stand by me
囲井丼
stand by me
私は鉄網の上に肉を置いた。すると、肉はジュウジュウと音を立て、煙がモクモクとあがった。私は先輩の皿に肉をのせ、渡そうとした。しかし、先輩は立っているので、私は膝を立てて、体をグッと伸ばさなければならなかった。
そう、何故か先輩は立っている。私が座る座布団の隣でずっと立っている。何故この人は立っているのだろう。焼肉は座って食べた方がいいと思うけど。焼肉に限らずだけど。そもそも食事のマナーとして良くないと思うけど。心の中ではツッコミを入れるのだが、本人に直接言う勇気はない。だってこの会は私の歓迎会だし。今私の隣に立っている女性はバイトの先輩だし、向かいに立っているのは店長だし。そう、先輩だけでなく、店長も立っている。何故か立っている。店長はキムチとご飯を交互に食べている。黙々と食べている。立ったままで。座れよ。私は心の中でツッコむ。肉食え。またツッコむ。他の席の人がこっちをジロジロ見ている。恥ずかしい。恥ずかしいのでパイプ状の換気扇の陰に隠れる。私が隠れたら今のこの状況はどう見えるのだろう。ポニーテールの若い美人な女性(先輩)と、五十過ぎの白髪で角刈りのおじさん(店長)が向かい合って立ったまま食事をしているように見えるのだろうか。カオスだ。
「仕事には慣れた」先輩が肉をほおばり、私を見下ろしながら話しかけてくる。
「はい、おかげさまで」私は答える。「そう」先輩はそっけなく言う。
ジュウジュウジュウ。ジュウジュウ。肉が焼ける音だけが聞こえる。最初に自己紹介や世間話を終えてしまったので、だんだん話すことがなくなってきていた。かと言って二人が立っている理由について聞くのは気が進まない。なんとなく触れてはいけない気がする。気まずい。私もコミュニケーションが得意な方ではないので、場の空気を和ませることができない。重たい沈黙が続いた。
しばらくして、突然店長がウーロン茶を喉に引っかけてせき込んだ。「うぇふえふげふうぇふうえっふ」と店長は体をくの字に折ってひっきりなしに咳をした。周囲の客は食べる手を止め、啞然としてこちらを見ていた。立っているだけでもかなり目立つのに、老犬が吠えたような咳を繰り返していたら視線を集めるのは当然だ。「ふふっ」死にかけている店長を見て先輩が笑った。ひどいなと思いつつ、実は私も少しおかしかった。
店長はようやく咳がおさまったようで、自分が生きていることを確かめるように、涙目で短い呼吸を繰り返していた。「ずびばぜん」店長はまだ呼吸も整わないうちに、店員さんをよんだ。そして駆け寄ってきた店員さんに「ギムヂのおがわりぐだざい」と地獄の住人のような声で注文した。これには私も先輩も我慢できず、大笑いしてしまった。私は床を転げ回って笑い、先輩は体をくの字に折り、足をじたばたさせて笑った。
店長の愚行をひとしきり笑い終えた後、重たい空気は少し改善された。私は二人が立っていることにも慣れてきていた。そこからしばらく三人で他愛もない話をした。
話は結構盛り上がり、その流れで先輩が三人で旅行に行こうと言い出した。しかもこの後すぐに行こうと言った。店長は行こう行こうと乗り気だった。私は正直なところ気が進まなかったが、空気を悪くするのも嫌なので、結局行くことになった。
我々は焼肉屋を出て、タクシーを拾った。タクシーで新幹線の駅まで行き、券売機で自由席のきっぷを買った。平日の夜だからかホームにはあまり人がいなかった。
新幹線が到着し、我々はそれに乗った。ホームと同様に車内も人が少なかった。座席も選びたい放題だった。私は適当な席を指さし、「私は窓側に座りたいのですが」と二人に言った。すると先輩は「いいよ、私は座らないから」と言った。店長も「好きに座りなさい。僕も立っているから」と言った。私は当惑した。この二人はなぜこうも頑なに座ることを拒むのだろう。焼肉屋でも立ったまま食べていたし、駅に向かうタクシーの中でも腰を浮かしていた。私が二人の異常性について思考を巡らせていると、新幹線が発車した。
先輩と店長は私の席の隣の通路に立っていた。二人は授業参観にきた保護者のように穏やかに前方を見つめながら立っていた。新幹線が徐々にスピードを上げると、二人はバランスを崩しそうになった。なぜか二人はかなり危うい体勢になっても椅子につかまろうとしなかった。二人は酩酊状態の人のように通路を動き回っていた。バランスを保とうと足を踏ん張るたびに、タップダンサーのような大きな靴音がするので、他の乗客が振り返ってこちらを見ていた。
とうとう限界が近いようで、先輩は床に手をつきそうになり、店長はダンダダンダンというけたたましい靴音とともに後ろの方へ消えた。そして限界が来た。先輩はぎゃーという悲鳴とともに床にばたんと倒れ、店長もぎゃーという悲鳴とともにどたっと床に伏した。店長はその衝撃で唾が気管に入ったのか激しく咳き込んだ。「うえふえっふげふえっふげっふ」
店長は呼吸も整わないなか、「苦しい、苦しい」と叫び挙句の果てに「最悪だ!」と咆哮した。私と先輩はこれを聞いて、焼肉屋の出来事も思い出してしまい、風船がはじけたように「アッハッハ」と大笑いした。先輩は床を転げまわって笑い、私は椅子に体を丸めて笑った。店長はまだ咳き込み続けていた。
「うえふえっふげふ」「アッハッハッハ」「げふ!」「アハ!」「苦しい、苦しい」「ワッハワッハ」
私はふと我に返り、思った。この人たちはなぜ立っているのだろう。
stand by me 囲井丼 @iidomvry
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