【9分小説】ユアー《ショートショート》
@SapporoArtForest
【9分小説】ユアー《ショートショート》
ユアー
緊急サイレンと緊迫した無線が飛び交う中、私は妙にここが心地よかった。嬉しかった。
「操作方法はわかるか?ライフル系統は画面上部スイッチ、メインカメラの切り替えはハンドルの下だ。こんなガラクタで申し訳ないが、他の機体は正規兵専用でな」
なんだっていいさ。動けばいいんだ。動きさえすれば、私には十分だ。
「お前の目標はヤマナシ研究基地。そこを叩け。なお任務に生還は含まれていない。以上だ」
うるさいなぁ。早く出動させてくれ。
「聞いているのか?パイロット!応答せよ」
「はい!聞いてませんでした!」
第1から第13までのティーワン拘束具を解除。ゼータトンネル開放。ジェンジー濃度、基準値に到達。胸部コックピット施錠。出動シグナル、オールグリーン。了解、機体をデトネーションブリッジ経由で射出口へ。
「第1臨時小隊、鋼鉄機士ユアー、出動!」
作戦なんかどうでもいい。やっと母さんに会えるかもしれないんだ。待ってろよ、ヤマナシ研究基地。待ってろよ、母さん。
「鋼鉄機士ユアー、パイロット名キミ・サクラダ、出ます!」
♪
5年前の冬だった。国連軍の中でも名高い技術者だった母は、ある日忽然と姿を消した。母は軍で最も重要な研究プロジェクトのリーダーだった。だが、母が消えた日、母のコンピュータのデータは全て消えていたらしい。
母は敵軍に寝返ったとみなされ、国家反逆罪で子供の私まで刑を受けた。私の刑務所暮らしが始まったのだ。残念なことに、ギリギリ入所できる年齢だったのだ。
ひどく寂しかった。眠れぬ夜には、寝床にうずくまっては空を見上げ、母を思えば星の数だけ涙を流した。母に会えないのが、ただひたすらに悔しかった。もし願いが叶うなら、もう1度だけ母さんの胸に身をうずめたい。何度もそう願った。でなければただの無気力人間のようだ。
そして今年の冬、刑務作業の1つとして、パイロット訓練が追加された。もちろん私は何も覚えなかった。ライフルの取り出し方さえ勉強しなかった。そのときは、パイロットになることで母に会えるなんて思ってなかったからであるが、国連軍が戦闘員不足の窮地に陥ったおかげで、私にも番が回ってきた。
♪
国連軍の基地。コックピットの中。計器の光が柔らかく瞬きを繰り返し、無数のボタンとレバーが無機質な整列を見せている。
「よろしく新人さん。ん、お前女か。珍しいな。そうか、女囚を使うとはうちも相当ピンチなんだな。必ず作戦を成功させよう、そして生きてここに帰ってこよう。なんてな、よろしく」
別機体のパイロットから無線が入る。作戦を成功させる、か…
「お前はこの任務が終わったら何かやりたいことあるか?俺は、実家に帰りたいな。そんでママと飯でも食べに行きたい。スシローとかまだやってるのかな、昔よくママと言ったんだけどなあ」
「スシローなら国営に変わりましたよ」
「そっか。それなら…大戸屋とかどうかな。ママとよく行った」
「すかいらーくに買収されました」
「じゃあデニーズに」
ハンドルを握る手に力が入る。彼はなぜ私がパイロットになったかを知らない。きっと彼には悪気はない。そう思うと、いっそう悔しい気持ちが込み上げてきた。
「何でもいいので、作戦の詳細を教えてください」
「はいすみません。長話がクセでな。昨日、わが国連軍による敵軍本拠地への侵攻が始まった。それで・・・」
長々とした作戦説明が始まったが、初めから私にはどうでもいい話だ。ヤマナシ研究基地に行けるならそれでいい。機体だってなんでもいい。最悪、軍用ママチャリでもいい、あるのか知らないけど。
ずっとこの時を待ってた。敵軍の最高峰の研究基地、ヤマナシ。母さんが居るなら、そこに違いない。
もう一度、必ずや生きて母さんに会おう。待ってろよ、母さん。
♪
第1から第13までのティーワン拘束具を解除。ゼータトンネル開放。ジェンジー濃度、基準値に到達。胸部コックピット施錠。出動シグナル、オールグリーン。了解、機体をデトネーションブリッジ経由で射出口へ。
「第1臨時小隊、鋼鉄機士ユアー、出動!」
「鋼鉄機士ユアー、パイロット名キミ・サクラダ、出ます!」
機体は地上に放たれた。そして一歩も歩けないまま転んだ、轟々しい衝撃音とともに。その数秒後、主電源が完全に停止。
「やはりダメか。数年前から放置されていた機体だ。それに今までどの正規パイロットも操縦できなかった呪物、ただのスクラップだ。これを機にもう廃棄してしまおうか」
「動かないのだな。仕方ない、60秒後に再び基地に収容しろ」
コックピットの中。そんな無線が飛び交うが、私の耳には何も聞こえない。キーンという耳鳴りが絶え間なく続き、頭はくらくらと揺れ、全身にジンジンとした痛みが広がる。やがてメインカメラの映像が途絶えた。非常電源の赤色灯がかすかな光で視界をぼんやりと照らす。
だめだ。このままじゃだめだ。母さんに会いに行かなければ。母さん…母さん…。真っ暗なはずのディスプレイにキミの母のような人の、その大きな背中がぼんやりと目の前に現れる。いや、これはメインカメラからの映像ではない。ならば幻想か…きっと頭を打ちすぎたのだ。一瞬懐かしい気持ちになったが、やっぱり私は母さんに会いたいんだと確信した。ここで立ち止まれば、もう一生会えないかもしれない。立たなきゃ。行かなきゃ。キミはそう強く願い、再度ハンドルに手を伸ばす。指先の感覚はまったく無いが、手の内にあるものが操縦ハンドルであることを信じて、ぎゅっと力を振り絞る。
「管制塔から司令へ。ユアーの起動信号を受信、続いて目標方向へ歩行を開始」
「嘘だろ。ユアーが動いた…?誰の操縦も受け付けなかった呪われた機体だ。まさか。このパイロット、いったい何者なんだ…」
「そうか。ならば予定通りユアーおよび第1臨時小隊でヤマナシ研究基地を奇襲せよ」
♪
規則的な衝撃音とジリジリとした電子音が聞こえる。コックピットの中だ。目の前には研究所のようなものが見える。無線通信が入る。
「新人さん!聞こえるか?長話しちゃったのは悪かったからさ。ここまでの道中俺ばっか話してて悪かったよ。だからさ、頼む、応答してくれ!もうヤマナシに着いたぞ」
ヤマナシ?なぜだ。機体を操縦していた記憶はまるでない。おそらく気を失っていたのだろう。もしやあのパイロットさんが運んでくれたのか?いや、単機ではとうてい無理だろう。
「はい、すみません。北側はお願いします。私は第3通用口に向かいます」と簡単に応答した。私の目的のためにもこの方が良い。さあ、母さんを探そう。
秘密作戦なので、敵軍にもこの奇襲はバレていないだろう。だが基地内部は、恐ろしいほど静まり返っていた。まるで時が止まってしまったかのように、耳をすませば自分の心臓の鼓動さえ響く。足音ひとつ聞こえず、仄かな人の気配さえ全くない。さびれた窓、開いたままのドア、蔦の生えた天井。まるでもともと無人の基地であるかのようだ。
「やっぱり居ないか」
ユアーは進行を止める。薄々感じてはいた、そう上手くは母を見つけることなんて出来ないことを。いつかはまた会えるだろう。きっと会えるはずだ。そう自分に言い聞かせなければ、この溢れ出る涙を止めることはできない。私の目に浮かんだ涙は、静かにその頬を伝い、そしてこれまでの苦労と悲しみを物語るかのようにこぼれ出ていった。だめだ、手に力が入らない。上手くハンドルを握ることができない。私はとりあえずここから脱出することを試みた。しかし、突然警報音が鳴り響いた。私を包んでいた静寂が瞬時に消え去る。キミの心臓が止まり、次の瞬間、冷たい汗が全身を流れる。無線が入る。
「大丈夫か新人さん、お前の方から警報音が聞こえたぞ」
「問題ありません!今脱出します」
「おい、警備兵が来るぞ!すぐにそこから出てこい」
けれども、そう思うようにユアーは動かない。システムの異常か、敵軍からの攻撃かは不明だが、確かなのは、いまユアーだけが逃げ遅れている事実だ。目の前のディスプレイがちらつき始める。ああ、こうなるんだったら真面目に訓練を受けておくべきだった。上下左右あらゆるボタンを駆使して回復を試みるが、ユアーは私の操作に全く応答しない。電源が落ちたのかもしれない。
「まずい…」
メインカメラからの映像が途絶えたその瞬間、ディスプレイに手書きの文字が浮かび上がる。淡い光に照らされた文字は、どこか懐かしい感じがした。見覚えのある字だ。その字は、心の奥底に深く刻まれた母の字に間違いなかった。
「このメッセージを見ているということは、私はもういないのかもしれない。けど、あなたに伝えたいことがある。ユアーはただの兵器ではない。鋼鉄機士ユアーは人間の魂を移植するための実験体であり、私はその実験を自らに施した」
計器の音が小さく響く。
「この戦争を終わらせるためには、この判断が一番適切だと思った。だから、この機体に取り込まれることを私はいとわない。そして、キミへ。あなたがこのユアーに乗ってくれることを願って、そう信じて待っています。母親らしいことは何もできなかったけれど、最後にこの機体をキミに託します。私がキミの何になれたかは、キミが決めてね。鋼鉄機士YOUR担当研究員、サクラダ大佐」
そっか、ここにいたんだね。私はぐっと身体を縮こませ、そして心は軽くなり嬉しくなった。ここに初めて搭乗したときに感じた妙な安心感が、ゆるぎない確かなものに変わる。私は鋼鉄の胸の中で、母親と一緒に眠る幼子のようにふるまった。
「動くな!武器を棄てろ!」
警備兵だ。重い足音が次々とこちらに近づいてくる音が聞こえる。武装した機体が複数体見える。心臓が激しく鼓動し、全身に緊張が走る。そのとき、敵機の銃口から放たれた弾丸が、凄まじい勢いでこちらに向かって飛んでくる。
「動いてくれ。ユアー」
キミの問いかけに、ユアーの目が静かに光る。機体は静かにゆっくりと立ち上がり、秩序に逆らう金属音が重々しく響く。
背装甲からライフルを取り出し、その引き金に指をかけ、キミは戦う覚悟を決めた。
意思をもった2人は、立派な背中をしていた。
【9分小説】ユアー《ショートショート》 @SapporoArtForest
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます