新幹線

@soleil3710

第1話

男が乗った四号車は、彼の睡眠を少しも邪魔させない程に静かであった。


ふと目が覚めた男はあくびをしながら上半身を上へ伸ばしながら周囲を見ると、車内が静かであったのは人がいないからではないことが分かった。六、七割の席が埋まっている。


それでも静かなのはほとんどの人間が不規則に頭を揺らして意識を飛ばしていたからであり、これは一つ席を空けて座っている恐らく中年の男性も例外ではなかった。


そのためアナウンスも楽に聞き取ることができた。


『ご案内致します。次は〜荻原です。』


まだ目的地ではないことを把握し、もう一眠りしようと目を閉じた時、アナウンスが続いた。


『皆さんご存知の通り、人間含め全ての生物は食べ物からエネルギーを得ることが必要です。また植物も、方法は違えどエネルギーを入手しています。』


明らかに聞いたことのないアナウンスだ。


『しかしこれは彼らだけの話ではありません。例えば携帯電話。これもエネルギーが必要です。他にも自動車や新幹線のような乗り物も必要です。』


何を当たり前のことを、と男は再びあくびをしながら思い、目を瞑ろうとした。


『ですが人間以外の生物や他の物たちは、羨ましがっています、様々な食べ物を身体の中へ運んでいる人間が。』


話の方向性の変化を感じ、男は目を開けた。


『だから私達は彼らに色々な味を体験させてあげようと日々感じているのです…』


……終わってしまったようだ。


大したオチはなく、結局何だったんだと感じたが、その数秒後新幹線はスピードを落とし始めたのを感じたことで、停止駅までの小話だったのかと無理やり納得させた。


するとまたアナウンスが流れた。


『荻原〜まもなくです。関係者以外は降車することを願います。』


と、妙な指示をが聞こえると、突然周囲からガサゴソと物音がし始め、出口付近へ並び始めた。


それを見て何故か男も荷物をまとめて立ち上がってしまった。そこからどうしようと考えたが、何故か降りないといけない気がしたため男も出口へ向かった。そのときまだ眠っている隣の男性が目に入ったが、わざわざ起こす必要はないかとそのままにした。


徐々にスピードがゼロに近づき始め、そろそろかと思った瞬間扉は開いた。まだ完全に停止する前だ。


だがこれに驚く人は自分以外に存在せず、列の先頭の人から順に飛び降りているのが見えた。


誰も臆することなくこの行動は続き、遂に男の前の人も飛び降りた。


新幹線のスピードは体感だと停止するどころか上がっているような気がする。


そのためこれは停止しないものだと結論づけ、男も飛び降りた。


ちょうど男が出ると新幹線はスピードを一気に上げ、すぐに見えなくなってしまった。


男は現在地が気になり駅名の書かれた看板を見ると、自身の目的の駅であった。


それに驚きながら周囲を見ると誰もいない。かなりの人数が降りたはずだが。


男はあれが何だったのか考えると、何故か一つの結論に達してしまった。


…あの新幹線は、人を食べる。その被害者があの男性だ


具体的な根拠はない。ただ例のアナウンスが男をそう思わせた。


男は背中に嫌な汗が垂れているのを感じ、ベンチへ腰を下ろしてタオルで拭いた。


それによってかなりすっきりした男は、自身がいまだに眠かったことを思い出し、これからの運転のために仮眠をとる事にした。




ふと目を開けると、男は新幹線の中にいた。


なんだ、夢か。気持ち悪い夢だったな。


そう一息吐いたとき、またあのアナウンスの声が聞こえた。


『ご案内致します。次は〜小崎です。』


男の苗字だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新幹線 @soleil3710

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ