「――待ってる間も、こういうことはしてもいい……?」

「――んん…………みあ?」


 目を覚ますと、隣で寝ていたはずの美愛みあがいなかった。


 テントの中はまだ暗いけれど、外が明るくなり出しているおかげでぼんやりと様子がうかがえた。

 上半身を起こして見てみるも、やはり美愛の姿はない。


 もう起きたのかな。

 まだ眠い目を擦りつつ、私はテントを開けると外に出た。


 思った通り、夜が明け始めた空の下、美愛は椅子に座っていた。

 何をするでもなく、ぼーっとしている。

 夜明けに吹く風で、美愛の長くてきれいな髪がさわさわと揺れていた。寒いのか、パーカーの前は閉めている。


「美愛、おはよ。早いね」

「――っ! ……おっ、おは、おはよー……」


 私が声をかけると、身体を跳ねさせた美愛はキョドりながらも挨拶を返してくれた。しかし、顔はそっぽを向いたまま、私の方を見ようとはしない。

 その不審な様子を疑問に思いつつも、美愛が出してくれたのであろう、美愛の右隣にある椅子に座る。


 私がそこに座ると、逃げるかのように美愛はサッと顔を反対側へと向けた。


「美愛、なんか変だけど、どうしたの?」

「べ、べべ、別に⁉ いつも通りですけどっ⁉」


 どこがやねん、と思わず関西弁でツッコみたくなるほどの挙動不審さ。

「んー?」と私が下から顔を覗き込もうと身体を動かすと、それに呼応するかのように、美愛の身体もまたひねられていく。


「美愛、こっち向いてよ」

「……やだ」


 かたくなに顔を見せようとしない美愛にしびれを切らした私は、美愛の肩を掴むと、グイッ、とこちらに引き寄せた。美愛の小柄で華奢きゃしゃな身体は、簡単に引き寄せられて向きを変えた。


「……ぁ、ぅぅ……」


 そうして、ようやく見れた美愛の顔。

 面白いほどに真っ赤だった。耳まで赤く染まっている。


「美愛、どうしたの? なんか顔真っ赤だけど」

「どうしたの、じゃないよぉ! むしろ、なんで佳奈かなちゃんはそんな平気そうにしてるわけっ⁉」


 恥ずかしさがマックスになったのか、美愛がえた。

 慌てて私は美愛の口を手で押さえる。田舎で家々の間隔が広いとはいえ、それでもここは外で、しかもまだ寝てる人が多い時間だ。迷惑になってしまう。

 自分の口元に指を当てて『静かに』とジェスチャーをする。


「……昨日、き、キス、したのに……なんで佳奈ちゃんはそんなに落ち着いてるのー……」


 声のトーンを落とした美愛が、恨みがましそうな目を向けてくる。

 どうやら、昨日のキスが今もまだ、美愛を照れさせているようだった。


「なんだろ……美愛とキスしてドキドキした、ってより、安心した、って気持ちの方が強いからかな……?」

「えーっ、なにそれっ。あたしとキスをして、ドキドキしなかったってこと?」

「ドキドキはしたよ。でもそれ以上に美愛から好きって気持ちが伝わってきて……なんか安心したっていうか」

「なにそれー……」


 あと、私が落ち着いている原因を挙げるとするならば、美愛がテンパりまくっているからだ。

 テンパっている人がいると、逆に冷静になれるというあの現象。

 昨日のキスをする前もそうだった。


 私の回答に不満があるのか、美愛は顔を赤くしたまま頬を膨らませ、唇を突き出した。


「ふんっ、いいもんっ。そのうち、いっぱい佳奈ちゃんをドキドキさせてあげるんだから」

「……そうだね、がんばって」


 私がいっぱいドキドキするような事態になったら、美愛はもっとドキドキしちゃってると思うんだけど、それは大丈夫なのかな。


「……むー……なんか佳奈ちゃんの方が余裕あってムカツク……」

「うーん、それは私がまだ美愛のことをそういう目で見れてないからかも」


 さすがにキスをしたとはいえ、昨日の今日で、一年近く付き合いのある親友の――美愛の見方をいきなり変えるのは無理だ。


「……あの、佳奈ちゃん。昨日はあぁ言ったけど、無理そうなら別に、あたしは今のままでも……」

「ちょっと、いきなり心配にならないの。まだわからないでしょ、どうなるか」

「それは、そうだけど……佳奈ちゃんが考えた結果『やっぱり無理』ってなって、佳奈ちゃんと離れることになる方がやだもん……」

「言ったでしょ、美愛の前からいなくならない、って。だから、どうなっても、今さら美愛から離れることはないから安心してよ。そもそも、恋人関係の前に親友でしょ、私たち」


 少なくとも美愛に恋愛的な意味で『好き』と言われても、気持ち悪い、とか、無理、とかそんな嫌な気持ちにはならなかった。むしろ嬉しかったくらいだ。

 だから、そういう風に自分を好いてくれている相手から離れる、なんて考えは頭になかった。

 ……もしかしたら、そう思ってる時点でもう私の気持ちに答えは出ているのかもしれないけれど。


 ぶっちゃけて言うと、別に今すぐ美愛の恋人になってもいい。

 ただ、それだとこれまでの付き合いの延長線というか――美愛が望んでいるであろう『恋人らしい』ことはあまりしてあげられないと思う。

 だから、今すぐ付き合って美愛をガッカリさせるよりは、ちゃんと美愛を恋愛対象として『好き』になってから付き合いたかった。


「……あたし、待ってるね」

「うん。ちゃんと考えて答え出すから、もうちょっと待ってて」

「でも――」


 そこで言葉を区切った美愛は、おずおずと手を伸ばすと私の手を取って、指を絡めた。俗に言う恋人繋ぎ。


「――待ってる間も、こういうことはしてもいい……?」

「……ん、いいよ」


 自分からしておいて照れているのか、美愛の顔はさらに赤くなっていた。つないでいる手からも熱さが伝わってくる。普段、自分から手を繋いでくるときはそんなに照れたりしないのに。

 それで限界になったのか、美愛はそっぽを向いて黙ってしまった。ただし、手は繋がれたまま。


 そういえば、と思い出す。

 こんなに早く起きて何をするつもりだったかといえば、夜明けの空を見るためだったはず。


 東の空を見れば、薄く雲がかかった空は紫色に染まっていた。その下の方には微かにオレンジ色がある。


 思わず息を呑んでしまうほどに、きれいな朝焼けだった。


「……美愛、朝焼けきれいだね」

「そうだね、佳奈ちゃん……」


 そんな幻想的な光景の中、私と美愛は手を繋いだまま、朝日が昇るまで空を見つめていた。


<了>

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ばるんぴんぐ! 高月麻澄 @takatsuki-masumi

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