ハエト理想

.六条河原おにびんびn

第1話

 朝起きるのは6時。歩いて30分のところに駅があります。今日は月曜日。ボクは改札をくぐって、駅のベンチに座ります。

 ホームを行き交う人たちを眺めるのが日課です。朝活です。そこで困っている人を助けるんです。それから電車に乗って、また別の駅で、人間観察をするんです。

 最初は"勘"のようなものでした。でも徐々に、ボクの目は肥えていきました。あの人は死ぬ人だなって。霊的な話なんかじゃあありません。背後に黒いもやがかかっているとか、死神がミえるとかそんな話じゃあないんです。

 


 自殺はいけないことだよって、世間では教えるじゃないですか。

 自殺を止める人は表彰される人じゃないですか。

 

 仕方ないですよね。ボクらは国の"資源"ですから。産む機械であり、産ませる機械で、蝶よ花よと育てられた"国力"なんですから。


 だからボクは鉄道自殺を止めに入っただけなんですよ。それをどうして咎められる筋合いがるんですか。ボクだって人の心が読めるサイッキッカーじゃないんですから、本当に飛び込む寸前まで、本当にソウスルノカ分かりませんからね。おとなしく静観するしかないんです。ヘタナコトを言ったら、逆に教唆している人みたいじゃないですか。もしくはそういうのが見たいヘンタイさんか。

 手足がなくなろうが、脊髄が損傷しようが、頭の半分が無くなろうが、生きているじゃあないですか。生きていればきっといいことがありますよ! だってインフルエンサーも流行りの歌もそう言っているじゃないですか。手足がなくなろうが、顔の半分が崩れていようが、心臓さえ動いていればきっといいことがあるって、そういうことでしょう? だからボクは止めたんです。

 車輪って刃物じゃなくて幅があるでしょう。だから当たる場所さえ上手くいけば、肉は綺麗に断ち切れず、傷はすっぱりいかないので、血が止まってくれるそうですよ。だから助けてあげたんです。車輪に頭や胸が轢かれない様に、助けてあげたんです。

 生きていさえすれば、きっといいことがありますからね!

 頭が割れちゃった人、あの人のときは冷や冷やしましたね。死んじゃったかもって。でも生きていたんですか。それは朗報です。気持ちがいいな。今日はうなぎでも食べましょうか。美味しくて、経済が回って、うなぎを絶滅させることもできるなんて一石三鳥ですね。あっはっは。うなぎってそんな害悪なんですか? 

 いや、でもやっぱり焼肉にします。あの轢かれてしまった手足のびろびろを思い出したら、お肉が食べたくなっちゃいましたよ。脂ぎったお肉がね。

 

 なんですか、ボクがやっているのは人助けですよ。ああ、あなた、自殺賛美者なんですか。だからボクが見殺しにしないことを怒っているんですか。自殺賛美者なんですね。そのまま何もせず、人が電車に轢かれて、ぎちぎちに肉を引き摺られ、体液や脂をぶちまけて、身体が電車の下の箱みたいなやつに転がされてしまえばいいと思っているんだな。人でなしの鬼ですね! 痛い痛いと20分も30分も泣き言を聞かされるこっちの身にもなってくださいよ。それを拾い集める作業員の気持ちは?

 大体、電車が停まったら怒られるのは駅員さんなんですよ。ちゃんと生きて、乗客の怨嗟を受け止めなきゃあ。自分の行動には責任が伴う。学校で教わるかは分かりませんが、18年から20年間生かされると、世間ではそういうことにされますし、会社ではそう教わるどころが、前提にされちゃってるじゃないですか。

 ま、電車に飛び込むほどの地獄に堕ちたのは、そそもそも生まれてしまったからなんですけど。遺族やボクの助けた人たちの親御さんに訊いてみたいですね。どんな気持ちですか、なんでこの人を生んでしまったんですか、こうなると分かっていてもまた生むことを選びますかってね。


 ボクは自殺賛美者のあなたに詰められるほど、悪いことはしていませんよ。だって自殺は悪いことなんでしょう。生きていればいいことがあるんでしょう。手足を失っても舌は噛み切れるでしょうが。何故そうしないんですか。本人も生きたいんでしょう。やっぱりボクが助けたからです。きっと"いいこと"があったんでしょうが。

 顔が半分無くなっちゃったからってなんなんですか。あの人まだ生きてるでしょう。


――ああ、亡くなった? 今度は首吊りで……? でもそれはボクの知るところではありませんね。だって個人の家でやられちゃあ、助けようがないでしょうが。一回助けた人が亡くなるというのは複雑なものですけど、でも本当に死にたかったのでしょうね。本懐が遂げられたこと、お祝いしてあげなくっちゃ。献杯しましょう。


 で? ボクが逮捕されることはまずないと思いますね。なんの罪状ですか。生きてればきっといいことがあるんですから、助けたまでですよ。で、実際助かってるじゃないですか。手足なくなった人と、脊髄損傷しちゃった人と、あと片足なくなっちゃった人はまだ生きてるんでしょう。あなたに謗られる筋合いもないと思います。自殺賛美者のあなたなんかに!

 明日も駅で"パトロール"のあと、この前自殺願望者を説得したことの表彰式で、そのあとにこの前、貧血で助けた人の娘さんとお食事なので準備が忙しいんです。でも人助けって気持ちがいいですね。じゃあ、お先に失礼しますね、自殺賛美者さん。

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ハエト理想 .六条河原おにびんびn @vivid-onibi

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