第30話 私の完敗だわ

「ほぉー、王家って今の王様の子供なのか?  確か、三人ほど息子がいたはずだな」


「あぁ、側室の子供で三番目だな。 名前は〈シャモビーク〉様だったはずだ」


あいつの弟だな、だけどまだ少年だったはずだ、もう結婚をするのか。


 「へぇー、まだ若いと思っていたけど、ここの令嬢も若いんだな」


 「それがよ。 俺も詳しい歳までしらねぇけど、かなり年上らしいぞ」


 「ほぉー、それはまた」


 〈年上女房は金の草鞋を履わらじをはいてでも探せ〉ということわざがあるけど、自分で探したわけじゃなくて、モロに政略結婚だよな。


 〈シャモビーク〉王子は、いずれこの町の領主になるのだろうか。

 それとも、実の娘が実権を持ち続けられるように領主が考えて、わざわざ年下と結婚させたのか。


 まあ、俺には関係のない話だ。


 「ロバのあんちゃんよ、俺はちょっくら娼館に行ってくるわ。 ロバのあんちゃんも来るか、良い子を教えてやるぜ」


 「いや、悪いけど遠慮しとくわ」


 「そうか、それじゃな」


 引退間際の冒険者は嬉しそうに店を出ていった。

 結婚していた頃を思い出したのか、娼館へ行くのは今日だけじゃなさそうだから、そうでも無いな。


 娼館なんかに行けば、今日の稼ぎくらいは、ティッシュペーパーのように吹き飛んでしまう。

 さっきのおっさんも、金の管理が出来ない男なんだな、嫁が逃げるはずだよ。


 それと俺は性病がとても怖いんだ、異世界に来てから、作り物の鼻がついた人を何人も見たことがある。

 あれはたぶん、梅毒みたいな病気で鼻が落ちたんだと思う、怖すぎるよ。


 大人しく寝て、明日も荷物運びを元気良くやろう、鼻は大切なものだ。



 五日くらい経って、引退間際の冒険者の何人かと、話友達になった。

 ゴシップやエロ話を、休憩の時にガハハッとしゃべっている。


 若い初級のヤツラは、近くの森への植物採集に切り替えたようだ。

 荷運びでは先が無い、とお節介せっかいな忠告をしてしまったんだ、そのとおり、と引退間際の冒険者達も同調してくれた。


 ただ荷運びを辞めたのは、若い女性団員と何も触れ合いが無かったのが、主な原因なんだろう。

 俺なんかの忠告で人が動くはずがない。


 「ロバのあんちゃんこそ、こんな仕事をどうしてやるんだ? 年寄りくさいぞ」


 年寄りくさいか、ちょっと落ち込むな、がらにもない忠告なんてものをしたせいかもしれない。


 「俺はここで人を待っているんだよ。 稼ぎながら待てるんだぞ。 超合理的なんだよ」


 「あっ、本当にうちの依頼を受けているわ」


 〈あっ〉の声で振り向いたら、〈いろは〉が腰に手を当てて立っていた、少しお怒りのご様子だ。

 所属している組織の雑用を、夫がしているのが気に入らないらしい、あまりご機嫌がよろしくない。


 久しぶりに会う嫁は、ちょっと他人のように見えてしまう、少し緊張するよ。

 団の制服なんだろう、紺色で軍服みたいだけど、ひざまでのタイトスカートが出来る女を演出している感じだ。


 ここは、商会のじいさんのマネをしてみるか、怒涛どとうの展開で押し切ってやるぜ。


 「ち、ちょっと、あなたは何を考えて…… 」


 俺は〈いろは〉をガバッと抱きしめて、頭に鼻を押し付けて髪の匂いもいでみる、そして、こう言ってやった、


 「会いたかったよ。 前と変わっていないな。 良い匂いがしている」


 「きゃっ、止めて。 こんな所で匂いをかがないでよ」


 「顔を見たら自然とこうしてたんだ。 ごめん」


 「もぉ、謝らなくてもいいわ。 でも、もう離してちょうだい。 ここじゃ恥ずかしいのよ」


 〈いろは〉の顔は真っ赤に染まっていたから、俺は手を緩めて解放してやった。

 やり過ぎて逆効果になってはいけない、これ以上するのはリスクが高くなるだけだ。


 ただし離れぎわに、〈いろは〉の頭のてっぺんへ、そっとキスをしておいた。

 理由は無い、ただ俺はそうしたかったんだ。


 「どこで待ち合わせる? 」


 「もぉ、どこでこんな事を覚えてきたの?  私の完敗だわ。 夕方になったら、右隣にある〈紅湯別館〉っていう宿に来てよ。 今は仕事で手が離せないんだ」


 〈いろは〉は頭のてっぺんを手で触りながら、建物の奥に入っていった。


 「ロバのあんちゃん、すげぇ美人じゃねぇか。 まさかあの幹部が嫁なんて言うなよ」


 嫁でもない女性に、いきなり抱き着いたら、それは犯罪じゃないか。

 それを真顔で聞くなよ、俺は犯罪者じゃない。


 「まさかって何だよ」


 「荷運びの日雇いをやっている男の嫁が、〈温和な真女団〉の幹部だなんて、色々おかしいんだよ」


 「ん-、どうして幹部だと分かるんだ? 」


 「左胸につけていただろう。 白百合の胸章は、数少ない幹部にしか許されていないんだ。 知らないのか? 」


 そうか〈いろは〉は、数少ない幹部になっているんだな。

 忘れていたけど、そう言えば、局長って呼ばれていたな。


 「へぇー、物知りなんだな」


 「はぁ、冒険者だったら、〈温和な真女団〉は目立つし、すごく有名じゃないか。 そのくらい中級なら全員知っている話だよ」


 引退間際の冒険者に、俺は裏切者あつかいされて、すごく居心地が悪くなった。

 そもそも俺が嘘をついていて、嫁がいるはずがない、と思われていたらしい。

 それが本当にいて、しかも幹部で美人だったから、自分達の仲間じゃないと判断されてしまったようだ。


 冷ややかな目で見られている感じだ、新しく出来た友達を一瞬いっしゅんで失ってしまったな。


 日が落ちそうになり今日の荷運びは終了した、依頼はまだ二日あるが、俺は辞めることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る