第七章 4 呪怨龍
四
ミミルが出陣してから三日。
私は、特に何をするわけでも無くだらだらと過ごしていた。
「ジーラ」
ノック音と共にカミュの声。
「どうぞ」
私は入室を許可する。酒場に住み始めてから、ジーラは毎日のように私の部屋を訪れていた。
他の皆も引っ越しを終えており、廊下を歩けば皆と顔を合わせることも多くなった。
他の皆も、プライベートは一緒に行動することが無かったらしいが、これを機に、結構昼食など一緒に行くことが増えたらしい。
悪くない変化だとは思う。
「お昼行こ!」
「あら、もうそんな時間?」
朝から部屋で呪術用の消耗品を作成していたが、集中していたのだろう。昼になっていたことに気付かなかった。
「というか下着を返しなさいよ」
「あの下着は駄目です。えっちいジーラが着るには役者不足です」
毎日繰り返される会話。代わりに、カミュからは下着をプレゼントされている。何故か、サイズを知られていて怖い。
「シルキー、放っておいてゴメンね。お昼一緒に行く?」
「行く」
本を読んでいたシルキーが顔を上げ、こちらにふよふよと浮きながら近づいてきた。そのまま、私の頭の上に座り込んだ。
この場所がお気に入りらしい。直接座っているわけでは無く、頭とシルキーのおしりの間には隙間があるのだが、周囲から見れば、直接座っているようにしか見えないだろう。
というか、主と呼んでいる割には、不敬ではないだろうか?
シルキーと私はセットだと都市でも認識され始めている。カミュも、シルキーが共に来ることに、特別反応もしない。
「何処に行くの?」
「えっとね、お肉が美味しい店があるんだって」
ん~、ここ数日肉だ。確かに肉は好きだが、飽きる。それに何より、だ。
「今日はお魚にしましょ」
「え、でも」
「カミュは、魚の方が好きでしょ。別に、私に気を使わないでよ」
「だって、ほら、好印象、もってもらいたいし。でも、気を使ってもらって、あたしはちょっと嬉しい、かな」
「ぶっちゃけ、毎日肉で飽きた」
「内心喜んで損した!」
頬を膨らませるカミュ。カミュは感情が豊かで、見ていて飽きない。
まあ、実際、酒場の店員としては人気者だ。サーナと双璧で話しやすい性格をしている。
「で、お店なんだけど、私、魚については詳しくないのよね」
「えっと、じゃあ、お勧めに案内するよ」
「ありがと。シルキーも、それでいい?」
「なんでも、いい」
返事は予想通りだが、一応聞いてはおく。
私は、適当な外出着に着替え、準備をする。シルキーも、この前購入した外出着に着替えた。結局、シルキーは羽を隠すつもりはないようなので、羽が外に出せる、有翼人種の服を購入した。
意外と、羽に着ける服などという物も売っているのだ。簡単に言うと、羽毛が床に落ちないようにするカバーみたいなものだが。勿論、シルキーは邪魔だと言って買わなかったが。
これだけ街で有名になれば、下手に隠すよりも良いかも知れない。
シルキー曰く、翼を隠していれば、咄嗟の時に飛ぶのが遅れる、とのことだ。確かにそうなのだが、私は咄嗟の際に飛ぶ事が考慮の外だったので、服の選択の際、その視点は抜け落ちていた。
私たち三人は、カミュのお勧めの店とやらに向かった。
案内された店は、浜辺に席のある、随分とお洒落な店だった。
今日は焼き魚定食とか考えてたのに、絶対無いわね、この店には……。
昼から、カクテルや小洒落たデザートなんかが注文されている。そして、デートと思われるカップルが多い。
「昼ご飯の店なのよね?」
「ちゃんとした食事もあるんだよ。お洒落なお魚料理!」
と言った後、カミュは少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「ジーラと来たかったんだよ、ここ。でも、ほら、ジーラお魚あんまり好きじゃないし。だから、このチャンスを逃せないな、って!」
「ま、いいけど」
私はメニュー表に視線を落とす。
確かに、ちゃんとカルパッチョやら、小洒落た料理がある。だが、がっつり定食の気分で来た私としては、ちょっと肩すかしだ。
「干物とかないの?」
「あるわけないでしょ! ここ、そういう店じゃないのから」
だから、そういう店を期待していたんですよ、私は。
とりあえず、シーフードのピザを注文する。これなら皆で分けて食べることが出来るだろう。
「ゴメン、ここ、あんまり好みじゃなかった?」
「ああ、好みじゃなかったっていうのは、ちょっと違うわね。単純に、お魚イコール焼き魚という考えでいたから、お腹が焼き魚を求めていたのよ。でも今日はカミュの行きたい店で良かったから、全然構わないわよ」
「うん、ありがと」
カミュは魚を使った創作サラダと魚介のスープを頼んでいた。また、酒を飲んでも良いか、と聞かれたので、別に良いわよ、と答えた。折角、興味があった店に来たのだ。とことん楽しめば良い。仕事は夜からだし、その仕事も、別に飲みながらでも問題ない類の仕事だ。
シルキーには、何がお勧めかと聞かれたので、イカスミのパスタを勧めておいた。この白い肌や白い歯をした少女が、イカスミの色に染まるのはちょっと面白そうだったからだ。
カミュが呆れ顔だったが、あえて止めなかったのは、カミュ自身、少し興味があったのだろう。
浜辺の景色を見えると、何も無く平和なように見える。
ミミルの調査隊については、広報していないので、住民にとっては、何もない平和な日々なのだろう。
教会と私の諍いも、教会に関係ない人たちにとっては、それほど興味の無いことだったに違いない。
まあ、現在天使様が羽を広げて、ふわふわ浮いているので、周囲の視線を集めているけどね。
「シルキー様って、やっぱり目立つね」
「そうね。ま、悪いことしているわけじゃないから、隠せとも言いにくいし」
「お~、浜辺で野良犬が交尾してるよ、ジーラ」
「ちょっと、そんなこと声に出さないで!」
そんな風に馬鹿話をしていたら、注文の品がテーブルに並ぶ。
「かんぱ~い」
嬉しそうにカミュがグラスを傾ける。
因みに私はレモネードを注文した。ピザには炭酸だろう。
ピザを手にしたシルキーの表情が、ぴくり、と動いた。同時、シルキーの顔が空に向いた。
「「シルキー?」」
私とカミュの声に反応せず、シルキーが空へと舞い上がった。
飛ぶ際の風圧で、テーブルの上の料理が飛んだ。
遙か上空で、シルキーが止まった。
瞬間、シルキーの身体から光りが放たれ、都市を光の壁が覆うのが視認できた。
「なに、してるの?」
カミュが、唖然とした様子で、状況を理解できずに呟いていた。
途端、西の空に紫色の球状のものが打ち上がった。それは、上空で弾け、紫色の煙として周囲に舞い散った。
ぞわり、と背筋に悪寒が奔る。それは私だけでは無かったらしく、カミュの顔面も蒼白になっていた。
「ジーラ、あれ、なに⁉」
「さぁね。でも、天使様は知ってると思うわよ」
真っ先に気付いたからこそ、シルキーは対応したのだろう。先ほどの光の壁も、多分、あの現象に対する行為なのだろう。
シルキーは、西の方角を見つめ続けている。
埒があかない、と私はカミュを抱き上げた。
「え、え、え?」
「捕まって。飛ぶから!」
「きゃああああああ」
カミュが私の首に抱きついた。
片恋相手の私にお姫様抱っこされているというのに、絶叫とは失礼なことだ。
「怖い怖い怖い!」
「耳元で怒鳴らないで、うるさい! それに、落とさないから安心していいから」
そういうと、絶叫は止んだが、ぎゅっと抱き返す力が強くなった。
やっとこさ、シルキーと同じ高度に辿り着く。
「シルキー今のは?」
「主殿、多分、エルフは、負けた」
淡々と彼女は告げた。
調査隊だが、接敵するれば戦うこともあるだろう。
「あれは、呪怨龍の、呪いの一撃。街こそ、拙が守ったけど、他が、駄目になる」
「他って?」
「海とか森。その内、生き物が消え、この都市から、食事が消える」
「……なんとかできないの?」
シルキーは、こちらを見据えた。
「呪怨龍を、倒すしか、ない」
「そう」
私は頷いた。
「とりあえず、領主様に報告でもしましょうか。色々手伝って貰う必要がありそうだし」
シルキーはこくり、と頷いた。
先ほどの店に料金を支払っていないことを思い出したが、それについては緊急事態だ。後で領主様に対応して貰うとしよう。
領主様の邸宅に着くと、門番がぎょっとした顔で、こちらを見返してきた。空からの来訪は、やはり意識の外なのだろう。
「領主様に報告してまいります」
「いえ、通して。天使様と領主様、どっちが偉いかわかるでしょ?」
私の言葉に門番は鼻白むが、そのまま強引に門を潜ると、諦めたように案内を始めた。
領主の部屋への案内の途中で、執事と交代し、門番は門へと戻った。
執事は、呆れ半分で、そのまま領主の部屋へと案内する。
「領主様、お客様です」
「誰だ? 今は忙しい」
「天使のシルキー様です。もう、こちらにいらしております」
「なんだって⁉ わかった、通してくれ」
部屋へ入ると、領主様が頭を下げた。
執事に対しては、お茶と菓子を用意するように命じていた。
「それで、どういったご用で?」
シルキーの反応が鈍いので、私に視線を移した。
「さっきの紫色の花火みたいなの、見ました?」
「ああ。あれが何かを調べるのに、使用人や部下を走らせている」
「シルキーが正体を知ってます」
「なんですって?」
再び、シルキーに視線を戻した。
「説明してあげて。あと、私たちにも」
とりあえず、座って、という言葉に促され、私たちは皆ソファに腰を預けた。
カミュだけは、領主の館に初めて来た所為か、落ち着きなく、きょろきょろと周囲を見回している。
「あれは、呪怨龍の、衰弱の呪い。街は、なんとか、守った、けど」
「あの光の壁は、天使様ですか?」
こくりと、シルキーが頷いた。
「街を守って頂いてありがとうございます」
「美味しい料理を作ってくれる人、大事、だから」
この街がメシマズだったら、滅びていたのかも知れないという事実。今後、優秀な料理人を育てることは、この都市の生命線に直結するようだ。
「領主様、シルキーが言うには、この街の周辺の生き物は呪われたそうなの。つまり、遠からず、食べ物が無くなる」
「それ、は……。天使様、どうにかならないので?」
「無理。呪われる前に、倒すのが、拙の仕事だった。でも、今は、その力が、ない」
「ミミル様を、信じるしかないか」
シルキーは首を横に振った。
「多分、負けてる」
領主様は、口を半開きにして、シルキーに縋るような視線を向けた。
「なら、どうすれば⁉」
「どうしようも、ない」
「ともかく、話し合いが必要だ。天使様、それにジーラ様、その会議に参加して頂けますか?」
多分、私はシルキーを参加させるための措置だろう。
この状況だ、断るわけにもいくまい。
「それで、いつ、何処に集まれば?」
「すぐに人を集めます。ここで、お待ち頂ければ」
私は、カミュにどうするか、と視線を送った。
カミュは、困惑した表情で、おどおどと小動物のように慌てていた。
「会議が終わるまで、連れをここに置いて頂いても良いですか? さっきの状況を見て、さらに事情も知ってしまいましたので」
街にどのような情報を流すのか決定する前に、事実を流布されるのはまずいだろう。それならば、ここに居て貰う方が良いはずだ。
「そうですね。ここに居て頂きましょう」
「カミュもそれでいいわよね?」
こくこく、と言われるがままカミュは頷いた。
「それは客間でお待ちください」
領主様に促され、豪勢な客間で待たされることになった。シルキーは御菓子を出されてほくほく顔だ。
「この前の、美味しかったやつ」
「良かったわね」
ついつい、小さな子を相手しているような気分になってしまう。
「呪怨龍って、どうにかできないの?」
シルキーは真剣な顔で否定した。
「無理。さっきので、完全に、空っぽになった」
都市全体を保護したのだ。それこそ多量のエネルギーが必要だったはずだ。
「回復は、するのよね?」
「するけど、呪怨龍と戦うには、相当、掛かる。多分、街が、もたない」
「わかった。多分、会議ではシルキーに戦ってもらいたいって話になると思うけど、その事は伝えるわ」
カミュが心配そうに、私の隣に座り、手を握ってきた。
「大丈夫、なのかな?」
「さてね」
以前、呪いにより創り出された亜神を狩ったことはあるが、あの時はミミルとじっさまとの共闘だった。その上、私も万全だった。
この都市が、どこまで戦力を集められるのか。そこに掛かっているだろう。
すると、客間に組合長が現れた。
「ジーラ?」
「ど~も」
私が軽く手を上げて挨拶をすると、組合長は呆れた様子で手を上げ返してくれた。
「なにやら、やばいことになっているらしいな」
「ええ。もし、呪怨龍の討伐となったら、組合はどれだけ人を集められそう?」
「……そういう話で集められたわけか」
私は神妙な表情で頷いて見せた。
組合長は、一瞬天井を見上げ、瞳を瞑った。数秒、経つと、再び目を見開いた。
「有象無象じゃ駄目なんだろ? 期待できる数、集められんと思うぞ。近隣に応援かけても、組合としては大した者は集められんだろうな」
組合長は、腕を組んで考え込む。独り言を言いながら、方法を整理している様子だ。
「そういえば、子供さんが調査隊に……」
「……ああ。だが、まだ死んだと限ったわけじゃ無い。それに、覚悟はしていた」
その瞳は、揺れては居なかった。覚悟を決めた男の目だった。
その直後、執事が迎えに現れた。
部屋を会議室へと移す。
そこには、教会のシーズが先に座っていた。
シルキーの姿を認めると、ぺこり、と頭を下げた。
私が促され、席に座ると、シルキーは私の頭上にふわふわと浮いていた。
皆の視線が痛い。シルキーを見れば良いのに、私に軽い非難の視線が向いている。
なんだろう、躾をしろとでも言うのだろうか。
視線を室内に巡らせると、女性が座っていた。いかにもな高貴そうな身分の女だ。
貴族階級であることは間違いないだろう。
いや、どこかで見たことある気がする。
私が考えるように眉を寄せていると、隣に座った組合長が、「騎士団長」と呟いた。
ああ、そうだ。この都市の王宮騎士団の団長だ。
喉のつかえが取れたと、私は組合長に、さんきゅ、とお礼を伝えた。
騎士団長は、二十代後半の女性だ。普段は化粧っ気が
ないのだが、今日はしっかりとした化粧と女性らしいスカートの身なりをしていたため、気がつかなかった。
吊り目気味で、きつめの表情。男勝りでなければやっていけないのだろう。近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
確か名前は、ヒアサ・スードラだったか。
そうこうしていると領主様が現れ、席へと着いた。
カミュは、所在なさげに身を縮こまらせて座っている。
領主様が、シルキーから受けた説明を、皆に告げる。同時に、調査隊が壊滅した可能性についても。
「それで、今後どうするかなのだが、王宮、教会、組合、どれだけの戦力を出すことが出来るだろうか?」
皆が渋い顔をして、腕を組み黙り込んだ。
「天使様の話では、周囲の生物が衰弱死し、この都市も遠からず、食糧難に見舞われる可能性が高いとのことだ。つまり、時間がない」
「教会は、正直、ほとんど人を出すことが出来ない」
そう言った後、シーズが私を睨みつけた。
「この間の件で、壊滅的な状況でして」
「それは、わかってはいるが……」
領主様が、私とシーズを交互に見た後、言葉を濁した。「けど、呪怨龍は呪いを使うのですよね? ならば、解呪が使える教会から人を出して頂くのは必須じゃありませんこと?」
「それは、そうなのだが……」
私は皆のやりとりを、ぼーっと見つめていた。相も変わらず、仲が悪い。自分の勢力の力を削ぎたくないため、出来る限り他の勢力から人を出してもらいたいのだろう。「組合はどうなのだ?」
「うちは、そもそも優秀な人材が不足してるんだ。普通に漁業なんかが栄えているからな。ほとんどが、兼業組合員なんだよ。期待されても困るぞ」
普段、それを知っていて、組合を下に見ている教会だ。これを言われると弱いのだろう。
「王宮騎士団は、どうなのだ?」
「調査隊にほとんど出していますわ。二つも部隊を用意できるほど、この都市の王宮勢力は大きくはありません。そもそもここで一番強いのは教会勢力のはずでしょう?」
「ですから、我々は、わかるでしょう?」
私にやられたと口に出したくないのか、濁している。こういった場で、見栄を張っても仕方が無いだろうに。
「神様は、確か呪怨龍と戦うために、こちらに鐘を設置されたとお伺いしていましたが……」
シーズがシルキーにおずおずと、声を掛けた。その言葉に、皆がシルキーを見つめた。
「無理。先刻の、光の壁で、力を使い果たした」
都市を守るために力を使い果たしたと言われれば、誰も責めることは出来ない。重い沈黙が流れる。
「こうなっては仕方が無いだろう。招集を掛けて、全勢力で協力して戦う。悪いが、領主命令だ」
皆、言いたいことはありそうだったが、誰も口を開くことは無かった。
「応援とか、頼めないの?」
私は、組織のしがらみを知らないので、あっけらかんと質問した。
「既に、そちらも動いているよ。だが、他の都市のために、自らの手元にある優秀な者を差し出してくれる者は少ない」
「要は期待できないってことね」
私は、呆れた、とばかりに溜息を吐いた。
いや、そもそも、シルキーに守られていない周辺は、既に呪いにやられている可能性もある。
シルキーは手元の菓子がなくなると、やっと顔を上げた。
「そもそも、あれは、人には、倒せない」
皆が、心の底では思っていたとしても、口にしなかった言葉を、彼女は口にした。
「倒せない、と言うか、近づけ、ない。人で、近づけるとしたら、高位の加護持ち。もしくは、呪い持ち」
「高位の加護、もしくは呪い、ね。でも、呪怨龍の呪いよりも強い呪いって事よね?」
「そう」
私が呪いを掛ければ? いや、呪怨龍の呪いの強さがわからない。呪怨龍の目の前まで行って、皆が呪いに倒されたら、それこそお終いだ。
そんな危険な賭は出来ない。
「主殿は、呪怨龍の呪いには、負けないと、思う」
「そう、なの?」
「でも、勝てない。単純に、膂力が、違う」
下手に希望を持たせるような言葉を聞いた所為か、領主様は余計に気落ちした様子で肩を落とした。
組合長が、こちらを見つめた。
その瞳は、迷いを宿しており、口を開いたり、閉じたりを繰り返していた。
そして、やっと意を決したのか、言葉を吐いた。
「これは、断ってもらっても良い。ジーラ、やってもらえないか? お前以外、戦うことすら出来ないみたいらしい」
「ええ、いいわよ」
あっさりと私が返すと、組合長は驚きに目を見張っていた。
「いいのか?」
「ええ。シルキーの話を聞いていても、多分、私以外じゃ戦いに辿り着くことすら出来ないみたいだし」
「でも、普段は断るじゃねぇか!」
「あのね、普段は私じゃ無くても大丈夫な依頼じゃない。なのに、面倒だから、他の勢力や街から協力を頼めないから、とか努力もしないで、私を頼るでしょ。だから、断ってんのよ。仲が悪いとか、知らないっつーの。ここに居る全員、相応の立場なんだから、協力しろって言う話よ」
私の言葉に、領主様を含め、皆が気まずそうに黙り込んだ。
「シルキー、ごめんね。手伝ってくれる?」
「拙は、元々、呪怨龍を倒すために、創造された。手伝うのは、当然」
「領主様、バックアップは期待して良いのよね?」
「勿論だ」
「ただ、まあ、先ほども言ったけど、私もシルキーも本調子ではないの。だから、行くのはもう少し体調が戻ったらにさせて頂戴。特に、負けられない戦いなのならば、なおのこと、ね」
「ああ、勿論だ」
領主様は重々しく頷いた。誰も反対意見はないようだ。実際、後がない状況だ。慎重にいかざるを得ないだろう。
その後のことについて話をしていたところ、会議室に執事が駆け込んできた。
「なんだ、今重要なところだ!」
「申し訳ありません。ですが、調査隊が戻って参りました!」
「なんだと!」
領主様の声を背に、私は駆け出していた。
ミミル!
執事の脇を抜け、外に向かう。
背中から羽を出し、城門の方へと飛んだ。
城門の内側に、人集りがあった。私は、輪の中心に空から降り立つ。
「ミミル!」
「ジーラ?」
ミミルは、泥まみれで、普段の気品ある様子とは程遠い状態だ。
「怪我は?」
「怪我はありませんわ。ただ、呪われ、ましたわね」
蒼白い顔を苦笑で歪めている。
シルキーを連れてくれば良かった。私では、その呪いの内容まではわからない。
第三の目で確認すればわかるだろうか?
わたしは額の目を開く。
普段の視界が、白と黒、そして人が線画のようになった世界に移り変わる。そして、その線で描かれた人の中には青い炎が揺らめいている。
その揺れる炎は魂だと、シルキーが以前教えてくれた。
魂に、黒い煙が纏わり付いている。あれが、呪いだろう。だが、やはり内容まではわからない。
「お~い」
緩い声に反応して、私は後方へと振り向いた。
白と黒の世界に、明確に色のある存在が現れた。
思わず、第三の目を閉じ、通常の視界を確認した。
そこに居たのはシルキーだった。
天使は上位次元の存在なので、第三の目でもしっかりと確認できるわけか。
「あ、丁度呼びに戻ろうかと思ったのよ」
「みんな、呪われている、ね」
「どんな呪いかわかる?」
シルキーは、目の前に居るミミルを観察するように、目を細めて見つめた。
「衰弱の呪い。多分、その内、死ぬ」
淡々と告げるシルキー。
「ま、そんなところですわね。身体がだるいですから」
でも、と続けた。
「部隊の何人かが取り残されているのですわ。戻らないと」
「無理でしょ。ミイラ取りがミイラになるわよ。そもそも、ミイラになりかけてるんだから、既に」
年齢的にも、とは言わなかった。
けど、どうしたものか。下手をすれば、ここに居る全員が死ぬということだ。
教会の人間に解呪してもらわないとなるまい。
既に、教会から人が連れてこられており、解呪を施し始めている。
だが、明らかに慌てている様子の神父達。
「どうしたのかしら?」
ミミルが眉をひそめている。
「あの人たちじゃ、多分、解呪、出来ない。呪怨龍の呪いの方が、強い」
「何か方法は?」
私は咄嗟に訊ねた。
「強い呪いで、上書き。多分、この呪いなら、主殿の方が、強い」
「ミミル、信じてくれる?」
「ええ、よくってよ」
一切の躊躇も迷いも無い回答。
私はミミルの髪を一本もらい、それを媒介として自分の呪眼に移した。
呪いは、それなりに強い呪いである必要がある。だが、生活で不自由を強いることのない類のもの。
期間も決められている方が良いだろう。
死ぬまで衰弱という期間がないような呪いは、漠然としている分、骨子が弱い。期間を決めて、明確な負の要素を決めれば……。
「あ、これでいいや」
私は懐から目薬を取り出し、両眼にさした。
右目と左目から色の付いた悍ましい涙が流れ出す。
レヒとリンクが姿を現す。わたしが、二匹を見ると、互いにうなずき合った。
私の突如思いつきに二匹が反応し、その呪いをミミルにかけた。
髪の毛が燃え上がり、その髪の持ち主に、呪いが向かったことを確信する。
後は、呪怨龍の呪いと私の呪い、どちらがミミルの身体に残留しているか、だ。
一瞬、ミミルの身体がふらついた。
そして、私を見つめた後、眉をひそめて、額に人差し指を当てて考え込んだ。
「……何しましたの?」
頬を軽く染め、私を睨みつけてくるミミル。その瞳には、熱が込められている。多分、成功した。つまり、呪いは上書きされたといわけだ。
惚れ薬や、自分に惚れさせるのは呪術の基本だ。
「私を見ると一ヶ月間発情する呪いを」
「ばっかじゃありませんの!」
「いや、実害ないでしょ?」
「ありますわ! めちゃくちゃありますわ!」
「いや、別に私、ミミルと寝ないし」
「わかっていますわ。でも、こっちが寝たいと思ってしまうの、どうするんですの!」
「たった一ヶ月よ。我慢我慢。私、おばあちゃん趣味じゃないから」
ミミルが私の両頬をつねる。
「いだいいだい」
問題は、他の者達だ。
流石に男共に発情の呪いは怖い。申し訳ないが、大量の男に嬲られる趣味はない。
「こいつらにも、何か呪いかけようと思うんだけど、ミミルから言ってくれない?」
「ふう。わかりましたわ。それで、どんな呪いかけるのですか? 流石に、わたくしとは別のものでしょう?」
「そりゃ勿論。軽い嫌がらせの呪いよ」
内容をミミルに伝える。自分がかけられた呪いが、全然マシだと思ったのだろう。
「……まあ、死ぬよりはいいでしょう」
ミミルが皆に事情を説明し、私のもとに髪の毛が集められる。
まずは、半数に呪いをかける。
私は、その髪の毛を媒介に、持ち主に呪いをかける。
すると、辺りに臭気が込め始めた。
「お、おい、何をしたんだ!」
「え? 脇が臭くなる呪いをかけたんだけど」
「お、おいおい、ふざけるなよ!」
罵倒が響きわたる。
「なによ、死ぬ方が良いの? じゃ、残りの半分はそのまま死ぬのね?」
「そ、それは……」
残りの半数は、顔を見あせながらも、髪の毛をこちらに持ってくる。
「ほ、他の呪いはないんですか?」
「え~、ある程度強くないといけないから、複雑だったり、小指をぶつけるとかの、一発限りって難しいのよね」
「足とか、無理ですか?」
「あ、それならいけるわ」
「靴下はくんで、そっちでお願いします!」
残りの半数が、頭を下げた。呪いをかけるのに、感謝されるなんて初めてだ。
同様に、呪いをかけた。
うん、臭い。靴下の中からでも、臭いが漏れてきてる。この広場自体が地獄だ。
「とりあえず、これで死にはしないわ。ま、皆から避けられるのは我慢して。香水でも買ってちょうだいな」
そういう意味では、脇の方がマシなのかも知れない。
「ミミル、大変だろうけど、領主様のところで会議をしてたんだけど、参加できる?」
「ええ。報告もありますし、お偉方が集まっているのでしたら、むしろ好都合ですわ」
ミミルは、その場を自分の次に上位の指示系統に位置する者に預け、私と共に領主の館へと向かった。
館に戻ると、皆が神妙な顔で、先ほどと同じ席に座っていた。カミュは、私が戻ってきたことに、あからさまに、ほっとした顔をしていた。
「戻りましたわ、領主様」
ミミルが頭を下げると、領主様は労いの言葉をかけ、すぐに座るように促した。
座ると同時、ミミル調査の報告を行った。
ミミルによると、調査した森林奥地は、既に呪いの霧が満ちており、人がまともに行動できる場所ではなく、あの場の調査には、呪術に詳しい者、もしくわ解呪で自分の身を守れる者が必要だと進言した。
その後、一瞬、組合長の顔を見て、重々しく口を開いた。
「数名、森で行方不明になっております。その中の一人は、組合支部長様の、息子さんになりますわ」
組合長は、目を見開き、ミミルを見つめた。
「死んでは、ないのですか?」
「わかりませんわ。ただ、我々は接敵をしておりません。見つけ出すことも、辿り着くことも、出来ておりませんので」
え?
皆も、私と同じように驚きに目を瞬いていた。
「戦って、ないの?」
「ええ」
「さっき、呪怨龍が周辺を呪うための、攻撃をしたのよ? 私は、それが調査隊との戦闘が原因だと思ってたわ。でも、そうじゃないって事よね?」
「わかりませんわ。ただ、呪怨龍を刺激したとは思いませんわね。そこまで、至れていませんでしたから。結局、呪いの霧の中を動き回り、途中で力尽き戻ってきた。これが単純な事実ですわ」
だとすれば、あの一撃は偶然、気まぐれで放ったということか? そんなことがあるだろうか。
私はシルキーを見るも、シルキーは無表情で、少し眠そうにしている。多分、都市を守った際に、本当に力を使い果たしたのだろう。
「ジーラ、頼みが、ある」
組合長が、私を見つめいた。その瞳には、うっすらと涙すら浮かんでいた。
「息子を、助けてくれないか」
「ええ、わかったわ」
私は、迷い無く返した。
生きている可能性が高い、そうなれば助けて欲しいと思うのは当然だ。
先ほどの覚悟を見たからこそ、力になってあげたいと思った。
「おい、待ってくれ!」
領主様が、それを止める。
その言葉に追従するように、シーズとヒアサも同意を示す。
「君は、この都市を守るための最重要人物だ。そんなことに行ってもらうわけにはいかない。イチポーロには、申し訳ないと思うが……」
キタ・イチポーロ。組合長の名前だ。
「申し訳ないけど、私も、組合長の子供さんとは知り合いなの。放っておくのは、後味が悪いわ。それに、今回は、ただの救出よ。戦いはしない。それならいいでしょう?」
「し、しかし」
「あ~、言い方が悪かったわね。止めても無駄って話よ。私は、新興宗教の神様でね。現在信者様募集中なの。これも、勧誘活動よ」
私がおどけて言うと、組合長は「戻った日にゃ、家族一同、お前を信仰する」と誓った。
いや、冗談だから、そうなられても、ちょっと困る。知り合いに祈られるなんて気まずいことこの上ない。
「主殿、意見具申」
「はい、ど~ぞ」
「カミュを連れて行くのが、良い」
突然、名前を挙げられたカミュが、驚きと危険地帯に行かされるという恐怖に、涙目で私の腕に抱きついてきた。
「その心は?」
「以前も言った、けど、カミュは、モノ探しの、天才。正直、拙よりも、主殿よりも、人を探すなら、重要」
私はカミュを見つめる。首を激しく左右に振っている。残像で凄いことになっている。
「ミミル様でも、呪われる場所なんでしょ! あたしなんか、すぐおかしくなっちゃうって!」
確かにその通りだ。だが、その不安を払拭するために、シルキーが続けた。
「カミュは、拙が呪いから、守る。一人くらいなら、保護、出来る」
カミュは、余計なことを、とばかりに、シルキーを恨みがましく睨んでいる。
「え~っと、そういうことだから、カミュ、よろしくね?」
「ジーラが守ってくれるの?」
「いや~、私って、守る戦い駄目なのよね。悪いんだけど」
「嘘でも、守るって言うとこでしょ⁉」
だが、実際、そういう戦いは出来ない。
「そこは、テスラに頼むわよ。テスラは、呪いに強いし、力持ちだから、見つけた人を運ぶのに、必要だし」
シルキーも、その人選には納得らしく、うんうん、と頷いていた。
「う~、あたし、絶対、足引っ張っちゃうってば~」
「そんなこと、ない。カミュは、一番、役立つ」
シルキーの言葉は、感情が込められていないが、だからこそ、真実なのだろうという確信があった。
「ちょ、ちょっと待ってください、天使様」
「なに?」
領主の慌てた口調に、シルキーが返した。
「天使様は、この街に残って頂きたいのですが」
「なん、で?」
「もし、この救出に失敗し、ジーラが戻らなかったときには、天使様を頼るしかありません。ですから……」
「その時は、拙は帰る。主が居ない、この次元に、居る意味、ないから」
その無慈悲な言葉に、皆が絶望にも似た表情を浮かべた。最悪、シルキーがなんとかしてくれるという想いがあったのだろう。だが、その願いは、シルキーの言葉によって、否定された。
「ともかく、私は行くわ。とりあえず、今日は準備ね。テスラにも話を通さないと行けないし」
背中から待つように掛けられる声を無視し、私はシルキーとカミュの二人を連れ添って、その場を後にした。
背後で、新しい話し合いが始まった気配を感じた。
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