汽車が走っている
@yoko_aruki
第1話 火星の女
新聞を読んでいると、ある小さな記事の見出しが目に止まった。
「焼身自殺、狂気の女!」
なんとも不気味さを抱えながら、見出しの感嘆符がチープさを醸し出している。いかんせん怖さより胡散臭さが勝ってしまう。こんなふうに訝しんでしまうのも、私の悪い癖なのかもしれない。なんだか嫌だなぁ、と思いながらも好奇心で記事を読んでみる。なるほど、性暴力を受けた女性が焼身自殺をしたらしい。しかも、その蛮行が行われた場所で、1年越しに。読んでみるとなんてことない、悲しく酷い話である。私は、仕事上、こういった話はよく耳にする。いや、当てはまるのは前半部分だけで、後半の焼身自殺という点はほとんど耳にしないが、まぁよくある話なのである。心療内科に勤めていると、もちろん加害者が明確に存在しない例もあるが、加害者被害者の構図が明らかである例も少なくない。そういった患者と接するたびに、加害者の多さを肌で感じ、なんとも言えず、悲しい気持ちになる。もちろん仕事だから、悲嘆に暮れている暇などないのだけれど、感傷に浸ることは大切なことだ。人間は理論的では生きていけないものなのである。しかし、加害者被害者を構図という点に絞れば、被害者がいる時点でかかる社会は加害者の一端を担うとも言えなくもないが、そう悲観的になることもない。思ったより酷い人がいるくらいに、思っているより良い人が多いのも極めて主観的だが、事実だからである。
そこまで頭が自動思考した後、なぜ被害者であり、焼身自殺によって加害者に社会的罰を与えんとした(?)彼女が、見出しでは「狂気の女!」とされているのか不思議に思った。彼女は純然たる被害者であり、またそれによって何らかの精神疾患を発症したという可能性も十分にあるだろう。性暴力とはそれほどに重たい行為なのだから。読み進めると、その理由はどうも、彼女が残した遺書にあったらしい。遺書には、おそらく恋人との思い出が言葉が何千字と語られ、謝罪と感謝というような言葉が繰り返されていたらしい。
「思春期のような初々しさと諦めのような白々しさが入り乱れていた」
成程、遺書にしては不気味である。性暴力を受けたという内容から察するに、遺書には犯人に対する怨恨とぶち壊された人生の後悔が綴られたり、親への謝罪なんかが書いてあったりするものだろう。しかし、彼女の場合は、愛しい恋人との思い出が最後の記録だったのである。人間の一体どんな機能が、死ぬ前に、しかも自らを燃やす前に、愛した人との思い出を嬉し恥ずかし綴らせるのだろうか?
汽車が走っている @yoko_aruki
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