呪いの日本人形は恋をする

ガビ

呪いの日本人形は恋をする

 私がいつから呪いの日本人形と呼ばれるようになったのかを語ろうか。


 人間は元号とかいうもので時間を区切るらしい。それに照らし合わせるならば、室町時代とかいうものに該当する。


 最初の持ち主は、私と同じような着物を着た男だった。武士という、刀を持って戦う妙な仕事をしている男だった。


 気がつけば、私はその男の屋敷に1室に飾られていた。


 良い歳をした大人が、刀を振り回していることを滑稽に思っていたが、私こそが本物の阿呆であった。

 何故なら、そんなくだらない男に恋をしてしまったのだから。


 基本的に偉そうな男なのだが、精神的に追い込まれた際は、私に、つまりは人形に話しかける可愛らしいところもあった。


「今日も夢を見た。1年前に斬った同胞が無表情で俺の腕を強く握るんだ。何も言わずに。せめて恨み言でも言ってくれたら良いのに……最後にキチンと寝れたのはいつだろう」


 私は人形なので、その男を慰めることも激励することもできない。ただ、そこに存在しているだけ。


 そんなある日、男は死んだ。


 私の目の前で。


 切腹という名の自殺である。


 武士として、取り返しのつかない失態を犯してしまったらしい。


 当時、切腹は武士の価値を決める大事なものだったらしいが、私からしたら良い迷惑である。


 気が遠くなるほど前のことだが、その時の光景は鮮明に記憶に刻まれている。


 屋敷の中央で己の腹を切る男。


 見物人は私1人。


 刀の扱いが下手くそなので、中々死ねないで苦しんでいる姿。


 自分では目を逸らすこともできない私は、男が絶命するまでジッと見ていることを強制された。


 その時、私は男と共にこの世界に絶望した。


 私の全身が男の血に濡れた。

 おそらく、これが私が呪いを振り撒くようになった原因。

\



 それから、何度主人を変えただろう。

 私の持ち主は例外なく、不幸な目に遭う。


 ある者は大病にかかり、ある者は身体の一部を失い、そしてある者は……死んだ。


 そんな悪評のある私を葬ろうとしてくれた連中もいたが、いくら焼き尽くそうと、いくらズタズタにしようと翌日には再生された。


 時には呪物コレクターとかいう奴らの手にも渡った。

 私だって好きで主人達を苦しめているわけではないので、特殊な知識のある彼らに期待をしたが、結末は同じだった。


 元号は、いつの間にか令和となった。


 次の主人は、弱そうな20歳そこそこの男だった。


 名は有田大輝という。


 知り合いに、私が呪いの日本人形なのだと知らされずに押し付けられた、哀れな男である。


 しかし、この男は霊感が強いのか私の呪いが効かない。


 3ヶ月が経っても、男は病気も怪我もしなかった。


 さらには、最初の主人と同じように、私に話しかけくるようになった。


 仕事の愚痴や、どこのラーメン屋が美味かったかというようなどうでもいい話題ばかりだったが、とある日の深夜、聞き捨てならないことを言い出した。


「実はこの間、彼女ができたんだ。今度この家にもきてくれるんだよ」


 なんだと?


 その女は、お前みたいな軟弱な男を支えられる女なんだろうな?


 見極めてやる。


 数日後、その女はきた。

 今の時代では珍しい、黒髪ロングの女だ。


 丁度、私のような。


 こういうのがタイプなら、私でも良いではないか。


 何故だ。

 何故、私ではダメなのだ。

 分かっている。人形だからだ。

 それも、呪いの日本人形だからだ。


 そう自覚して、黒い感情が襲いかかる。


 すると、家中が大きく揺れた。


「うわっ! 地震?」


 主人は言うが、違う。


 ポルターガイストだ。

 誰も触れていないのにものが動き出す、呪いの代表例。


 あぁ。


 私はここでも主人を呪ってしまうのか。

 今度こそ、穏やかな生活ができると思ったのだが……。


「うーん……」


 主人とは対照的に、女は冷静に部屋を見渡していた。


 そして、私と目が合った。

 部屋中が揺れる中、女は私に近づく。


 なんだ。

 来るな。お前なんか嫌いだ。

 来るな来るな来るな来るな来るな!


 じゃないと、私はお前を殺してしまう!


「君か」


 女は、私の髪を撫でた。

 今まで、散々不気味だと言われ続けた髪を、優しく撫でた。


「ごめんね。いきなり私みたいなのがきて。面白くないよね」


 何故だろう。

 こいつに撫でられていると、気持ちが穏やかになる。


 徐々に、ポルターガイストはおさまってくる。


「でもね。私は本気で大輝くんのことが好きなの。君にも認めてもらえるように頑張るなら、仲良くしてくれないかな?」


 仲良く。

 そんなことを言われたのは、初めてだった。


 私みたいな、「百害あって一利なし」の権化のような存在と、仲良くしようだなんて。


 ……認めらざるを得ないだろう。


 こいつは、本当に主人を愛している。

\


 

 数年後。


 私は、またもやポルターガイストを起こしていた。


「なんか、俺達がキスしてる時には絶対に揺れるね。なんでだろう」


 慣れた様子で言う主人。


「うーん。私達の仲に嫉妬してる子が起こしてるんじゃないかなぁ」


 のほほんと言う女は、私の方に軽くウィンクしてきた。


 クソ。

 やっぱり、敵わないな。



-了-

 

 

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