チョコをちょこちょこ

製本業者

卒業までのカウントダウン

2月14日、バレンタインデー。


俺、佐藤悠真さとう ゆうまは、人生で一度も本命チョコをもらったことがない非モテ男子だ。もちろん今年も、何の期待もしていなかった。


昼休み、クラスのリア充どもが盛り上がる中、俺は一人で弁当を広げる。そんな時――


「佐藤くん、はい、義理チョコ」


隣の席の篠原紗季しのはら さきが、小さな包みを差し出した。


篠原は、学年トップ……とまではいかないまでも、五本の指には入る美少女。

黒髪ロングで成績優秀、スポーツもできる完璧超人だ。当然、男子からの人気も高い。


「え、俺に?」

「うん。いつもノート貸してくれるし、そのお礼」


サラッと渡されたチョコ。周りの男子の視線が一斉に俺に突き刺さる。

(やばい、これは余計なヘイトを集めるやつ……)


「ありがと、でも本命チョコとかあるんじゃないの?」

「……さぁね?」


篠原は意味深に微笑んだ。


それから放課後。帰ろうとした俺の背中に、小さな声が届く。


「……今日、ちょっと寄り道しない?」


振り返ると、そこには頬を赤くした篠原が立っていた。


「実はさっきのチョコ、義理じゃなくて……その、本命……」


俺の脳が処理を拒否する。


(待て待て、俺、今なんかすごいこと言われてないか!?)


「えっと……?」

「もうっ、察してよバカ!」


そう言って、篠原は走り去った。俺はしばらくその場で立ち尽くした後、必死に彼女の後を追った。


今年のバレンタイン、俺は一生忘れられない日になりそうだ。


◇◆◇◆◇


ことの始まりは、昼休みのことだった。


「佐藤のやつ、篠原さんに義理チョコもらったのかよ。しかもなんかいい雰囲気になってね?」


教室の隅で弁当をつつきながら、俺、六道蓮司ろくどう れんじは友人の野田とぼやいていた。


「マジでうらやましい……義理とはいえ、あんな美少女からチョコもらえるなんて、実質勝ち組じゃん」


「いや、義理は義理だろ」


「でもさ、結局、本命になる可能性あるわけじゃん?」


「いや、それはラブコメ脳すぎるだろ」


そんな会話をしつつ、俺は溜め息をついた。


「はぁ……俺も誰かからチョコもらえねぇかなぁ……」


「うわ、なんかその発言、キモ」


「えっ!? 誰!?」


突然、すぐ隣から声がして振り向くと、そこには三年生の小泉楓こいずみ かえで先輩が立っていた。


ポニーテールを揺らしながら、じと目で俺を見下ろしてくる。美人とまではいかないが、十分可愛い。何より、からかい気質のあるその雰囲気が、俺たち下級生にはちょっと近寄りがたい存在だった。


「小泉先輩!? い、いつからそこに……?」


「さっき通りかかったら、なんか『俺もチョコほしい』とか聞こえて、あまりにも必死すぎてキモかった」


「そ、そんな……」


言葉が鋭すぎて心に刺さる。


「でも……まぁ、ちょっと余ったから……

はい、あげる」


そう言って、先輩はポケットから小さな包みを取り出し、「心して受け取りなさい!」と言って俺の手のひらにポンと乗せた。


「え、マジっすか!? 義理とはいえ、小泉先輩からチョコとか、俺、今年最高のバレンタインですよ!」


「はいはい、大げさ。でも義理とはいえ、ホワイトデーにはちゃんとお礼返してね?」


そう言いながら、先輩は片目をつぶってウインクし、くるりと踵を返して去っていった。


俺はその後ろ姿を眺めながら、ふと気づく。


「え、でも先輩って今年卒業だから……」


ホワイトデーって、あと一ヶ月後。だけど、三年生の卒業式って……確かその前じゃなかったか?


「……ってことは、俺、どうすればいいんだ!?」


卒業する先輩に、どうやってお礼を返せばいいのか。


いや、それ以前に――


(ひょっとして、先輩……俺のこと好きなのでは……?)


いやいや、ないない。そんなわけがない。そもそも「キモ」とか言われてる時点で、その可能性は限りなくゼロだろう。


(でも……ウインクとか、お礼期待してる感じとか……いや、やっぱり気のせいか?)


俺の脳内で、ありえない可能性と現実的な思考がぐるぐる回る。


「……わからん。とりあえず、何を返せばいいのか考えよう」


そんなことを思いながら、俺のバレンタインは妙なモヤモヤを抱えて幕を閉じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る