第13話「11月竜太の誕生日」


ピンポーン、ピンポーン。


竜太の部屋のドアチャイムを鳴らす。


さっきコンビニへ行ったらお昼のパートのおばさまに「あら?今日は店長お休みよ。お誕生日だから一緒に出掛けるんじゃないの?」と言われた。


絶対にあの人も私の事を彼女だと思ってるわ。


それにしてもチャイムを鳴らして数分経つけど竜太が出てこない。


誕生日だし出掛けてるかもしれないよね。


踵を返そうとした瞬間、ドアが開き頭にタオルをかぶったままの竜太が顔を出した。


「ごめん、シャワーしてた」


髪先からポタポタと垂れる雫、濡れた体に張り付く白いシャツ、気だるげな雰囲気、誕生日の昼下がり、女の急な訪問・・・


私はハッとしてすぐに玄関床をチェックする。


スニーカーが一足置いてあるが、あれは竜太が仕事の時に履いているやつ。


という事は置いてあるのは竜太の靴だけ。


良かった、部屋の中には誰もいないようだ。


女の子とかお泊まりに来てて遭遇になったら申し訳ないからね。


胸を撫で下ろす私に「なに見てるの」と竜太が聞いてきた。


「いや〜もしかしたら友達とか来てるかなと思って、てかこれからお誕生日パーティーに行くとかだったりする?」


「別に誰とも会う予定はないけど、とりあえず中入れば」


「おじゃまします」


ソファに座る私を背に竜太はドライヤーで髪を乾かしはじめた。


「竜太どっかいくのー?」


「せっかくの休みだし、買い物にでも行こうかなと思ってるー」


ドライヤーの音に負けないようお互い声を張って喋る。


「竜太ってさー!普段のお休みの日もいつも出掛けてるよね!丸1日寝てたいなとかならないのー?」


「休みの日に寝て過ごすとか嫌なんだよー!時間を無駄にしたくない!」


本当に竜太がダラダラしてる所とか見た事ない。


学校をズル休みしたいとか、バイトも行きたくないとかも聞いた事がなかった。


何をするにも全力というか、ただ今の仕事は働きすぎだと思う。


何度も「転職したら?」と言ったけど、オーナーにはお世話になったし常連さんもいるから辞めないと言っていた。


「仙花」


「なにー?!!」


竜太はとっくにドライヤーを終了して正面に座っていて、私は無駄に声を張り上げたみたいになってしまった。


「うるさい。で、仙花は何しに来たの」


「あ!忘れてた!」


私はカバンから封筒を取り出すと「誕生日おめでとう」と竜太へと渡した。


「ありがとう。中見てもいい?」


「うん」


「あ、これオレが見たかった映画のチケットじゃん!」


そう、それはこの映画の宣伝ポスターを竜太がコンビニのガラスに張っていた時の事。


「オレ、これ観たいんだよね」


それは若手女優と人気男性アイドルがダブル主演の純愛ラブストーリー映画だった。


「竜太ってさ、こういう恋愛物好きだよね。なんで?」


「素敵じゃん尊いじゃん泣けるじゃん」


ひと息で言い切った竜太は目を細めて天を仰ぎ見ている。


「まあ内容が内容だから男友達誘うわけにもいかず結局1人で行くんだけどさ」


「私もホラー観に行く時は大体おひとり様だよ」


「仙花はどうしてホラー映画好きなの」


「素敵じゃん。可愛いじゃん。ビックリできるじゃん」


「ビックリする系は心臓に悪いよ」


「まあ、確かにね」


と、そんな事があったから誕生日プレゼントは絶対にこの映画のチケットにしようと決めていたのだ。


映画のチケットから視線をあげた竜太が、今度は私の事をじっと見ている。


様子を伺っていると言った方が正しいかもしれない。


「え、なんで見てくんの」


「あのさプレゼント貰っておいてこんな事言いたくないんだけどさ、どうしてチケットが一枚なんだよ」


「だって一緒に行く人いないから1人で行くって言ってたじゃん」


「そういう時はさ、実はもう1枚チケットあるんだよ!とか言って自分の財布から出してきて一緒に行くもんじゃないの?」


「それ恋愛映画の見過ぎじゃない?」


「うるせぇ」


そして竜太は1人で映画を観に行くと出掛けて行った。


チケットを買う時に本当は2枚買おうと考えた。


けど竜太と恋愛映画なんて、なんだか照れくさくて。


なんで照れくさいなんて考えてるのか、それすらもソワソワした。


「きっと家族でドラマ見てる時にラブシーンが始まって気まずいのと同じ種類だな!」と自分に言い聞かせた。


本当はその照れくさいのが何なのか分かっていたけど、私は見ないふりをした。



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