第45話 ローザニア国も変わる
そんな時、ローザニア国の宰相サリバンが、ブラッドレーに密かに連絡を取ってきた。ぜひ内密に会って話をしたいということであった。ブラッドレーは研究所にサリバンを招待した。
サリバンは、研究所の自由で活発な雰囲気に大いに感激し、
「このように生き生きしている人間を、王宮で見たことがない。この領に入った途端に、空気が違うというのか、人々の目の力が違うのに驚いた。これがあるべき社会なのだと、改めて思う。王制はもう終わりだな。」
しみじみとそう言った。
「私は初めから平民ですので、平民の暮らしというのも知っています。今までの平民の暮らしは王と貴族に搾取され、自由も可能性もない暮らしでした。でも、ここの平民たちは違います。これから努力と工夫次第で夢が実現するのです。より幸せになる可能性があるのとないのとでは、人生が全く違います。それがここの人々の顔つきに出ているのではないでしょうか。」
「そうだなあ。最近王都でもセビエスキ領の話題が出ているのだそうだ。王都の店がいつの間にか閉店していて、聞けばセビエスキ領に移住していったと。それを聞けば、それに勇気をもらって自分も行こうとするようで、かなりの店が空き家になっているそうだ。」
「そうですか。閣下はそれに危機感をお持ちなわけですか?」
「いや、そうではない。儂は、だいぶ前から、たぶん自分が宰相になる頃から、この国はそう長くはないだろうと感じていた。どのような終焉を迎えるのか、他国に乗っ取られるというのがいちばん想像しやすかったのだが、それ以外に内部から壊れるかもしれないとも思っていた。ブラッドレーが病に倒れた時、これは仮病だと思ったよ。どうだ?ブラッドレーも一緒に話すことはできんかな?」
サリバンはそう言ってニヤリと笑った。
ブライアンが目配せすると、ブラッドレーが隣室から出てきた。
「やっぱりな。ははは、ジム、元気そうだな。ひとりで逃げやがって。」
「おお、すまんな、ジョ―。お前は立場があるからなあ、誘いたくても誘えなかったのだよ。だが、何かあったら助け出そうとは思っていた、いや、思っているぞ。」
「ああ、有難いことだ。儂は知っての通り、自分が最後の宰相だと思ってきたのでな、いよいよそれが身近に迫っていると思って、それできょうはここに来たのだ。王家はすっかり腑抜けになってしまって、もうリーダーではいられまいよ。そこでだ、王制を廃止するために、しかも血を流さず、一人も死ぬことなく国の体制を変える方法を考えているのだ。どうだ、なんとか力になってもらえないだろうか。」
「そうか。もちろん力になるぞ。ただ、腐っている貴族を、そのままの状態で暮らせるようになどは請け合えぬ。」
「ああ、わかっておる。儂もな、この際、腐った貴族どもを退治できる絶好のチャンスだと思っているのだ。」
「そうか。それでは、セビエスキ君をまじえて話そうではないか。セビエスキ君は、王都で教師をしていたのだが、儂のあとこの領地を任された。教師時代に、元教え子たちと新しい国の在り方の勉強会をしていた。メンバーは貴族もいれば平民もいる。若いので、革命を起こす、というようなことを考えていたようだ。それがここに来て、戦わずして変革しようというように変わった。今では個々の商売に精を出し、国の制度が変わったときに困らないように資金を貯めているところなのだ。」
「そうか。ぜひお願いする。実は、新しい制度がどのようなものが良いのか、正直言って確たるものが無いのだ、他国を参考にすることも良いのだが、いくつかある国も、どこも不完全なようでな。」
そんなことを話していたら、セビエスキが来た。
「お呼びですか?」
「セビエスキ君、こちらはな、ローザニア国の宰相のサリバン殿だ。」
「サリバンです。いきなりで申し訳ないが、いろいろと教えを乞いたい。どうか、このとり、よろしくお願いする。」
サリバンはそう言って頭を下げた。
「閣下、どうぞ頭をお上げください。セビエスキです。よろしくお願いします。」
「実は、ローザニア国も、そろそろ王制存続も無理になってきたようで、王制を廃止した後、どのような国になると良いか、いろいろ考えてはいるのだが、どうもすっきりしないのだ。そこで、ジムが仮病を使って爵位を返上したからな、なにか良い知恵を分けてくれるかと、ここに相談に来たというわけだ。」
「えっ、仮病というのは、ご存じだったのですか?」
「ジムと儂は、もう50年以上の付き合いだからな、言わなくてもわかるのさ。」
ブラッドレーもにやにやして、サリバンを見ながら
「こいつの良いところはわかっていても必要ならば見ざる言わざる聞かざるきめこむところだ。信頼できる男なのだよ。」
と、自慢気に言った。
「なるほど。だから長年宰相を務められてこの国も平和でいられたのですね。」
「そうだな。しかし、どれほど優秀な宰相でも、王家の頭を入れ替えるわけにはいかん。こやつも苦労しとるのよ。」
「王も、旧王太子以外は良い人ではあるのだ。だが、上に立つ者としての能力は、どうしようもない。努力もしておられるのだが、やはり限りはある。特に王は、自らも含めて、王子たちも王の器ではないということを理解しておられてな、王制を返上したいとお考えではあるのだ。しかし、そうなると、そのあとが心配なのだ。旧王太子派はまだ燻っておる。あやつらが、政権を握ろうとでもしたら、この国は汚職にまみれたとんでもない国に成り下がってしまう。それはなんとしてでも避けたい。儂もこの国への最後のご奉公として、血を流さずに、民がより幸せになれるような変革にしたいのだ。どうだろう?なにか良い知恵を貸してもらえるか。」
「そうですか。いや、私、宰相殿のお言葉にとても感動致しました。私でできることは何なりとお申し付けください。」
セビエスキはそう言うと、ブライアンに念話で
(ブライアン殿、キャサリン殿の前世の記憶と言う話は宰相殿にしても差し支えないだろうか?それができれば、今の勉強会の内容をすべて宰相殿に差し上げることもできるし、ご参加いただくこともできるのだが。)
と訊いた。
ブライアンは
(問題ありません。宰相殿は信ずるに足る人物ですし、キャサリンも宰相殿のことも奥方様のことも信頼しています。キャサリンには今念話で話しておきます。)
と言って、すぐにキャサリンにこの話をした。
(セビエスキ殿、キャサリンも喜んでいるよ。奥方様にお会いしたいと言っている。)
(ありがとうございます。では早速)
「宰相殿、実は、ブライアン殿の奥方のキャサリン殿なのですが。」
「おお、キャサリンか。元気にしておるか?たしかお子が生まれたそうじゃな。うちのがキャサリンのことがそれはもう可愛がっておってな、会いたい会いたいと言っておるのじゃよ。」
「ありがとうございます。キャサリンも奥方様をとてもお慕いしているようで、実は今も念話でお会いしたいと申しておりました。」
「そうかそうか。近いうちにぜひ機会をつくろうぞ。」
セビエスキが
「コホン・・・実はうちのチームは王制廃止後の新体制についての勉強会をしております。以前から勉強会はしていたのですが、どうにも手探り状態で、難しかったのですが、そこに、キャサリン殿の知恵をいただくことで、大きく進展してきました。というのは、ええ、少しブライアン殿からお願いできるか?私は資料と取ってくる。」
「わかった。実は、キャサリンは前世の記憶があります。この世に生まれる前は、王も貴族もない、身分差の無い国であったそうです。以前は王制を敷いていたところが移行していた国もあり、キャサリンのいた国も、キャサリンの生まれる前は王制のような国だったそうですが、ほとんど血を流すことなく移行したそうです。それで、キャサリンのいた世の中の政治のシステムを思い出してもらって、セビエスキチームでその良いところ、悪いところを精査している、というのが今の状況です。」
「前世の記憶。とても興味深いな。ポールはずっと知っておったのか?」
「いや、変わった子だなとは思っていたが、まさかそんなこととは思わなかった。かなりおとなになってから打ち明けてくれて、合点がいった。」
「ジム、お前も知っていてラルフと結婚させたのか?」
「結婚した後に教えてくれた。まあ、その辺はいろいろあってな。今度酒でも飲みながらゆっくり話そうぞ。」
「そうだな。キャサリンもラルフもブライアンも、幸せか?」
「それはもちろんだ。」
「それならば、何も問題はないな。」
そこにセビエスキがたくさんの資料を抱えて戻って来た。
「お待たせしました。これが勉強会の資料です。これだけのものを一度にお目通しいただくのは無理だとは思いますが、外部に漏れることは・・・」
「それは言わずもがな。その懸念から、今日もこのように内密にブライアン君に頼んで連れてきてもらったのだ。ブライアン君には面倒をかけるが、出来れば今後しばらくこのような形で極秘のうちにこちらに通わせてもらえると有難い。」
「はい。喜んで。私もきょうのように姿を消す方法を覚えましたので、毎日でもお連れします。また、ご不在時の替え玉も用意しましょう。」
「そうか。それは有難い。恩に着る。」
セビエスキが、
「ご存じのことと思いますが、ハース国がごく最近王制から民主制に替えました。実は、この元となったのは、うちのこの勉強会の内容です。ハース国はうちのアレックス殿の縁につながるところで、そこで、この研究結果から民主制に替えました。今のところ、上手くいっているようで、暴動や反乱がおきたこともなく、円満に移行できたようです。」
「おお、そうか。それは実に心強い前例だな。しかし、我が国は、なかなか汚らしい奴らが蠢いておる。旧王太子派のみならず、いくつかの貴族の派閥が王制が返上されたらすかさず国を我が物にしようとしている。危ないことこの上ない。すでに要注意人物のリストはできあがっておるし、それぞれに忍びが見張っている。問題は、そいつらの領民たちが、重税と過酷な使役によって弱っていることだ。薄汚い貴族たちは滅ぼしてしまえばいいだけなのだが、その後、領地を再生させなくてはならない。そこにもいろいろと工夫が必要だ。どうか力を貸してくれ。」
ブラッドレーがにやにやして
「おい。うちの研究所にかかったら、国民が驚くような状態になるぞ。研究開発がこれがまあ、楽しくてな。王宮の会議など、5分で眠気が襲ってきたが、今は眠るのがもったいないくらいだ。おまえさんもとっとと引退してうちに来い。驚きの連続だぞ。楽しいぞぉー。」
と言っている。
「おい、やめろ。悔しくて眠れぬではないか。」
サリバンが、かなり本気で嫉妬の炎を燃え上がらせている。
「さて、それでは閣下の研究室をご用意しましたので、そこをお使いください。私のチームの部屋の隣にしましたので、何かご質問等あればすぐにどうぞ。」
セビエスキがそう言って、案内しようと立った。
「おお、早速にありがとう。」
サリバンが着いて行こうと立ち上がると、ブラッドレーとウッドフェルドが
「なんだ、うちの隣じゃないのか。」
と残念そうにしている。
ブライアンが
「それは無いでしょう。そんなことをしたら、昼間から酒盛りになってしまいます。」
と言って笑っている。
「ほう、ブライアン君も、こんなことを言って笑うようになったのか。幸せそうだな。」
サリバンは嬉しそうに言っている。
「はい、おかげさまで、とても幸せになりました。」
「おお、こいつめ、いけしゃあしゃあと。」
ブラッドレーはそう言いながら、嬉しそうだ。
「うむ。こういう雰囲気の国にしたいものだな。」
サリバンが感慨深げに言った。
それからのサリバンの動きは目を瞠るものだった。
分厚い資料を2日徹夜で学び、セビエスキやキャサリンに質問をし、彼なりにまとめあげた。もちろんゼレの魔術で体力を維持し、ブライアンの魔法で姿をごまかしていたことは言うまでもない。
サリバンの計画は実に綿密かつ大胆なものであった。
要注意人物たちは、ことごとく逮捕、監禁。悟られぬように極秘のうちに一斉逮捕した。
各領にいるこれぞと思う人物を選び出し、国の代表メンバーになるよう依頼、説得し、極秘のうちに王都に呼び寄せ、家族は保護した。
そして、いよいよ王が王制を廃止することを宣言した。
あらかじめセビエスキチームの教育と広報が行き届いているので、国民に混乱はなく、新しい体制に期待と賞賛の声で満たされた。
新しい体制に伴って、農業機械、動力工具などを王家が買い各領に配布、国民全員の魔力鑑定をし訓練、国民全員に対する教育によって文盲率をゼロに持っていくことを目標とし、国全体が希望に満ち、明るい雰囲気になった。王家は機械や工具などを無料配布したことで、大いに感謝され、王制廃止後は王は象徴として権力はないが残し、国民たちに愛されるアイドル的存在となった。
セビエスキは、何度も固辞したが、結局負けて、初代の大統領となった。閣僚は、セビエスキチームの何人かが任命され、その他の閣僚と共に勉強しながら新体制を動かしている。閣僚も議員も、貴族もいるが平民も多く、それも国民の支持を得ている。まだまだ解決しなければならない課題は多いが、ハース国とも良好な関係でお互いに相談しながら新体制で精力的に動いている。
サリバンは、重職に就くよう何度も依頼されたが、「新しい世の中は新しい頭を持つ若い世代で創ってくれ。」受けず、引退した。すぐにブラッドレー研究所に勤め、ブラッドレーチームで開発に勤しんでいる。
「なるほど、お前たちの言ったとおりだ。楽しくて寝るのも惜しいな。宰相の時は胃の薬を常に飲んでいたのに、今はまったく要らなくなった。」
と、大喜びだ。
サリバンの奥方は、夫について研究所に来て、キャサリンと一緒に化粧品を作ったり、パンや菓子を作っている。
「私、こういうことするのが夢だったのよ。子供もいなかったけど、キャサリンが娘みたいだし、孫みたいなティムもいるし、この年になってからこんなに幸せになれるとは思っていなかったわ。」
と、上機嫌だ。たまに元王妃も訪れて、同じように化粧品や菓子作りに精を出している。
「まさかこんなことができるなんて、夢のようですわ。キャサリンちゃん、ありがとう。本当に私、嬉しいわ。」
元王妃や旧王室の奥方たちは、今、刺繍教室も開いている。これがなかなか好評で、作品の売り上げも上々だ。
「王妃様とこんなふうにおしゃべりできるなんて、思ってもみなかったよ。どうせお上品で偉そうなお方だろうと思ってたけど、意外と普通に話してくれるし、あたしゃ大好きになったね。」
などと言うファンも増えた。
さて、キャサリンとブライアンだが、ティモシーの後、もうひとり女の子ができた。2人が可愛くて可愛くて、ブライアンはデレデレだ。キャサリンはそんなブライアンと子供たちを見ると、いつも幸せで涙が出そうになる。ラルフとアレックスもすっかり『良いおじさん』と『おもしろいおじさん』になっていて、子供たちは2人のことが大好きだ。貴族社会でなくなって、養子云々を考えることもなくなったので、自由に可愛がっている。ブラッドレー、ウッドフェルド、サリバンの3人は、ティモシーとシンシアから『おじいさま』と呼ばれている。孫のようで「目に入れても痛くない、という気持ちがわかったな。」と言っている。ティモシーとシンシアは、サリバンの奥方や王妃は『おばあさま』ゼレたち3人の魔女は『おばあちゃん』と呼ぶことにしているらしい。これまたみんなが可愛がっている。
「ブライアン様」
「ん?」
キャサリンはブライアンの胸にもたれて話す。
「私ね、前の2度の人生が不幸でしたから、今度こそ幸せになりたいと思ってましたの。それが、思ったよりもずっとずっと幸せで、幸せ過ぎて怖いくらいです。ブライアン様と出会えてよかった。ブライアン様、大好きです。離さないで。」
「離すものか。離してと言われても離すなど考えられない。俺こそキャシーと出会えたおかげでこんなに幸せになれたんだ。愛している、キャシー、いつまでもそばにいてくれ。」
そして2人は長いキスをした。
「あー、おとうしゃまとおかあしゃまが、また仲良しさんになってりゅー。」
「良いんだ、シンディー。おとうさまとおかあさまは、大好きどうしだからな。」
「じゃあわたしもおとうしゃまとおかあしゃまがだいすきだから、ちゅうってしにいきましゅ。」
「いいのっ。じゃまなのっ。」
「えー」
「じゃましないのがよいこなんだぞ。」
「ん。じゃあわたし、おじいしゃまにちゅうしにいきましゅ。」
「そうだな。そうしよう。」
シンシアはとことことブラッドレーチームの部屋に行くと、いきなりサリバンにちゅうをした。
でれでれになったサリバンが
「おお?おひめさま、どうしたのだ?ありがとう。」
「あのね、おとうしゃまとおかあしゃまがちゅうしてたから、わたしもするっていったら、おにいしゃまがじゃまするなっていったの。すごくすきなひととちゅうするのがしあわせなんだっておにいしゃまがいうから、おじいしゃまのことがだいしゅきだからちゅうしたの。」
「おお、そうかそうか。儂もシンディーが大好きじゃよ。」
サリバンはでれでれになって、シンシアの頬にキスをした。
「っかー、お前、顔が溶けてるぞ。」
「うるさい。可愛いのだからいいだろう。それよりおまえ、ヤキモチ妬いとるな。ふふふ、ざまあみろ。」
「ざまあみろとはなんだ。」
いい年をした3人は、このように幸せを味わっている。
研究所は笑い声が絶えない。そして、良い匂いがする。
そんな研究所には、所員たちは気づいていないが、幸せなオーラに惹きつけられて、青い鳥たちが住み着いているのだった。
転生三度目の正直で今度こそ幸せになりました 柳屋婆三 @bokachi
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