Wanna Be The Pa!nter




 二〇九九年世紀末、七月十三日。

 日本国、描乱びょうらん市。




「ねえ、菜絵なえ! 次は上絵かみえ市の連中とさあ!」


「待って仁果にか、まだ直してる最中!!」


 ──二十一世紀末の空はいつだって息苦しくて、綺麗な空を仰ぐことなんてこの時代にはなかった。


 描乱市のほとんどは半壊したビル群でちっとも遠くの外なんて見えやしないし、おまけに辛気臭い人間性が市外に漏れ出す。

 昼か夜かなんて屋上でくたばってる奴しかしらないし、明かりはチラチラと地面を照らすだけ。


 そう、ここは最悪な町。

 ここをキャンバスに収める奴なんていない。


 荒んでいく街並み、荒んでいく私たちの心。

 いつだって神様はいないんだって思ってるけど、ちょっとは信じてみたいと思うときもある。


「にしても、菜絵のZVAザヴァ、良いセンスしてるよねー」


「でしょー、特注だよ? と・く・ちゅ・う」


 でも、いないもんはしょうがない。

 しょうがないから、日々の抑圧はこのZVAっていうバイクで世紀末を走り回ることで消化するのは至って普通のこと。


 平たく言うと、ちょっと危険なドライブ。


「でもデザインは全部菜絵がやったんでしょ、すごいじゃん!」


「まあね~」


 後輪をいじくり回す私に仁果は言う。

 ブームでもなんでもない長い金髪は少し邪魔で、仁果の水色髪は光に反射して眩しい。

 薄汚れたピンクのジャージに身を包んだ私たちは「はぐれ者」だ。


「となれば、将来はデザイナーだねぇ」


 自分で言うのもなんだけど、私は絵が上手い。

 小っちゃい頃は親に隠れてたくさん描いたのを思い出す。

 でも、それはかつて「好きだった」ことで、今はそんなことよりも夢中なものがある。


「そんなの夢物語じゃん、叶うわけねー」


「ええ~絶対行けるよ~~~」


 世間からはぐれ者のレッテルを貼られた私たちにとって、ZVAは「最高」のスリルだった。

 まともでは味わえない超加速と超カーブは生きがいそのもの。

 もう誰も止められない。


「いたぞ!! いつもの二人だ!!!」


「うげっ、!!」


 このZVAがあればどこへだって行ける。

 山を越え海を越え…………なんてのは無理だけど、この「悪事を『公的コウテキ』に晒す警『サツ』」を撒くには丁度良い乗り物だった。


「……よし、修理完了!」


「菜絵ぇ!!」


「わかってるーっ!!」


 今日は上絵市のダチと市内を爆走する予定が立っているから、捕まってなんていられない。

 あのビル群が放つ、ギラギラネオンと活気に溢れた市街に憧れを持たない、ナウでヤングな奴はいない。


「あっ、ちょっおい!! また母親に怒られっぞ!」


「今日は帰らないもんねーだ!」


「じゃ、コテ察さんじゃ~ね~」


 あらゆる不満や抑圧から逃れ、走りに一辺倒の私たちは最高のZVAレーサー。

 過去も未来もない、ただ今を生きる私たちは最高にかっこいいのだ。




 ――でも、そんな「最高」は、ある日最悪に変わってしまうのだ。

 たった一瞬で。

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