第四章 6 カミュの悲鳴
六
あたしことカミュが、ジーラの事を知ったのは、馬車の中だった。
降臨都市に向かう際、その相乗り馬車は盗賊に襲われた。都会に憧れて、田舎かっら向かっている最中だった。因みに、今ならわかるが、ホワイトフェザーは、言うほど都会ではない。それでもあたしの田舎よりはかなり都会だ。
その時、盗賊共は、金目の物と共に、わたしを連れ出そうとした。
護衛が追い詰められ、誰もあたしを助けてくれるような様子は無かった。むしろ、見て見ぬ振りどころか、差し出すから、見逃してくれとでも言うかのようだった。
だが、ひとりジーラだけは、盗賊達に声をかけた。
「あら、こんな美人がいるのに、声かけてくれないなんて傷付いちゃう。暴れちゃおっかな」
皆が怯える中、おちゃらけた調子と気楽な表情で外に飛び出したのがジーラだった。相棒のテスラも、やれやれといった感じに後を追っていた。
そしてジーラは、盗賊を煽りながら、からかいながら、呪いをかけて、笑いながらあしらっていた。
笑いながら呪いをかけて、苦しむ盗賊をさらにいたぶっていた。それを相棒のテスラがたしなめる。
すごいエキセントリックで、それでいて格好良い人だと思った。
盗賊を退治した後、ジーラはあたしに「怖かったわね」と言って、軽く頭を撫でてくれた。
多分、その時には惚れていた。
そして、あたしはジーラを街で探した。
どうやら、捜し物をみつける才能は有ったらしい。あたしは、ジーラを見つけた。
そして、こちらから、同じ職場で働き始めたのだ。
カスと呼ばれていても、本当は優しいってこと、一緒に働いていたらわかっちゃった。
片恋しながら、気付かれないように、いつも目で追っていた。
だって、ジーラが好きな相手がテスラだって知っていたから。
いつも相談に乗りながら、嫉妬していた。
だから振られたと聞いたときは、チャンスかもと思ったりもした。
でも、やっぱりジーラはテスラが好きで、諦めることはしなかった。
サーナと一緒に行動していたが、人捜しはあたしの方が得意だったらしい。
聞き込みで特徴を把握し、そこから犯人まで辿り着いてしまった。その上、犯人の家まで絞り込むことが出来た。
流石にサーナも引いていた。
「……その技術で、フィリアの職場を見つけたんだもんね~」
「いや、引かないで。まあ、そうなんだけど」
「付きまといとかしちゃ駄目だよ?」
あたしは、はは、と苦笑いして視線を逸らした。
多分、もっと引かれることしました。
サーナは、呆れたように笑った。
「じゃ、後はサーナがやっておくから~、カミュはお家帰って~」
「大丈夫なの?」
「ええ、もっちろん」
自信満々のサーナ。邪魔にならないように、あたしは家に帰った。
そして今日、様子を見に、犯人の一人の家の様子を見行った。
人混みが出来ており、何かが起きたことは遠目にもわかった。
人混みをかき分け、中心を確認する。男はボコボコにされた上、酒場を燃やした犯人としたメモが貼り付けられていた。
多分、他二人も同じような目に遭っているんだろう。
あたしは、サーナと合流するべく、組合施設に向かおうとした。
だが、突如、背中に衝撃が奔り、その場に倒れ込んだ。
「痛っ」
蹴られたのだと気付き、背後を確認する。
そこには女性が立っていた。教会の鎧を着た、女性が三人。
メアリと、その取り巻き二人。確か、フェルミとカミアだ。この都市における教会の最高階級だったはずだ。
「貴女、ねえ、貴女」
その目は尋常ならぬ輝きを放っていた。
全身が粟立つ。人が、このような目で人を見るのかと。
「確か、あの悪魔と一緒に居た女ですわよね?」
あたしは、咄嗟に立ち上がり逃げ出した。
男装してたのに、バレた!
太ももに、激痛が走り、足がもつれてその場に倒れた。
太ももを確認すると、血が溢れ出ていた。
「貴女と一緒に居たあの女、悪魔で間違いありませんわよね?」
「なんのこと、ですか?」
あたしは、必死に平静を装って答える。
え?
思わず、あたしは口を開いた。
何の躊躇も無く、警告もなくあたしの耳をレイピアが貫いた。
「ぎゃああああああ」
痛い! 痛い、痛い!
怖い、怖い、怖い!
この人は、あたしを人としてみていない。
「もう一度伺います。貴女と一緒に居た女、悪魔、ですわよね?」
頷けば、見逃してくれるのだろうか。
その羽虫でも見るような瞳に、あたしは気圧されていた。
全身から血の気が引いていく。
どう答えるか、必死に考える。
肩に、レイピアが突き立てられた。
「があぁぁぁあああああ!」
「汚い声」
ぐりぐりと突き立てられたレイピアが回転する。
「やめて、やめてぇ!」
肩が熱い。鋭い痛みが、えぐられる度に新しい痛みへと変化し続ける。
両目から、涙が流れ続けていた。
あたしの声など聞いていない。女は、無表情だ。
嗤うなら、まだ良かったかも知れない。土下座でもすれば、嗜虐嗜好を満たせる。だが、この女のこの行為は呼吸のようなものだ。
何を言っても、止めることはないだろう。
つまり、あたしはここで死ぬのだ。
多分、答えたとしても。相手の、望む答えを。
「あの女、悪魔ですわよね?」
度々繰り返される質問。気絶と痛みによる覚醒の連続。最早、意識はぼんやりとしていて、質問が自分に行われているという意識が希薄になりつつある。
いや、諦めが、痛みを軽減し始めたのかも知れない。
死ぬなら死ぬで意地を張れ。張ってやれ。
「悪魔じゃなないわよ。あたしの片恋相手だ、ば~か!」
中指を立ててやる。
涙と鼻水で顔面をぐしょぐしょにしながら、あたしは最後の意地を張って見せた。
死にたくない。死にたくないよ!
あたしは心の中で、そう絶叫した。でも、意地がある。片恋女には、意地があるのだ。
「あら、あらあら? 悪魔に惚れているというの? 女同士なのに? やはり貴女、取り憑かれているようね」
やっぱりだ。結局、結論は殺す、なのだ。
「悪魔の使いっていうと、黒猫のイメージだけど、猫の獣人ていうのも、あるのね」
カミアが、フェルミに何かを指示した。
フェルミが、背中に背負った棒状の物を取り出す。
それは、焼き印を付けるための道具だった。
彼女は、その道具の先端の焼き付け部位を熱している。
そして、あたしへと歩み寄る。
「悪魔憑きは、わかりやすくしておかないと、怖いですからね」
二人の取り巻きが、あたしを地面へとうつ伏せ状態に押さえつけた。
傷付いた肩と腿に激痛が走る。
カミアが、こちらへと歩み寄ると、熱で赤く光るそれを、あたしの顔面に近づける。
触れる前から、それが発する熱で熱い。
あたしは必死に、二人の腕から逃れようと暴れる。肩の痛みすら、恐怖で今は忘れている。
だが、その抵抗は虚しく、それが頬へと触れた。
熱さというのは、一定の温度を超えると、痛みにしか感じないことを、初めて知った。
あまりの痛みに、大声で叫んだつもりだったが、それが声にならなかった。
二人が、あたしから離れる。
「小汚い動物に触れてしまいましたわ」
「あら、獣人差別はいけませんわ。貧乏くさい悪魔憑きと呼びなさい」
カミアが、肩をすくめて諫めている。
この普段通りのような喋り方に、あたしは心底恐怖する。この状況に、彼女らは違和感を覚えていないようだ。
「なら、一つ高級なアクセサリーを作ってあげましょうよ」
そういうと、カミアがあたしの尻尾を、掴んだ。
フェルミは、腰の剣を抜いた。
「やめ、やめて……」
だが、彼女らは、あたしの尾を切断した。
「あぁぁぁあああああああ!」
「あらあら。動かないで」
痛みで暴れ狂う、あたしの身体を彼女は背後から羽交い締めにされた。
切断された尾を、カミアがあたしの首に掛ける。
「狐の尻尾は、高級なんだけどね」
そういうと、その尾で、あたしの首を締め上げた。
あ、やっと死ねるんだ。
そう思うと、逆に抵抗の意思は霧散していく。
あたしの意識は、消滅した。
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