその誰かの姿は分からなくて、頼りない明かりに照らされて、男性ということだけが分かる。

なんとかその人が誰かを見ようと画策していると、その誰かが何かに気付いてスマホを取り出す。どうやら連絡が来たらしい。そうしてその誰かがツリーハウスを出てどこかへ行ったのを見て、輝はこっそりとツリーハウスの中に入ってみた。

悪い事だとは分かっているが、なんだか見なければならないと思ったのだ。そうして、先程の誰かが見ていた紙の束を手に取り、開かれていたページを見る。


否、見てしまった。


それを見た瞬間、輝はなんだか分からなかった。その文字を読むことを、彼自身の脳が本能的に拒否したのだ。


“最上 ハル 吸血鬼の末裔

 実験は失敗し、自意識を失ったため【吸血鬼の森】に収容。その後観察不可。失踪扱いとする”


「…え? な、これ、どういう…」


思わず声を漏らすも、困惑したままの彼の脳は情報を次から次へと拾ってくる。常人より遥かに良い耳は誰かの足音を聞く。先程どこかへと行った人影が戻ってきたらしい。

こんな状況下でも意外と人の頭ってのは優秀らしい。あくまでも冷静にその場から逃げ出せば、その人影は、きっと輝に気づくことはないだろう。


ぼふんと、すっかり冷めきってしまった布団にそのままの姿で倒れ込む。他の人に見られていないかだとか、そんなことは全然気にならなかった。それよりも、知らなければならないことはもっとあると思ったから。


先程見た、何か重要そうな書類。この平和な日常は、きっと仮初のものであると気付かされた。

ハルが居なくなったのには、理由がある。そして恐らくは、退学してしまった他の三人も、何らかの理由があることは間違いないだろう。もう一度あの紙の束を、見に行かなければ。


知らなければならない。探さなければならない、きっとそれが、輝のやるべきことであるから。


決意する。そしてそんな彼を見つめるのは、窓の外から彼のことを照らす、たった一つの月明かりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る