第七章 3 教会に天使様を自慢する


   三




 ベッドを買い換えようと再度誓う程度には、悪い寝起きで、次の日を迎えた。


 酒が大量に入っていたのが、功を奏したようで、途中で目が覚めることは無かった。だが、腰が痛い。


「って、また居るし」


「主殿の横が拙の場所、だから」


 折角部屋を用意したのに、これでは意味が無い。


 現在、昼間に改修を依頼しているが、隣のシルキーの部屋と行き来できる扉をつけた方が良いかもしれない。 シルキーはサンドイッチを持っていた。昨日、カミュが買ってきた物と同じだ。


「何、それ気に入ったの?」


 こくり、とシルキーは頷いた。


 私は、それを受け取った。まだ部屋にテーブルはないので、二人は、羽を曲げて前方に回り込ませて、テーブルのように使う。


 便利だ。


「うん、やっぱり美味しい」


 シルキーも、頷きながら満足気だ。


 が、そこで一つの疑問に気付く。


「そういえば、お金は?」


「これ、作ったから。材料、あったから」


「え、嘘よね?」


 そこで、カミュが部屋に入ってきた。とうとうノックをしなくなった。


「今日も朝食買ってきたわよ~って、あれ、そのサンドイッチって」


「シルキーが作ったんだって」


 食いさしだが、カミュに手渡すと、躊躇無くそれを口に入れた。


「同じじゃん!」


「だよね⁉」


 二人の驚きに反してシルキーは無反応だ。むしろ、お前らも出来るだろ、的な表情だ。


「えっと、シルキー様って料理出来るの?」


 カミュの質問に、首を横に振った。いやいやいや、出来てる出来てる。


「精神世界の目で見れば、大体どうやって作ったかわかる」


「じゃ、じゃあ、昨日のテスラの料理も?」


「材料が、あれば」


 何でも無いように頷く。


「すっご」


 カミュが唖然としていた。


「主殿も、出来る、はず」


「出来ないって。私の料理食べる?」


「食べて、みたい」


「じゃあ、今晩ね。カミュは?」


「絶対要らない!」


「おいおい、片恋相手の手料理だよ?」


「想いだけじゃ、どうにもならないこともあるんだってば」


 カミュが買ってきた物に、シルキーが興味を示していた。


「あ、これ? というか、シルキー様、食べて良いですよ」


 気がつけば、天使様から、シルキー様に呼び方が変わっている。多少は、馴染んできたと言うことだろうか。


「いい、の?」


「うん。それで、今度それを作って下さい!」


 こくり、とシルキーは頷いた。


「やった!」


 カミュは嬉しそうに、ぴょんと跳ねた。


 確かに、行列の出来る店の料理を、作って貰えるのならば、十二分に見返りがある。


「今度は、どこのお店の買ってこようかなぁ」


 カミュは既に別のお店の料理をラーニングさせる事を考えているようだ。


 しかし、これは酒場でも使えるかも知れない。


 私は、飲み物用意してくると伝え、階下に降りた。


 階下には、マリナベルとサーナが居て、珈琲を飲んでいた。


「三人分、ちょうだいな」


「はいはい、お待ちを神様」


 マリナベルは芝居じみた動きで、三人分の珈琲を用意してくれた。


「こうやって、みんなで住むのも、悪くないねっ」


 サーナは楽しそうだ。私は、先ほどのシルキーの特技を伝えた。


「マジで?」


 自分たちにも実利がありそうな特技に、二人も軽く興奮している。


「今度、お昼誘ってみよ~。有名店の料理、そしたら作れるようになるんだよね⁉」


「多分。ま、奢りなら喜ぶと思うわよ。食べること好きみたいだし」


 この辺りで言葉を切って、私は三人分の珈琲を持って部屋へ戻った。


 因みに会話に夢中だったため、シルキーの珈琲に砂糖とミルクを入れ忘れてしまい、恨みがましい目で睨まれることになってしまった。


 シルキーの食べ物に対する恨みは怖い、これはしっかりと記憶しておこう。




 そうこうしている内に、教会に向かう時間になっていた。そういえば、テスラも教会に行くと言っていたなと思い出す。


 威圧する意味も込めて飛んでいくと言ったのだが、実際に飛んでいくかどうかを考えると、歩いて行く方が良い気がした。


 飛ぶと、目立つしなぁ。


「主殿、飛ばない?」


「どうしよっか」


「飛ぶ方が、良い。街歩くと、疲れる」


 天使様は、人気者だからね。


 私は頷いて、空から二人で教会勢力の地区へと向かった。


 冷静に考えてみれば、組合の勢力地区でも、あの騒ぎようなのだ。教会勢力でなど、考えたくも無いほどの人だかりになることだろう。


 教会の本堂の前にゆっくりと降りると、出迎えが大勢現れた。多分、シルキーに対する出迎えなのだろうが、大勢にかしずかれるのは、まあ、悪くは無いですね。


 私たちは、案内されるまま、本堂の奥へと向かっていく。


 ここです、と連れてこられた部屋には、先にテスラがソファに座っていた。


「ジーラ?」


 驚いたようにテスラが、目を見開いていた。


「やほ。シルキーの件、話を着けておいた方が良いと思って」


 私はテスラの隣に座る。そして、シルキーにも座るように促すと、こくりと頷き、私の隣に座った。


 すると、素早く茶菓子と茶が用意された。


 おお、早い。しかも、良い菓子だ。確か、高級商店区画にある店のものだ。


 シルキーと一緒に居ると、良いもんが食べられるなぁ。


 奥から、この中で一番高そうな法衣を着た男が現れた。


 教会というのは、わかりやすくて良い。基本的に、高そうな服を着ている者が、上位の立ち位置の者だ。


 線が細く、真面目そうな男だ。だが、その切れ長の瞳は、少し意地の悪そうな印象を受ける。


 男は私たちの前で立ち止まり、一礼した。


「わたしは、昨日より責任者になりましたシーズ・モルドと申します」


 その一礼は、シルキーに向けられたていた。予想通りであったが、シルキーは嘆息していた。逐一の訂正も面倒くさくなってきたのだろう。


 私も、同意するように嘆息すると、あえてシルキーは訂正をしなかった。


 シーズと名乗った男は、責任者としてはかなり若かった。まだ三十前半だろう。人族なので、そうそう外れてはいないはずだ。


「で、話って?」


 私は率直に問いただした。腹の探り合いをするような仲ではない。敵対している程度には仲が悪いのだ。


「我々から奪ったハンドベルを返して頂きたい」


「あ~、これ?」


 私は黄金のハンドベルを目の前のテーブルにドン、と威嚇するように置いた。隣に居たシルキーから「は?」という眼で睨まれた。


 乱暴に扱って、ごめんて。


 前司祭長の話の可能性も考えていたが、そちらに触れるつもりはないようだ。あちらとしても、藪を突くつもりはないらしい。


「それは、我々が神より与えられた宝です」


 ふむ、と私は頷き、シルキーを見た。


「正直、このベルの所有権を主張するつもりは無いわ。そして、あんた達にも、その権利はないと思ってるわ」


「では、誰にあると?」


「勿論、天使様にでしょうよ」


 この言葉には、相手も何も言えなくなってしまっていた。


「天使様は、我々の神。ミズルファ様の御使いだとお伺いしておりますが」


「拙の創造主は、そう」


「ならば、わたし達と一緒に居られるのが、天使様の為だと思うのですが」


 シルキーが私を見つめていた。


「貴女はどうしたいの?」


「拙が決めて、いいの?」


「ええ」


 ふむ、とシルキーは顎に手をあて考え始めた。菓子に伸ばす手を止め、真剣に。


 少しして、シルキーは顔を上げた。


「主殿は、拙の事を、どう、思う?」


 縋るように、シルキーは瞳に、不安そうな色を携えていた。


「自分で決められないの?」


 こくり、と彼女は頷いた。


 すると、シーズが言葉を挟んだ。


「我々は、天使様を讃えます。我々と居て下されば、何不自由ない生活を保障致します」


 シーズの後ろに控えている者達も、耳辺りの良い言葉を紡いでいた。まあ、実際、楽に暮らしてはいけるだろう。彼らにとって、シルキーは尊ぶべき存在なのだから。


「私と来たら、働いて貰うわ」


 私は淡々と言った。


 シルキーはきょとんとしていた。


「代わりに、美味しい物、食べさせてあげるし、友達を作ってあげる。一緒に笑ってあげるし、一緒に泣いてあげる。寒いときは抱きしめてあげるし、熱いときは一緒に海に飛び込んであげる。代わりに、私達の面倒ごとを背負っては貰うけどね」


「えっと?」


 シルキーは珍しく困惑を露わにしていた。


「あんたを笑顔にしてやるって言ってんの」


 私がニカッと笑って見せると、シルキーは驚きを浮かべ、更には頬を紅く染めた。


「ま、教会に行っても、別に冷たくなんてしないわよ。私たち、友達でしょ?」


 そう言って、私はシルキーの頭を撫でた。


 頬を更に紅く染めつつ、滅多に見せない満面の笑顔で微笑まれ、思わず私は驚いてしまった。


「うちならば、天使様を働かせるなんていうご無礼を働くことはありません」


 シーズは力強く言った。そして、非難めいた視線を私に向けた。


「天使様に、無礼ではありませんか?」


「それはは失礼。天使様と、私もお呼びした方が?」


 嫌みったらしく私が言うと、シルキーが不快気に、首を横に振った。


「一つ、言っておき、たい」


「何でしょう?」


 揉み手で、シーズが聞き返す。ここまでへえこらされると、いっそ面白いな。


「主殿は、拙よりも格上。主殿のお父上は、拙の創造主よりも、上」


 その言葉に、私を含め、皆が驚く。


 いや、そういうことは、私には先に話しておいてほしいんだけど⁉


 だが、そんな私の心中などには構うこと無く、彼女は続ける。


「主殿の眼。呪眼。これは、最上級の神宝。これだけで、大抵の神よりも、上位に位置する。半神とはいえ、拙の創造主と、同格くらい」


 皆の瞳がこちらを見つめてきたが、知らんて。私も初耳だ。


 シーズは、落ち着こうとして、手前に置かれたお茶を口にした。


 そして、シルキーがなにやらこちらの膝に、自分の手を置いている。


「とりあえず言わせてもらいます。あの鐘とこのハンドベルは、我々が神より頂いた物になります。国の宝として認識されているものです。それを奪ったとなれば、貴女は、国家レベルの犯罪者になるのですよ?」


「あら、それってどういう理屈で?」


「貴女は、法律というものをご存じではないのですか?」


 嫌みったらしく、シーズが言った。それはもう、ねちっこく。


「あら、それって人の、でしょ? 神様は裁けないんじゃないかしら。なんせ、国が私を神様と認めてるんだから」


 それは、と痛いところを突かれたらしく、一瞬口籠もった。


「な、なら、貴女は今後、人の法律を守らず、横暴に暮らしていくつもりですか?」


「嫌いな相手には、そうしてもいいかもね。そもそも、私はあんたらが嫌いなのよね」


 ここで、八つ当たりじみた、本音をぶつける。


「今まではテスラの手前、敵対はしなかったけど、その遠慮もいらなくなったんだもの。正直に行動させて貰うわ」


「嫌いだからって、子供ですか、貴女は!」


 やれやれ、と私は大げさに頭を振った。


「私さ、子供の頃、酷い目に遭ったのよ」


 私は、あえて姿を人のものから、半神のものへと変化させて見せた。


 皆が、ごくりと喉を鳴らしたのがわかった。


 隣でテスラだけが、目を輝かせている。その目を、普段のジーラさんに向けてくれませんかねぇ?


「子供の頃から、この姿の所為で、教会の人間に迫害されたわ。悪魔の子って、扱いでね」


 ねえ、貴女、と近くに立っていた、給仕役の女性に声をかけた。突然声をかけられた彼女は、びくり、と肩を振るわせた。


 私の両頬からは、涙が流れ出し、両脇に、人ほどの大きさのレヒとリンクが立っていた。そして、周囲を威嚇するかのように、毛を逆立てていた。


 下がってなさいと言おうかとも思ったが、これは私を思い遣っての行動だろう。今回は見逃すことにした。


「その村ではね、私を殴ったり、蹴ったりすると、神様が褒めて下さるんですって。どう思う? 褒めてくださるのかしら? ねえ、どうなの? 私、ミズルファ様のお声が聞けないから、代わりに答えてくださらないかしら?」


 彼女は、口元を手で覆い、黙りこくっていた。


「私を、犯しても、罪に問われず、神様は褒めて下さるんですって。どう思う?」


 私は、その女性か目を逸らさずに、言葉を続けた。


「答えて、もらえるかしら?」


 女性は、困ったようにシーズに視線を向けた。


 シーズが口を開こうとしたが、私は「出来れば女性に、お聞きたいのですけど。それとも、貴方はやっぱり、褒めてもらえるというのかしら? 私を犯し、蹴って殴って、殺すと」


「そ、そんなことは……」


 シーズは、思わず、といった表情でそう言った。


「彼は、こう答えたわよ? 貴女は、どう思う?」


 シーズがばつの悪そうな顔で頷いたので、彼女はゆっくりと頷いた。


「ひどいと、思います」


「あら、教会の人間でもそう思ってくれるのね。良かった。私達も犯してやろうと思います、とか言われたらどうしようかと思ったわ」


 私の見つめる瞳から、彼女は視線を逸らした。その肩は少し震えていた。


「それに、この間は、私の友人が傷つけられたわ。私の友人というだけで、ね」


 私はカミュに行われた行為について説明した。カミュに懐き始めたシルキーも、眉をひそめて眼を細めていた。


「それらについては、申し訳ありませんでした」


 シーズが頭を下げると、周囲の者が、司祭長が頭を下げるなんて、と非難めいたことを言っている。


 私は、呆れたとばかりに嘆息した。


「ねえ、司祭長様」


 声をかけると、彼は顔を上げた。


「私が貴方の家族や友人に、殴って蹴って、犯して、身体を切り落としたとして、頭を下げたら許してくださるのね? とても心が広いのね。じゃ、後でやってみようかしら。あ、もしかしてここに居る、皆様も同じくらい心が広いと思って良いのかしら?」


 皆が黙り込む中、シーズが再び口を開いた。


「立場のあるものの代表として、謝罪をさせて頂いたのですが……」


「立場あるってなによ? 偉いって事かしら? そもそも、よくわかんないんだけど、毎日お空に向かって、手を合わせてりゃ偉いの? 私に言わせりゃ、道のゴミ拾っているその辺のガキンチョの方が、よっぽど偉いと思うわよ。手を合わせただけで、一体誰の役に立つって言うのよ?」


「ぶ、無礼者!」


 流石に我慢できなくなったのか、背後に控えた壮年の男性が声を荒げた。


 私は、心底呆れたとばかり、大仰に嘆息して見せた。


「頭お花畑なの? ああ、そうじゃなきゃ、見たことも無い神様になんか人生かけられないか。ごめんごめん」


 更に挑発してみせる。


 隣のシルキーが若干引いてる。テスラも苦笑い。


「私はさ、喧嘩を売りに来てんのよ? 無礼? 当たり前でしょ。私に言わせりゃ、ここまで言われて、その事実にも気付くことが出来なさい、情けない色白の、そこのおっさんがみっともなくて仕方ないわ。あら、ごめんなさい、今は真っ赤かね。きっとタコも顔負けよ。茹でたら互角かも」


「き、貴様!」


 荒げようとした声に対し、シーズが「黙れ!」と大声で制した。


「私の知らぬ場所で行われた所業とは言え、同じ教会の人間として、許されざる事だと思います。ですが、私には謝罪する以外に出来ることがありません。それとも、何か要求がございますか?」


 シーズは落ち着いた様子で言葉を紡いだ。その目は、揺らいでおらず、その真意を見極めることは難しそうだ。「じゃ、ミズルファ様に謝罪に来させなさいよ。あんたら、神様の名の下に、こっちに喧嘩売ったんでしょ?」


「無理を仰る……」


 シーズが溜息を吐いた。


 このままでは、話は先に進まない。ぶっちゃけ、私がごねているせいだけど。


 ふと脇に立つ女性を見ると、顔面が蒼白になっている。室内の張り詰めた空気や、レフとリンクの気配に参ってしまっているようだ。あと、私の姿もあるかも知れない。


「ああ、ごめんなさい」


 私は、姿を人のものへと戻した。


「怖い、わよね。私、化け物だもの」


 テスラが何かを言おうとしたのを、私は苦笑しながら右手で制した。


 別に自虐的になっているのではない。


 ただの話題の転換だ。


「ま、私が言いたいことは、あんた達を許す気は無いって事。でもって、このハンドベルは、シルキーのものってことよ。私でも、あんたらでもなく、ね」


 そう言って、私はシルキーにハンドベルを渡した。


「持ってて下さい」


 シルキーが、それを私に押し返した。


「じゃ、持ってる。名前書いておこうか?」


 シルキーが、とうとう怒って、ぽかぽかと殴ってきた。


「ごめんごめん」


 和やかな空気で話していると、シーズが口を挟んできた。


「……我々は、教会として、それを認めるわけにはいかないんです」


 知ったことか、と私は肩をすくめた。


「モテモテね」


 シルキーに苦笑してみせると、シルキーは面倒くさそうに、眉をひそめていた。


「既に私は喧嘩を売ったわ。買うかどうかは、そちらが決めること。このハンドベル、欲しかったら、奪い取って見せなさいな。理由は、くれてやったでしょ?」


 私は、足を組み、背もたれに背を預けて腕を組んだ。


「ただね、今度は戦争になる。私個人じゃ無いから、それだけは覚えておきなさい。私は、私の仲間達で組織を立ち上げるわ。だからね、やり合うなら覚悟しておきなさい」


 交互に二人の様子を見ると、こくり、と頷きかえしてくれた。


 もう、覚悟は決めたのだ。自分は、この都市で顔役になる。目立たないために、隠れているのはもうやめだ。




「喧嘩を売った以上、こっちからは手を出さないわ。先に手を出してこない限りは、震えていても大丈夫よ? だから、怖いのなら私たちのことは放っておいて。それを言いに来たのよ、今日は」


「わたし達にも、面子があります。特に、国宝奪われて、黙っているわけにはいかないんですよ」


「なら、さっきの喧嘩を買うことね。構わないわよ。徹底的にやりましょう。それはもう、徹底的に」


「今はまだ、数人でしょう。その人数で、やり合うと?」


「あら、天使様がこっちに付いたという情報が流れた時点で、大半がこっちに付くに決まってるじゃない。それともなに、ここの部屋にいる人達は、シルキーに手をあげられるの?」


 皆が下を向いて黙り込む。そう、私には手を出せても、天使様に敵対すれば、大抵の信者は正しいのがこちらだと思うことだろう。


 結局の所、このハンドベルが、教会の信仰対象の一つなのだ。


「ま、言いたいことはそれだけよ。じゃ、私は帰るから。ま、意地があるなら、今、この場で襲ってきても構わないわよ?」


 私は挑発的な笑みを浮かべた。


「その時は、前の司祭長と同じような事になるかも知れないけど」


 シーズは、ごくり、と喉を鳴らした。


「ま、私なりの神罰ってやつよ」


 そう言って立ち上がると、彼らは黙り込んで、誰も私の動きを制す者はいなかった。




 私はテスラを伴って、酒場に戻った。酒場では開店準備をしていたが、その準備を一時中止させる。


「会議したいんだけど良いかしら?」


「会議?」と皆が訝しげな視線を向けてくる。ま、いきなりだし、そう言った反応も仕方が無い。


 円卓のように丸テーブルを囲む。午前中に、いくらかテーブルを用意できたようだ。段々と、元の酒場の姿に戻りつつある。


 私は、店の面子にテスラとシルキーを加えて、会議と称したお茶会を開始した。


 テスラは落ち着きなさげに何かを探している。


「フィリアは来ないわよ」


 私は嘆息と共に伝える。


「あ、そうなのかい?」


 残念そうに、テスラは返した。周囲が、笑いを堪えているのがわかった。


 皆の手元にお茶が行き渡ったのを確認し、しばらく世間話をした後、本題に入った。


「今日、教会に行ってきて、私の身内に手を出すなって言ってきたわ。しばらくは何もしてこないような雰囲気だったけど、何かあったら教えて頂戴」


「天使のシルキー様が居るのに~、喧嘩なんか売ってくんの?」


 サーナは楽しそうにケラケラと笑う。


「だから、じゃないかな?」


「どゆこと?」


 マリナベルの言葉に、サーナが眉をひそめた?


「天使様が、自分たちの手元に居ないのが不服なんだよ、彼らは。それこそ、酒場で働かされているなんてなったら、何を言ってくるかわからないよ」


 とはいえ、大っぴらには襲撃できまい。天使様に危害を加えるわけにはいかないのだ。


「でも、大丈夫よぉ、ジーラちゃん。ワタシ達、結構強いからぁ」


 サルベナは、立派な胸を張り、おっとりとした口調で言った。


「でもさ、みんな暫く実戦離れてるでしょ? 最近、真面目に命のやりとりした人居る?」


 皆、黙り込む。彼女らは、優秀な実力者だ。私が、他の都市からスカウトしたのだ。


 まあ、後、好みの女性を集めたというのは内緒だ。


 客層を考えて、彼女らそのものが強く、用心棒も兼ねており、給料も相応に高くしている。要は危ない仕事をする必要が無いのだ。


「ということで、一つ提案があります」


 私は人差し指を立てた。


「テスラを、用心棒として雇います」


 テスラを含めって、皆が目を見張って、こちらを見つめた。


「聞いていないんだけどな」


 テスラが、困った表情を浮かべている。


「だって、テスラ教会やめるんでしょ? 無職じゃん」


「とはいえ、ここは女性以外雇っていないんだろう?」


「教会の連中が、何か仕掛けてくる可能性あるでしょ。そうなった時、強い人が欲しいのよ」


 その言葉に、不服そうな顔を皆が浮かべた、弱いことを自覚しているカミュだけは、別の意味で不服そうだ。


「テスラって、強いの?」


 サーナが試すように、私とテスラを交互に見た。


「テスラ」


「いや、やらないよ。女性と手合わせなんて」


「ふっざけんな。時折、私と組み手するじゃないのよ!」


 テスラは、困ったように嘆息した。


「なら、ジーラが実力を見せてあげれば良い。僕は、君よりは、格闘強いしね。そもそも、雇われるなんて言ってないだろう?」


「え、じゃあ、テスラは教会に私が襲われても助けてくれないんだ。側に居てくれないんだ」


 はあ、とテスラは呆れたように嘆息しつつも、その表情は少し嬉しそうだった。


「わかったよ。つまりこれは、採用試験って事だね」


 そういうと、テスラはやれやれ、と立ち上がり、ステージへと上がった。


「で、誰が納得できてないの?」


 私がそう問いかけると、皆の視線がサーナに向いた。


「え、みんなは納得できているの⁉」


 ん~、と首を傾げつつもあるが、曖昧な笑みで回答を濁していた。


「わかったわよ! サーナがやればいいんでしょ」


 実際、テスラの実力を誰も知らない。


 強いんだよ、この人。


 サーナは、ステージに上がると、構えをとった。サーナの武器は小刀やナイフの類だが、今回は素手だ。


 酒場の面子の中で、最も素手が強いのもサーナのはずだ。いや、私が一番かも知れない。


 サーナと対面したテスラは、構えをとった。


「へえ」


 マリナベルとママが、思わずと言った感じに呟いた。


 サーナの表情も引き締まっていた。


 テスラの構えから、ある程度の実力を察したらしい。


 サーナが迅雷の速度で踏み込んだ。


 が、テスラは、その一撃を回避しつつ、サーナの顔面へと拳を突き出した。その一撃は、鼻先で止まる。


 その半端な対応が、逆にサーナの負けず嫌いに火を着けた。


 だが、ここから先の攻防は、先ほどまでの光景の繰り返しになった。全て寸止めで、テスラが圧倒していた。


「どうよ?」


 私が悔しそうなサーナに問いかけると、イラッ、と


した表情で、無言で睨まれた。普段の人なつっこい表情とは違って、結構怖い。結局の所、ここに居る皆は、負けず嫌いの男勝りなのだ。


「一応、テスラというか、テスラのお父さんが修道拳法の師範なのよ。だから、テスラは子供の頃から拳法仕込まれてるの」


 大剣は、巨大な相手と戦うために使い始めた武器だ。拳法は、やはり人と戦うための技術だということだ。


「ジーラも強いの?」


 挑発的に、サーナが笑いかけてきた。


「いや、やんないわよ。私、呪術師よ? フォークより重い物持ったこと無いわ」


「でも、テスラと訓練しているんでしょ?」


 サーナは、私では無く、テスラへと振り返った。


「まあ、強いよ。多分、サーナさんよりは」


「余計なこと言うな!」


 サーナが、上がれ、と親指でステージを指した。


「だから、やんないって」


 だが、どうしても納得しないで、一度だけという約束で、ステージ上で対面した。


 テスラと同様の構えを、私はとった。


 サーナが、予備動作無く、こちらに接近した。


 だが、私の目には、魂の淀みが見えていた。


 サーナの腕を掴み、同時に脚を払った。


 サーナの身体が宙を舞い、私は頭を打たないように、掴んだ右手に力を入れた。


「納得してくれた?」


「もっとムカついた」


 サーナは頬を膨らませて、テーブルに突っ伏した。可愛らしい見た目と相まって、頭を撫でたくなった。


「とりあえず、テスラの雇用はいいかしら?」


 皆が頷いた。


「え~と、じゃあ、テスラの部屋は」


「待ってくれ。もしかして、酒場に住ませる気かい?」


「え、そうだけど」


 それには、皆が渋い顔をした。


「皆の顔をみればわかるけど、女性だけだからこそのリラックスできる環境はあると思うんだ。皆もそう思うだろう?」


 苦笑いしつつも、皆が同意を示している。


「お風呂とか、共同だし、ちょっと困るかも」


 カミュがそう言うと、マリナベルも「流石にね」と同意した。テスラ自身も、頷いている。


「でも、用心棒だからねぇ」


 ママは、同居に根っからの反対ではないようだ。


「敷地内に、テスラ用の小屋を建てるとかどうだい? テスラ自身も、その方が落ち着くだろう? 近場の宿やアパート借りるのとたいしてかわらんだろうし」


「確かにそうだけど……」


「じゃ、そうしましょ」


 私はその案を受け入れる。


「いや、いくら掛かるのさ」


「ま、いいじゃないの。なによ、守ってくれるってのは嘘なの?」


 こう言う言葉に、テスラは弱い。テスラは「わかった」と頷いた。ただ、費用は自分で出すし、部屋についても自分で大工と交渉するということで、納得した。


「でも、たった八人で組織を名乗るつもりなのかい?」


 ママの言葉はもっともだ。シルキーと私が居るので一目は置かれるだろうが、それでも各勢力が、他の都市かっら強大な戦力を連れてくれば、色々と話は変わってくる。


「うん、それも考えがあるの。都市の人間の胃袋を掴むのよ!」


 私はシルキーの特技について話した。


「そりゃ、たいしたもんだ」


 調理担当のママは、感心しきりだった。シルキーは、無表情のまま、菓子をぱくついている。


「で、シルキーを連れて、他の都市の名物を食べて、レシピを盗もうかなぁ、って考えてるのよね。流石に、この都市のレシピを盗むのは、流石に倫理的に如何なものかと思うところあるし」


「といっても、その都市でしか手に入らない材料とかあるんじゃないのかい?」


 マリナベルの疑問はもっともだ。


「だから、ママに、この都市で作れて、ここの客が払える原価レベルにアレンジして貰おうってわけ。シルキーは、アレンジとかは出来ないから」


「あ~、そういうことかい。いいんじゃないかね」


「ついでに、酒とかも仕入れて来ようと思うし。だから、私とシルキーは、他の都市への仕入担当ね。テスラは、荷物持ちとして来て貰うわよ?」


 テスラは、いいよ、と頷いた。


「え~ずるいずるい、あたしもいきたい!」


 カミュが手をあげて、必死にごねる。


「ボクも、たまには行かせて欲しいね」


 更にマリナベル。そりゃ、たまには仕事と称して、旅行的なこともしたいわよね。


「じゃ、護衛として、順繰りに面子替えていきましょうか。勿論、経費だから安心してね」


 皆は満足げに頷いた。


「でも、滅多に食べられない食事や酒じゃ、人の心は縛れないよ? もし、それだけで縛れるなら、世間じゃ不倫はないんじゃないのかね」


 ママの意見はもっともだ。


「勿論、考えはあるわ。私が呪いを掛けるから。ここの飯が食べたくて、食べたくて仕方が無くなる呪いを、食事にね」


 うわぁ、と皆の顔が少し引いた。


「何よ。害はないのよ? ただ、無害だけど、依存性があるだけ」


「十分怖いってば!」


「でも、この酒場が不干渉の安全地帯になるでしょ?」


 私がにやりと笑うと、皆はやれやれと首を振ったが、誰も反対はしなかった。


 それに、他にも色々考えて入る。教会のせいで、都市で暮らせない魔族達の受け入れやら何やら、仲間とまではいかなくとも、教会と戦う際には味方になってくれる者を増やす方法はある。


 一応、これで会議自体は終了となり、テスラは、大工などを探すとして、酒場を出て行った。


「じゃ、解散」


 私がそう言うと、折角だからこのまま女子会をしようということになった。実際、彼女らと働くことはあっても、プライベートにこうやって話すことは少ない。


 今後は、一つ屋根の下で暮らしていくのだ、ある程度腹を割って、話をしておこうというつもりなのだろう。


「それで、さっそくだが質問だ」


 マリナベルが私を見つめた。


「なによ?」


 私は訝しむように眉をひそめた。改めて、どのような質問がなされるのだろうか。


「ジーラって、どんな女性が好みなんだい? 男性は、テスラなんだろう? けど、女性の好みは、わからないと思ってね」


「随分踏み込んだ質問するじゃない」


「いいじゃないか。そもそも、ここに居るみんなだって、ジーラの好みで集めたんだろう?」


 私はその問いに、素直に頷く。


「見た目だけどね。この種族なら、こんな感じっていう、イメージで」


 どうせならば、見目麗しい相手と共に働きたい。


 けど、好みかぁ。


「この中なら、シルキーかなぁ」


 シルキーは一瞬顔を上げるが、興味なさそうに、再び菓子に視線を戻した。


「ほう。その心は?」


「肌、すべすべで、抱き心地良さそう。ちょっと細いけど」


 異議あり! とカミュが手を上げた。


「獣人ももふもふで、抱き心地良いと思います!」


「いや、ちくちくしそうだし」


「じゃあ、剃ります!」


「それじゃ、獣人の特徴死ぬじゃん。いや、そもそももふもふは嫌じゃない。ただ、それはぬいぐるみ的な可愛らしさであって、今の話の好みとは違うかなって」


 そしてカミュは長毛種じゃない。多分、もふもふにはなり得ない。


 カミュは、頬を膨らませて、こちらを見つめている。


「自分が振った話なんだから、マリナベルがカミュの機嫌とりなさいよ」


「ははは、わかったよ」


 そういうと、マリナベルは苦笑いを浮かべた。


「因みに、マリナベルはどんな男が好みなのよ?」


「ボクかい? ボクは、男性なら、屈強な男が好きだね。優男は、自分の見た目だけで十分だよ」


 へえ、意外だ。美形が好きなのかと思っていた。


 そんな感じで、各員の好みの見た目の話が続く。最後、シルキーに聞いて良いのか、私に視線が集まった。


 私が聞くと、命令みたいになるじゃんか。みんなが来やすく聞いてよ、と思うが、空気がそれを許してくれない。


「シルキーは、どんな男性が好み? えっと、嫌なら答えなくて良いから」


 シルキーが、顔を上げた。


「好み、というのは、わからない。でも、この中で、一番凄いと思うのは、カミュ」


「ふぇ?」


 カミュが突然の指名に、顔を赤くし、間の抜けた声を出した。


「カミュは、凄い」


 凄い、しか言わないので、皆が色々と想像する。特に、サーナとサルベナは、明らかにえっちぃことを想像してる様子だ。


「カミュは、探すということについて、世界の誰よりも特化してる。多分、カミュにみつけられないもの、ない」


 それは、凄いな。


 だが、考えてみれば、カミュは私を探し出している。その時にも、その実力の一端は見ることが出来た。


「だから、まあ、好みの相手、見つけて貰いたければ、カミュに相談、おすすめ」


 シルキーは、そう言葉を締めた。


 さて、今日はちょっと働きたい気分では無くなってしまった。もう少し、皆と行動したい、そんな気分だ。


「今日、仕事さぼっちゃわない?」


 私の言葉に、皆が呆れたような表情を浮かべつつも、内心は嬉しいのか、すぐにオッケーの返事が返ってきた。


「で、どうするの? このまま飲む?」


 サルベナ辺りは、既にグラスを用意し始めている。


「折角、珍しくお酒入れてないんだから、ちょっと外出ましょうよ。ほら、みんなまだ家具とか揃えてないでしょう? 買いに行きましょうよ。ベッドとクローゼットみたいな、各部屋に備え付けるべき物は、経費として出すわよ?」


 おお、と皆が良好な反応を返す。こういう時だけ、皆は社長と私を呼ぶ。現金な奴らだ。


「ただ一つ条件があるわ」


「条件?」


「交渉するから、全員で同じ店で買うこと。値切るつもりはないけど、今日中に店に運ばせるつもり」


 私の闇術で質量を奪う事も条件に加えれば、相手を頷かせることも出来るはずだ。


 皆は了承の意思を示す。


 もう、あのベッド嫌なんじゃ。


「じゃ、行きましょうか」


 珍しく、皆で出かけることになった。


 


 街を歩いていると、広場に大勢が集まっていた。平日に一体何だろうと、私たちは行ってみることにした。


 人だかりで何をやっているか見えない。


 すると、マリナベルが、「天使様が通るよ」と叫んだ。皆が、こちらに振り返り、即座に人混みが割れ、道が出来た。


 私がマリナベルを半眼で睨むと、マリナベルは片目を閉じて、顔の前で両手を合わせて、ごめんなさい、をした。


 ま、どうあっても目立つから良いけどさ。


 広場の中心には、武装した集団が居た。


 その中の一人と目があった。


「ミミル?」


「あら、ジーラじゃない。見送りかしら?」


 見送りって、なんのことだろう?


 私の反応に、ミミルは苦笑いを浮かべていた。


「呪怨龍の調査隊ですわよ、これ」


「ああ、この前言ってた奴ね」


 ミミルはこくりと頷いた。


「気をつけて」


「あら、心配してくれますの?」


「そりゃ、友達に死なれたくないと思うのは当然でしょ」


「あら、片思いばかりしてる貴女にしては珍しい」


「何の話よ?」


「それについては、両思いって事よ」


 くすり、と上品にミミルは微笑んだ。


「帰ってきたら、話聞かせなさいよ」


「構いませんわよ。勿論、その時のお酒は貴女の奢りですからね」


 そういうと、ミミルは隊の方へと戻っていった。


 その後、簡単な演説などが行われ、皆で城塞の門へと向かっていった。


 ミミル、大丈夫だろうか?


 だが、こればかりは信じるしかない。


「ごめんね、みんな。待たせたわ」


「大丈夫よぉ。それにしても、ミミル様と知り合いなのよね? 以前、お店にも来てたしぃ」


「ええ、そうよ」


 サルベナは、凄い、と感心していた。サルベナは術士協会に籍を置いているので、ミミルの立場を知っているのだろう。


「今度紹介する?」


「いえ、要らないわぁ。ただ、どうやって知り合ったのかなぁ、って」


「以前、一緒に事件に巻き込まれたのよ」


 そういうと、彼女はもう少し詳細を聞きたそうではあったが、それ以上突っ込んでは来なかった。


 最初に向かったのは服屋だった。


 なんせ、私の服が無くなってしまっているのだ。部屋が二つあって、両方が壊されるとか思わないじゃないですか……。下着も無いが、そちらは、多分どこぞの猫が保護しているはずだ。


 ついでにシルキーの服も買いに来たのだが、店員も、カミュ達も天使様の服を選べると大喜びだ。シルキーが珍しく私に助けを求める視線を向けてきたが、私はそれを視線を逸らすことで辞退させて貰った。


 これで、私は落ち着いて服を選べるというものだ。


 カミュが以前選んでくれた物と、普段自分が着るような地味な服を買っていく。こそこそと買っていたのだが、背後からいきなり抱きつかれ「きゃ」と声を挙げてしまった。


「ジーラ、な~に一人で選んでるのよ?」


「カミュ、驚かせないでよ」


「また選んであげるけど?」


「あんまり派手なのは勘弁よ?」


「え~、ジーラの素敵なとこ見せたいのに」


「いらないわよ、そんなの」


 やれやれと嘆息しつつ、私は服を選ぶ。正直、派手でなければこだわりはない。どうせ、ローブの内側に着るだけだ。


 そんなことを考えていると、カミュがどんどん服を集めている。悪いけど、ファッションショーをするつもりはないわよ?


「これとかよくない?」


 両手一杯服を持っているので、どれのことかはわからない。


「ま、いいか。これ全部買うわ」


「え、試着は?」


「いらない。どうせ、絶対数が少なくなってるんだもの。これぐらいじゃ、少ないくらいよ」


 まとめて買った私を見て、カミュが「セレブだ」とポカン、としていた。


「そうよ、お金持ちだもん」


 胸を張って、そう言ってやった。


「主殿、助けて」


 とうとう根を上げたシルキーがこちらに飛んできて、私の頭にしがみついた。


「はいはい。みんな、あんまりシルキーで遊ばないの。似合うのあったなら、それ全部買っちゃって良いから」


 そして、シルキーの服も購入する。それなりの量を購入したので、サービスで酒場まで持って行ってくれると言う。ありがたく、お願いしておいた。


「じゃ、次こそ、家具屋に行きましょ」


 まとめて一店舗で揃えると言う約束なので、どの店に行くのかで、多少揉めたが、結局、可愛い系の家具を取り扱っている店になった。


 正直、趣味ではない。私とマリナベルはげんなりとしていた。だが、反対したのは、この二人だけで、他は賛成だった。ママ、こういうの好きなんだ。因みに、シルキーは、無投票である。


 皆が、キャーキャー言いながら家具を見ている。結構良いお値段だ。確かに、奢りじゃなきゃ、買わない店かも知れない。


「ジーラ、どれ買うんだい?」


「マリナベルは?」


 二人で、苦笑いを浮かべながらベッドを見回す。


「ピンクも、ハートも要らないのよ」


「わかる。正直、シンプルな機能美だけがいい」


 私も同意だ。可愛さなんかを気にしているのならば、呪いなんて使っちゃいない。呪いなんてものは、可愛いの真逆だ。


 店員に尋ねると、一番シンプルなのと紹介された物ですら、それなりに乙女チックなものだった。なんというか、子供向けの、お姫様用とでもいったフリフリがついている物だ。逆を言えば、それだけなのだ。


 まあ、これは私とマリナベルが悪い。こういう路線の店に、それ以外を求めるのが間違いなのだ。


 いっそ開き直るか。


「よし、あの天蓋付きベッド買うわ!」


「嘘だろう⁉」


「もう、逆にね。部屋には、骨とか、蛇の日干しとか置いてあるのに、ベッドこれだったら面白くない?」


「ヤケクソにしか思えないよ。ボクは、そっちのフリフリ付きでいい」


 マリナベルは嘆息していた。


「マリナベルは、多分、フリフリ似合うわよ。服もネグリジェとか似合いそう」


「嫌味かい? 君の方が、スタイル良いし、似合うだろ?」


 クローゼットは、すんなり決まった。色はパステルカラーだが、なんとか我慢できる範疇だった。


 カミュとサーナは仲良く、黄色い歓声をあげながら店内を見回している。


 サルベナとママも、買う物は概ね決まったらしく、私とマリナベルの座っている場所にやってきて、腰を下ろした。


 買う量が多い上客だからか、店からは紅茶が用意された。


 一応、皆、予算は決めてあるので、無茶な買い物はしていない。流石に青天井は、我慢する者としない者で、後々こじれる気がしたのだ。


 サーナは、必死に店員と交渉している。こちらを指さしていることから、大量に買うんだから、値段をまけろと言っているようだ。カミュも、後ろで頷いている。


「アタイも応援に行こうかね」とママも参戦しに言った。


「サルベナとマリナベルは?」


「ん~、格好悪いから、いかなぁい」


「ボクも、横に同じ」


 そう言って、二人は談笑しながら紅茶に視線を戻した。


「じゃ、私は別の交渉に行こうかしらね」


 私は店長らしい男に歩み寄って声をかけた。


「なんでしょうか、お客様」


「今日中に、全部運んでもらえる?」


「今日中、で御座いますか? 流石に、量が多く御座いますので……。人員の確保が」


「私、闇術使えるの。今日中に運んでもらえるのなら、質量奪うわよ。多分、かなり楽に運べると思うのよ。勿論、無茶言ってるから、私の闇術にお金なんか取らないわ」


 この都市では闇術師は珍しい。教会のせいで、魔族がほとんど居ないためだ。もし、この量を運ぶために、闇術士を雇うとしたら、相当な額が掛かるはずだ。しかも、この都市にはいないので、余所の都市から依頼しなければならなくなり、時間もお金も掛かることになるだろう。


 だが、この量を、闇術無しで運ぶとなれば、それはそれで金が掛かる。しかも労力も、かなりかかることだろう。


「どうかしら?」


「わかり、ました。今から人を集めますので、目処が付いたら、お願い致します」


「ええ、わかったわ」


 流石に、何が何でもやれとは言わない。いきなりの話で、出来なくても文句は言えない。


「あ、そうそう。天使様のご加護があるかもって、言っても良いわよ」


「本当にあるのですか?」


「さあ? シルキーに聞かないと。因みに、私の加護はないわね。呪うことしか出来ないし」


 この言葉に、店長は顔を引きつらせて、「では、準備しますので」と言って、その場を走り去っていった。


「あ~、脅した~」


 サーナがニヨニヨとした表情で、からかうように私の顔を覗き込んで来た。


「何よ、みんなのために交渉してたのに」


「これ買って良い? 値引き交渉で、多少安くなったの」


 動物の形をしたライトだ。


 私の感想は、要らねぇ、だが……。


「要るの?」


「お母さん、お願い!」


「誰が母親じゃ」


「ちゃんとお店のお手伝いするから」


「仕方が無いわねぇ。ちゃんと宿題もするのよ」


「するする! わ~い」


 小芝居をしていると、カミュが生暖かい視線を送ってきていた。


 因みに、カミュも同じようなライトを抱いている。


「そっちもいいわよ。大事にしなさいね」


 シルキーのベッド等は、既にサーナとカミュで選んだようだ。ま、こだわりはないのであろうから、特に問題にはならないだろう。


 しばらく紅茶を飲んでいると、店長が戻ってきた。


「なんとか、目処が付きました」


 そういうと、シルキーをちらりと見た。


「シルキー、なんかご加護が欲しいらしいわよ?」


「……」


 半眼無言。シルキーは、私を見つめ返してきた。


 羽を一枚むしって、店長に差し出した。


「ありがとうございます!」


 店長は喜びの顔で、走り去った。


「これでいい?」


「ありがと。あと、ごめん」


 そんなつもりは無かったのだが、シルキーは気を使ってくれたのだろう。この間の話から、羽を人にもたれるのは、あまり良い気分ではない様子だった。


「じゃ、酒場に戻りましょ」


 酒場に戻り、配送していきた者達に、指示して家具を置かせた。


 なんか、埃っぽいな。折角新しい家具を買ったのに。掃除、してないもんなぁ。


 因みに、ここに居る面子で、家事が出来る者は少ない。多分、ママぐらいだ。カミュは料理だけは出来る。


 部屋の外に出ると、皆が軽く咽せたりしていた。


「あんたら、掃除くらいしな」


 ママに言われてしまう。


「組合に行くわ! 掃除する奴、雇うわよ!」


 皆が力強く同意した。ママだけは、宿題をしない悪ガキを見つめるような視線で、こちらを見つめていた。


 私とシルキーは組合施設に向かった。丁度、組合長にも話があったので、都合が良い。


 施設に入ると、組合長と視線が合った。


「なんだなんだ、酒場の連中が揃って」


「ええ、掃除してくれる子を雇おうと思って。雑用したがってる子供いないかしら?」


「そりゃ居るが」


 組合長は私と話しながらも、その視線は私の頭上に向かっている。正確には、頭上のシルキーに。


 まあ、見るわよね。施設中の人間の視線が向いている。だが、シルキーは気にした様子はない。


「じゃ、酒場の掃除をお願いしたいの。何人用意できるかしら?」


「ガキ共に掃除任せるって、孤児とかでいいのか? ある程度身元がはっきりしている奴がいいってんなら、少し時間が掛かるぞ」


「ええ、孤児で構わないわよ。ちゃんと掃除さえしてくれれば。お給金は相場の倍で良いわ」


「あ~、それならすぐに決まるだろ。というか盗み聞きした奴らが、集まってるぞ」


「手続きなんかは任せるわ。で、他に話があるんだけど、いいかしら?」


 奥の部屋を指さすと、組合長は神妙な表情を浮かべて頷いた。


 まあ、私からの話なんて碌なもんじゃ無いと思ってるんでしょうね。事実だし、仕方ないけど。


 奥の部屋に付くと、やっとシルキーは頭上から降りて、隣に座った。


「それで、どんな話だ?」


「とりあえず、教会に喧嘩売ってきたわ。私が頭で、組織作るって」


「おいおい、やめてくれよ。街のバランスが崩れるだろ」


「無理ね。今回の件で確信したの。私の仲間を、誰も守ってなんかくれないんだって。だから、自分で守るのよ」


 組合長は困った調子で、自分の白髪交じりの始めた頭を掻きむしった。虎の黄色と黒に白髪の三色模様だ。


「それに、どうせバランスなんてすぐに崩れるわよ」


「理由は?」


「一つは、ほら」


 私が隣に視線を向ける。


「まあ、教会は黙っちゃいないわな。どういう経緯で天使様が、ジーラに付いて回ってるのかはしらねぇが」


「二つ目は、もう教会に寄付しないし、王宮にも手柄と貧困地区への支援金渡さないから。自然と、私とテスラを頼ってた均衡なんて崩れるわよ」


 それに、今の貧困地区も壊さなければならないだろう。犯罪組織も、貧困地区の運営をしている連中も、その全てを変えなければならない。


「で? うちにも喧嘩売りに来たって事か?」


「違うわよ。今後、組合が一番の勢力になるわ。仲良くしましょってわけ。私と喧嘩する理由ないでしょ」


 元より、ここは港があるため、民間の勢力である組合が強い。天使降臨の地として教会も強かったが、現状、その天使様も私の所に居るのだ。教会は、どうあっても前ほどの勢力にはならないだろう。


 王宮勢力は、元より弱い。ここには、王宮として、なんらメリットがない土地のため、勢力争いに興味が無く、有力な者を配置していないのだ。


「つうかよ、そうなるとおまえんとこが、かなりの勢力になるんじゃねぇのか?」


「勢力としてはたいしたものにはならないと思うわ。たあ、潜在的に、酒場に手を出したくない人を増やすつもりよ。酒場の客と店員っていう個人的な繋がりも、他の勢力への牽制に使えるしね」


 組合長は、深く息を吐いた。そして、「止めても無駄だよな?」と諦めの籠もった口調で言った。


「話は変わるけど、ミミルが呪怨龍の調査に向かっていったけど、組合は何かしてるの?」


「ん、おお。教会が現状、人を出せないからな、組合からも人数は出したぞ。ま、ミミル様が居るのならば、大丈夫だろう。うちのガキも、調査隊に居るぞ」


 自分とほとんど関わりが無いはずのミミルについて、ここまで自信をもって断言するとは、たいした信頼だ。


「ま、ミミルは強いものね。私も、稽古したら、十回に八回負けるわ」


 だが、この会話にシルキーが割り込んだ。


「戦いになったら、負ける、よ。あの、部隊」


 視線は、きょろきょろと室内を見回し、菓子が来ないのかを確認しているようだ。


「どういうことですか?」


 組合長は、神妙な様子で訊ねた。


「あの人達、呪いの、耐性がない。呪怨龍の相手は、厳しい」


 確かに、教会の連中が居なければ、そうならざるを得ない。


「そもそも、主殿が、あのエルフに勝てないはず、ない」


 シルキーが、不思議そうに、そして訝しむようにこちらの心を見抜きでもするかのように、見つめてきた。


「流石に、知り合いとの手合わせで呪いなんか使えないでしょ。呪い抜きでやったら、そんなもんよ」


「逆に、呪いが使えれば、負けない、でしょ?」


「やってみないとわからないわよ」


 だが、ミミルには、呪いに対する策がないのは確かだ。魔術教会の三すくみ関係は、私はミミルに勝てる。ミミルはじっさまに勝てる。じっさまは私に勝てる。そのような形になっている。


 だが、それでもミミルは強い。以前、呪いの亜神に対しても、勝利を飾っている。


「天使様が戦うってわけには、いかないのですか?」


「無理。今の、拙は空っぽ。主殿も、同じような、もの。万全なら、勝てる、けど、ね」


 そうですか、と組合長はがっかりしたように呟いた。だが、ミミルの勝利は信じているらしく、絶望の色はない。


 ミミルはあれで、精霊術士のトップだ。三属性融合という初の快挙を成し遂げた術士でもある。


「ここで心配しても仕方が無いでしょ。無事戻ってきたら労ってあげれば良いだけでしょ。ただ、万が一に備えて、怪我なんかにも対処できるような準備はしておかないと。あくまで調査だし」


「ああ、そうだな。一応、そっちの方は王宮の方で用意しているそうだ。こっちは、王宮が調査に出て、人手不足の間、王宮側の仕事を代理で受けてるんだよ」


「これをきっかけに、連携が強化されると良いわね。じゃ、私達が帰るわ。伝えるべき事は伝えたし」


「といっても、こっちの仕事も手伝って欲しいんだがな」


「なら、酒場に依頼しに来なさいな。酒場の一員として受託してあげるわよ」


「組合の長として、そんなこと出来るかよ……」


 がっくりと肩を落としている組合長の肩をぽんと叩いてから、私は酒場へと戻った。


 今日は臨時休業として、皆を労い、英気を養った。

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