第2話 爺や!初めてのダンジョン配信です!

『はははっ! まさかアナスタシアがダンジョン配信をやりたがるとは! 流石は私の娘だ!』

「言ってる場合ですか旦那さま!? もしそれのせいでお嬢様の身に何かあれば……!」


 あの後、結局セバスはカレンを担いだままのアナスタシアに追いつくことができず、渋々ながらダンジョン配信に向けての準備を整えていた。

 その最中、藁にも縋る想いでアナスタシアの父親である「ブレイン」に連絡を取ってみたのだが、返ってきたのは愉快さをこらえきれないとでも言うかのような笑い声ばかり。

 自身のことよりもアナスタシアの無事を優先するセバスにとっては、「何故わざわざ危険な場所へと向かおうとする娘を止めようとしないのだ!?」という思いと「この親にしてあのお嬢様あり、か」と半ば諦めたような感情がせめぎ合っていたのである。


『私の影響を受けたのかもしれないのは否定しないよ。あまり家に帰れない分、目一杯愛してあげたいからね』

「簡単に心を読まないでください……はぁ、分かりましたよ……」

『流石はセバスだ。話が早いね。さてと、早速アナスタシアの頑張ってる姿を収めるためのカメラを――』

「ただし! 配信の際には必ず我々を2人以上は同行させてもらいます! お嬢様はまだ10歳の誕生日を迎えたばかりですので! いいですね!?」

『分かっているよ。あとはそちらの判断で任せるよセバス。あ、それと配信は見に行くからね。それじゃ』

「……はぁ……ブレイン様、今度帰ってきたときにはお説教ですね……」


 そう言ってブレインとの定期連絡は終了した。

 声の聞こえなくなった受話器を台座に戻したセバスは、窓から見える庭園を見下ろす。

 そこでは、アナスタシアが嬉しさのあまり目を輝かせながら、カレンや彼女以外のメイド達に話しかけている姿が見えた。


「カレン! ついに明日はだんじょん配信ですね!! どんなことが起きるのか、本当に楽しみです!」

「おう! きっと楽しくなるさ!」

「まぁ! お嬢様がダンジョン配信をされるとは!」

「ズルいよカレン! 私達も一緒に行かせてよー!」

「へへっ、早い者勝ちってやつさ」


 セバスが不安に駆られている横で、アナスタシアに全く気負った様子はない。

 いつも通りのワクワクを隠し切れない様子でメイド達と話している。


――セバス自身、彼女の圧倒的な力は百も承知である。


 もし彼女に危険が及ぼうものなら己の身を挺してでも彼女を守ろうと思っている。

 だが、彼女が傷つけられてしまったらと思うと……その先は想像もしたくない。

 しかし、今回の件を通して彼女が喜んでくれるのなら……


「このセバス、お嬢様の障害を破る矛となり、身を守る盾となりましょう」


 老体からは想像もできない気力を漲らせながら、セバスはそう呟いた。



~~~~



「爺や! カレン! もう押してもいいですか!?」

「お、お嬢様!? 些か早いのでは!?」

「良いんじゃねーの? お嬢様が始めたいなら始めてみようぜ」


 ついに来た配信当日。

 ダンジョンに向かう道中の休憩所まで来たアナスタシアは、早速配信画面を起動しようとする。

 タイトルはカレンと一緒に考えて、「【#ダンジョン配信】初めまして皆さま!アナスタシアと申します!【#アナスタシアちゃんねる】」にした。


「すぅ……ふぅ……そ、それでは開始します!」


 大きく深呼吸をして息を整えたアナスタシアは、配信をするために使用している自律ドローンの配信開始ボタンを押す。

 ロード中を示すマークが三回ほど回った後、『配信中』の表記が出た。

 そのことにパァッと喜びをあらわにしたアナスタシアが、姿勢を正すと画面に向かって笑顔で挨拶をする。


「えっと、こうすればいいのでしょうか? 皆様こんにちはです! わたくし、アナスタシアと申します!」


・お、一番乗りか?

・初見です。ダンジョン配信初心者さんと聞いて

・タイトルに釣られました

・あれ、画面が真っ黒だ

・トラブルかな?ってか声が美少女だ!

・ふむ、これは10歳のガチ美少女だな(カチャッ)

・↑お巡りさんコイツです

・なんで声だけで分かるんだよ()


「わっ、とてもたくさんの文章が流れてきました! カレン! どうすればいいですか!?」


 配信が開始されると、すぐさまコメントの波が押し寄せる。

 一部のコメントは配信画面が映ってないことについて助言しているが、配信ができていることだけでも喜んでいるアナスタシアは気づかない。

 早速助け舟を出すためにカレンは耳からかけているインカムを起動した。


「――あー、あー、よし。アタシの声も入ってるな。とりあえずお嬢様、カメラを起動してみな。今は真っ暗だからさ」

「これですかカレン!」

「そうそうそれそれ、おっと、アタシの自己紹介が遅れたな。アタシはカレン。アナスタシアお嬢様のメイドだ」


・お、画面映った、ってえぇっ!?

・ファッ!?ガチ美少女にガチメイド!?

・FOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!

・えっ!? 初っ端から豪華すぎない!?

・我が世の春が来たぁあああああああああああああああああ!!

・ふむ、褐色アタシ口調メイドに溌剌金髪美少女お嬢様ですか。最高かな?

・え、こんなかわいい子達がダンジョン行くの!?

・いやよく見てみろ! メイドさんはハルバードを背負ってるぞ!

・メイドがハルバード???

・あれか? アナスタシアちゃんについてきた感じか?

・初見です。美少女とメイドさんと聞いて


 先程までオフになっていたカメラが映ったことで、アナスタシアとカレンの姿が視聴者にも届けられるようになった。

 その瞬間コメントが加速し始め、配信のチャット欄はお祭り騒ぎになる。


「こ、これがだんじょん配信なんですねカレン!? たくさんの人が見ていますよ爺や!!」

「まぁ、お嬢様の可愛さならもっと居ても良いくらいなんだけどな~」

「お嬢様、カレン、そろそろ本題に向かわなければ……」


・こ、このダンディーな声は……!?

・ろ、老執事だー!

・実在してたのかこの概念!?

・お嬢様にメイドに老執事もいるとか、え、もしかしてアナスタシアちゃん結構偉い系お嬢様?

・あ、でもこの執事さんなんか苦労人の香りが……

・心なしか生え際が後退している気が……


「誰がストレスで生え際が後退しているですか!?」

「ぶっ、ははははははははははっ!! セ、セバスお前っ、他人からもハゲって思われて……!」

「お黙りなさいカレンッ!!」


・wwwwwwww

・あー、この執事さん、そういう感じの人かww

・草生えるww

・草に草を生やすな(戒め)

・フランクなメイドさんとか俺の癖に刺さる刺さる……


「えぇい! このままでは一向に進みません!! 早めに挨拶を終わらせましょう!!」


・はーいwww

・了解っすセバスさん!ww

・お願いしまーすww

・もうここだけでも割と面白いww


 本来の趣旨からズレそうになっていることを指摘したセバスが声を上げると、これまたセバスの登場でもコメントの熱気が湧き上がる。

 しかしこのままでは目的が達成できないとセバスが無理矢理にでも切り替えた。


「……改めまして、皆様こんにちは。私の名はセバス。今回の配信の主役であるアナスタシアお嬢様に仕えるただの執事です。以後、お見知りおきを」

「皆さまはじめまして! 私はアナスタシア・ユグドラシルと申します!」

「アタシの名前はカレン。お嬢様のメイドであり、親友だ。この毛根が死にかけてる爺さんの空気に飲まれないようにな。お嬢様は楽しいのが好きだから賑やかし頼むぜ?」

「誰が毛根が死にかけているですか……!!」

「大丈夫ですか爺や……? こういう時にはワカメが良いとセレナから……」

「オッホンッ!! ご安心をお嬢様。私のことは気になさらず、思う存分配信を楽しんでください」


・wwwwww

・駄目だwwセバスさんの扱いが面白すぎるww

・アナスタシアちゃん……ww

・ワ カ メ

・ってか、アナスタシアちゃんもセバスさんのことハゲって思ってるのか()

・はーいww

・なんだろう、この関係を見ると胸の奥が温かくなってくる……ww

・今までの俺らって荒んでたのがよく分かるわぁ……


 改めて自己紹介をしてみれば、視聴者からも好感触の反応が返ってくる。

 セバスの胃痛はともかく、初めの掴みは十分だろう。

 「このまま無事に終わってくれれば……」と、セバスは考えるが世界はそれを許してくれないようで……


・【ユグドラシル公式ch】:やぁ元気そうだねアナスタシア?


「ぶほあぁっ!!!???」

「あ、お父様!!」

「お、旦那様じゃねぇか。ってか会社の公式チャンネル引っ張ってきてんのかよ……相変わらず子煩悩なようで」


・え……?

・ユグドラシル公式チャンネル!?

・は、ちょ、ま!? あのユグドラシル公式がなんでここに!?

・説明しよう! 「ユグドラシル」とは、世界中にあるダンジョンを攻略するためのアイテム、その流通を支える企業の中で最も大きな場所――「ユグドラシルコーポレーション」のことである!!

・なるほど~! って、んんん??????

・今お父様って言った!?

・え? え? 見間違いじゃないよね!?聞き間違いじゃないよね!?

・公式チャンネルでこんなフランクに話しかけてこれるとか、社長とかでもない限り無理だろ!!

・【速報】アナスタシアちゃんのお父さん、ユグドラシルコーポレーションの超偉い人だった

・あぁっ! セバスさんの顔色が滅茶苦茶悪くなってる!!

・体が傾いて行って……勢いよくぶっ倒れた!?

・泡吹いて気絶しちまったぞ!?

・テ  ラ  カ  オ  ス

・初見です。なにこれ????????


 チャット欄は阿鼻叫喚、セバスの胃痛も限界突破。

 ダンジョンにすら入っていないのに、既にここまでカオスな状況になっている。


(あぁ……どうしてこんなことに……)


 セバスが気を失う直前に幻視したのは、愉快そうに笑うブレインの姿であった。

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箱入りお嬢様がダンジョン配信するそうです ~世間知らずすぎて強さの基準が分かりません~ クラウディ @cloudy2022

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