花と一緒に散るフーテン
今日花見に行った。友達がいないので当然一人だ。自宅から15分ほど歩いたところに河川敷があり、そこには何本もの桜の木が連なっている。行きがけに酒屋により、日本酒の一升瓶を買った。ベンチに腰掛け、日本酒の蓋をゆっくりと開けた。
少し口に含み、ゆっくりと飲み下す。甘ったるい香りが食道を通り抜け、胃の底に火を灯す。金がないからつまみはない。だがそれでも良かった。通り過ぎゆく人並みに、ゆっくりと散っていく桜、そして空を見上げながら飲めば、つまみなんかなくても案外飲めるものだ。
今年から高校生になったのだろう、ブカブカの制服を着た子供達が、目の前を通り過ぎていく。彼らの顔は希望でテカテカと輝いていた。彼らは自分の輝きを誇るように、僕の赤い顔と潤んだ瞳をチラリと眺め、通り過ぎていった。高校生の後を追うように老父婦がゆっくりと歩いていく。お揃いのポシェットは何度もツギハギしたのだろう。薄汚れていたが、愛着を一身に受けたせいか見窄らしく感じなかった。
みんなそれぞれに人生がある。そこに貧富の差はあれど、優劣はない。僕は仕事を辞めてからの4ヶ月を思い出していた。なんとなしで仕事を辞めて、ひたすら呑んだくれていた。途中で何かを生み出すこともなくただただ怠惰に生きていた。一生分の酒を飲み、一生分寝た気がする。目新しいことが何もなかったせいで、非常に短い4ヶ月間だった。
先日ある企業から内定をもらい、来週から働くことになった。特にやりたい仕事でもなかったが、とりあえずの生活費のため働くことにした。面接は緊張すると思ったのでノーパンで行ったら受かってしまった。こんなバカを採用する企業なのだ。あまりいい企業ではないのだろう。だけどそれでもいい。気に入らなかったらやめればいい。どうせ長生きする気もないのだ。老後のことを考えないでいいと言うのはある意味金持ちよりも安定した生活なのではないだろうか。
そんなことをウダウダ考えながら酒を飲んでいるといつの間にか一升瓶を干してしまった。時計を見ると1時間半くらいたっていた。さすがに足元がふらついてきたので、ベンチに寝転がった。少しだけ冬の気配を含んだ風が頬の火照りを覚ます。通り過ぎる人たちにとって、僕と言う人間は存在していない。みんなそれぞれの人生に忙しいのだ。一升瓶片手に寝っ転がっている青年なんて相手にしたくないだろう。時間に置いていかれる感覚は無職期間中、散々味わった。
仕事を辞めてから毎日酒浸りで、自他共に認めるアル中だった。仕事を始めるので酒断ちしようと思っていたが、どうにも辞められそうにない。この日々が続けばいいと思っていたが、モラトリアムはあくまでモラトリアムであって、永遠ではないらしい。
期限付きの永遠か…僕は苦笑いして、桜の花を見上げた。日本人は、淡く儚い桜の花を神格化して、春になると一斉に湧き出てきて花見をする。
ミーハーだと思う。軽薄だと思う。しかし僕もその一員で、悔しいことに桜の花を見ると胸の奥がジンと熱くなる。散っていく花びらは美しい。その儚さに共感を覚える。
フーテン生命は残り少ない。桜が散る頃にはフーテンとしての僕は死に、ネクタイを締めたサラリーマンとしての僕が産声を上げる。今まで酔っ払いながら眺めていた人いきれのなかに僕も加わるのだろう。そうなってしまった僕を眺めている誰かに、いままで書いてきた文章が届けば、これほど嬉しいことはないと胸を張って出勤できる。
ベンチから身を起こし、空を見上げた。あ、空の端から飛行機が現れた。空をゆっくりと割っていく。こぼれ落ちた破片は、僕の胸をグサグサと突き刺した。空は僕の痛みなんか知らんぷりで、どこまでも青かった。
僕を吐いた街と僕が吸った街 楽天アイヒマン @rakuten-Eichmann
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