chapter:20――作戦開始前の夜


 それから日も傾き始めた頃、を終えた俺はソルキン村へと戻り、

何処か待ちかねた様子のファリアさんに出迎えられた。

その後ろには何かを乗せた荷車を引いたレイクとセネルさんの姿。


「おお、ヒサシ殿、レイクさん、練習はもう終わられたのですな」

「ああ、練習で大体の事はやったよ、後は本番のその時を待つだけだ」

「ヒサシ殿、ソルキン村の運命は貴方方に掛かっております、如何かソルキン村に明るい未来を」

「無論だよ、俺達はきっとあのヴァリアウスに勝って見せるさ」


 俺はそう、ファリアさんに答えた後。ファリアさんは俺の後ろに居るのセネルさんに声をかける。


「セネルや、ヒサシ殿の練習を見ていた筈だが、その、大丈夫そうかね?」

「ええ村長、胸を張って大丈夫と言えます」

「そうか、セネルがそう言うならば、私も信用するとしよう」


 何やらファリアさんは小声でセネルさんに対して心配そうに問うて、その答えに安心した様に顔をほころばせる。

村長である彼としては不安で一杯なのだろうか、村に戻るなり声をかけてきた所からしてずっと待っていたのだろう


「所でレイクさん、その荷車とそれに乗せられた布に包まれた物は一体」

「こいつか? ヴァリアウスとの戦いの為の秘密兵器だぜ」

「秘密兵器……? 良くは分からぬが、使える物であるな?」

「ああ、ヴァリアウスもきっと度肝抜かされると思うぜ」


 練習に行く際は引いていなかった荷車とそれに乗せられた物を見て、ファリアさんは不思議そうにレイクへ問う。

レイクはそれに対し自信たっぷりに尻尾を揺らしながらファリアさんに答える。

この荷車と、それに乗せられた物は射撃の練習した場所で作られた物だ。

その中には、レイクがヴァリアウス戦に使う為の武器が入っている。

実際、それを使わせた時のレイクはこれまでにない位に驚き。


『こいつはすげぇ!きっとヴァリアウスの奴もこいつを食らったらびっくりするだろうな』


 と、その秘密兵器の出来に驚きながらも満足そうにしていた。

まぁ、ヴァリアウスが驚くかどうかはまだ分からない……何故ならこの秘密兵器は未完成だから。

それを今から作る作業に取り掛かるとしよう。

俺はファリアさんとセネルさんに対して、準備があるので二人の家で待っていてほしいと伝え、二人はそのまま自宅へと戻って行った。

そして俺とレイクは荷車を村から少し離れた場所まで運び、早速作業に取り掛かる事にする。

まずは布を取り除き、中から出てきたのは、背中に背負う円筒状の大容量高出力バッテリー

そしてM134ミニガンを思わせる六銃身のガトリングガン そして、その二つを接続して一つの武器として運用する為のケーブル。

レイクはそれを見やって、少し尻尾をくねらせながら困った様に言う。


「こいつ、威力は凄かったんだけど、引き金をずっと引き続けるとあっという間に弾切れになるか動かなくなっちまうんだよな」

「これは発想した物を試しに作った物だからな、多分バッテリーの容量が足りない上に銃身自体も過熱してオーバーヒートしたと思う」


 俺とレイクは『M134ミニガンもどき』を見て見て話し合う。

練習の際、レイクが使える武器としてこういうのも作れるだろうと発想し、作ってみたまでは良かったのだが、

試作として作っただけあって、バッテリーの容量が足りず、10秒間の斉射であっという間に弾切れとなってしまい、

更に銃身自体も赤熱化していた。これでは例え10秒以上撃てたとしても銃自体がオーバーヒートで機能を停止していた事であろう。

こんな性能ではヴァリアウスとの戦いで使えた物ではなく、レイクにとっては重荷になる事は請け合いである。


「こいつの改良点は少なくとも斉射しても5分以上持つパワーパック、そして銃身の冷却効率の強化といった所だな」

「ヒサシ、そんな改良が出来るのか?」

「レイク、俺の権能(チート)はな『出来るのか?』を『出来る様に』するんだよ」


 少し不安げな様子のレイクに言って、ネックレス状にしていた箱を元の形に戻すと、

蓋を開けて、試作品のM134もどきとそのバッテリーをレイクの力を借りて中へ放り込む。

そして蓋を閉めた俺は、箱に触れて既に頭の中にある発想を箱へと伝える。

何時もの様に箱の文様が白く明滅し始め、不安げに眺めるレイクの前で箱が中のM134ミニガンもどきとバッテリーを分解し再構築していく、

暫く程の時間が経ち、白く明滅していた文様の光が青色へと変わり、中の物が完成した事を知らせる。

はてさて、俺の発想通りの物に仕上がってるかな? そんな事を思いながら箱の蓋を開ける。


「おお? 前と似た様な感じだけど、色々と変わっているな」

「ああ、あの試作品で浮き出た改良点を基に強化した物だからな、多分俺の発想通りの物となったと思う」


中に入っていたのは、円筒形のバッテリーの形状がレイクの背中に合わせた大き目のバックパック状へと変わり、

M134に似た銃身も、近未来的なデザインの6連装の銃身へと変わっていた。

パワーパックは元の世界では概念こそはあるが実用されていない、高圧縮された荷電粒子をため込んだ機構となっており。

銃身は発射と同時に、銃身を回転動作する機構で放熱性の高い流体金属を循環させる事で、高効率で冷却する事を可能とする物へと変わっている。

それにより、引き金を引きっぱなしでも5分以上の斉射が可能となり、更に銃身が過熱でオーバーヒートするといった事態も回避される。

レイクは目に見えて上機嫌に耳をピンと立てて、尻尾を立てて上機嫌に揺らし、待ちきれないとばかりに中の物を取りだす。


「なあヒサシ、こいつの試射をやって良いか?良いよな?良いって言ってくれ?」

「わ、分かったから、でもさっきの練習場でやってくれよレイク、村の中で撃ったら大惨事になるから」


 目を輝かせて尻尾をくねくね振りながら言うレイクに、俺は苦笑しながら答える。

もしうっかりこいつを村の中で斉射なんてやったらそれこそ大惨事になりかねない、さっさと練習場へと運び出そう

そうして俺達は秘密兵器を荷車に乗せてソルキン村を出て、先程の練習場へ運び出すと。

早速とばかりにレイクはパワーパックを背中に装着し、ケーブルを新たな形に変わった六銃身のガトリングガンへ接続する。

試作品を作った際に教えた通りに、レイクは電源スイッチを操作し起動を確認、そして安全装置を解除し……。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 レイクが気合の声を上げるとともに引き金を引き、六銃身の砲身が凄まじい勢いが回転を始め、

それこそ無数の光の弾――いや、光の雨が放たれ、レイクの正面にある物の全てを溶解させて粉砕させていく。

このガトリングガンは元の世界でのガトリングガンと違い、金属の弾丸ではなく高圧縮された荷粒子弾を発射する物で、

とあるロボットアニメに登場したビームガトリングガンをヒントに、人間サイズに使える様に発想した物がこれである。

金属の弾を飛ばす元の世界のガトリングガンと違って反動が殆どなく、銃口がブレたり跳ね上がるといった事も無い。


「すっげぇぇぇ! めっちゃバカスカ撃てる! 気持ちいいぜぇ!!」

 

 レイクはその性能に驚きながらも大はしゃぎでガトリングガンを撃ちまくり、その威力と快感に夢中になっていた。

俺はそんなレイクの様子を少し呆れつつも微笑ましく見ながら、

発想した通りにビームガトリングガンが5分以上の斉射が可能となった事に、俺は満足げに微笑んで見せる。


「凄いですね、ヒサシさん……あれ、あの箱を使って改良したのですか?」

「あ、セネルさん、如何したんですか? 俺達の様子を見に来たんですか」

「いえ、明日に備えてこの子の調整をしてみたくなりまして」


 いつの間にか後ろにいたセネルさんに声を掛けられ、俺は驚きつつも答える。

セネルさんの手には、俺が使うレールガンとはまた違った形状の近未来的なライフルが握られている。


「レイクさん、私もこの子の調整の為に練習したいので、申し訳ないですが代わっていただけないでしょうか?」

「んお? セネルさんか? まぁそろそろこいつの弾も尽きそうだったし、代わってもいいぜ」

「では、失礼します」  


 セネルさんがレイクの背を叩いて用件を伝えると、レイクは素直に撃つのを止めて俺の元へと戻る。

それと入れ替わるように、セネルさんが前に出ると、早速とばかりにライフルを構えて的へ狙いを定め、引き金を引く。

僅かな音を立てて放たれた光弾は音速を越えた速度で、的にしたであろう石へまっすぐ飛んで行き、石を貫通して風穴を開ける。

その効果をスコープを使う事も無く見届けたセネルさんは、ライフルを撫でながら恍惚とした様子で


「フフフ、ヒサシさんに作って貰ったこの子、今まで使っていた弓とは段違いで凄いです……思わず興奮しちゃいますね」


 彼女が撫でるそれは、俺が使っていた超長距離用のレールガンを基に、

射程と破壊力を減少した事でバッテリーパックを超小型化して銃身に収める様に改良した事で、

セネルさんの様な女性でも扱える様にしたレールガン式スナイパーライフルである。


……当初は狙撃精度を高める為に、電子光学式スコープを取り付けて運用する予定であったのだが、


『長年弓で遠方の獲物を撃ってきたエルフの視力と精度を甘く見ないでください。

それにこんなスコープのレンズが日にあたって照り返したら敵に気付かれるじゃないですか、なので私には不要です』


 と、セネルさんからスコープを取り付ける事を拒否され、スコープ無しでの運用と相成った訳なのだが、

セネルさんは元の世界では白い死神と言われた高名な狙撃手の如く、照星と照門のみで狙撃を行い、的を容易く穴だらけにして見せた。

そうして何度か試射を行ったセネルさん曰く『弓で獲物を撃っていた時よりも遠くまで狙え、尚且つ狙いやすい』との事である。

それ故か、セネルさんはこのスナイパーライフルを甚く気に入り、暇さえあればまるで我が子を扱う様に抱き抱え撫でていたりする。

更に練習の射撃をしようとした所で、セネルさんがふとある物に気付く。


「あ、あそこにホーンラビットが居ますね。フフフ、私の前に出てきたのが運の尽きですよ」


 薄暗くなった景色の中、俺の裸眼からじゃホーンラビットが居るのか全く分からないのだが、

セネルさんは嬉しそうにスナイパーライフルを構えて狙いを定めると、躊躇いなく引き金を引いて威力を絞った光弾を射出する。

光弾はあっという間に、夕暮れ時で暗くなった草むらへ消えていった……俺の目では当たったのかすら分からない。


「ふふ、一発で昇天ですね、苦しませずに逝かせて良かったです」

「すげぇ……あの距離のホーンラビットを、スコープ無しで一発とか……」


 どうやら命中したのだろうか、セネルさんが嬉しそうに微笑む。

その一方で、レイクが夜目が利くのか、セネルさんの行った狙撃の腕前に驚きで目を見開いている。

更に何が起きたのか分からないでいる俺を他所に、セネルさんは嬉々とした足取りで先程、狙撃した場所へと足を運ぶ。

そして彼女が片手に何かを持って戻ってくる、それは頭を撃ち抜かれて絶命したホーンラビットであった。

セネルさんはその手にしたホーンラビットの死骸を掲げて、にこやかな笑顔で俺達へ言う。


「今夜はこれを使って、ヴァリアウスとの戦いの為の精力を付ける為の料理に致しましょう」

「セネルさん、こんなキャラだったっけ……最初に会った時の慎ましやかなエルフのイメージが無いんだけど……」

「それはオレも同感だと思うぞ、ヒサシ……」


 嬉しそうにホーンラビットを掲げるセネルさんに、唖然とするレイクと同じく唖然とする俺は思い返す、

最初に冒険者ギルドへ駆け込んできた時のセネルさんは、慎ましく大人しい雰囲気のエルフだった筈だ。

しかし今の彼女はどうだろうか、キャンプでは頬に油や肉片が付くのも構う事なく肉に齧り付き。

そして、スナイパーライフルを与えられると、水を得た魚の様に獲物をしとめる肉食エルフへと変貌していた。

……ひょっとしたら、この姿こそがセネルさんの素なのかもしれない。

そう思いながら、もう夜の帳も降りてきたので俺達は練習場を後にするのだった。


「さて、前のキャンプではレイクさんが焼いたホーンラビットを御馳走してくれましたので、今回は私が料理をいたします」


 そしてソルキン村に戻った俺達は、セネルさんに自宅まで案内されて、

キッチンで仕留められたホーンラビットをおいて、そうセネルさんが笑顔で宣言する。

俺は若干引きつった笑顔で、レイクは目を輝かせて耳をピコピコと動かしながら期待の眼差しを向けている。

そして、キッチンに立ったセネルさんはエプロンを身に纏い、レイクが持っている物よりも大きな鉈を手にすると、


「まずは頭を落として、余計な血を落として内臓を処理してしまいましょう、こうしないと血生臭くなって食えた物じゃなくなりますからね」


 笑顔で躊躇いなく鉈を振り下ろし、ズコンと言う音と共にホーンラビットの頭を切り落とす。

そして手際よく逆さ釣りにして、時間をかけて血抜きをした後に内臓や血合いの処理を済ませていく。

レイクはその様子に感心しながら、目を輝かせてセネルさんの作業を見つめる。


「セネルさん、あんたも結構やるなぁ、ひょっとしたらオレよりも手際良いかもな?」

「いえいえ、私たちエルフは森の恵みをこういう形で糧にしてきましたので、仕留めた獲物の解体もお手の物ですよ」


 ……森の恵み、うん、確かに野生動物も森の恵みと言えば森の恵みかもしれない。

でも、こうやって笑顔で鉈を振るって動物を手際よく解体していくエルフってのは流石に思い浮かばなかった。

そうしてセネルさんは鼻歌を歌いながら血抜きしたホーンラビットを部位毎に切り分けて、肉を部位別に分けていく。

果たして彼女は何を作るつもりなのだろうか……?


「なぁ、セネルさんは何を作るつもりなんだ?」

「はい、シチューでも作ろうと思いますけど、そういえば肝心の牛乳が無いですね……」


 そうだ、ソルキン村は今はヴァリアウスによって特産の精霊水の貿易が出来なくなって、

牛乳とか小麦粉とか言った物品も購入できない状態なのだ……いや、ここは箱を使えば何とかなるか?

そう思った俺は、早速ネックレス状にしていた箱を元の状態に戻し、外へ出て石ころを数個、

そして飲み水に置いてあったかめの水を木のバケツ一杯分、そしてホーンラビットを解体した際に出た毛皮や内臓などを箱の中へ放り入れる。

牛乳は水分の他にタンパク質で出てきている、そしてホーンラビットの身体もタンパク質で出来ている、やれない事は無い筈だ

俺は蓋を閉めた箱にイメージを送り込むと、箱は一瞬だけ沈黙した後、文様を白く明滅させ動作し始めた。


「おいおい、流石にその箱でも牛乳を作る事は無理だろ?」

「いや、発想力を活かして材料の組み合わせを考えれば、多分出来る筈だ」


 時間にしておよそ数分ほど経った後、箱の文様の光が青に変わり、中の物が完成した事を知らせる。

果たして俺が思っている通りに出来ているかどうか……不安と期待を入り混じらせながら蓋を開ける。


「うぇ、あの材料で瓶入りの牛乳になってる!?」

「よし、思った通りに出来た、かな? こういう時は、その場の発想次第で何とでもなるもんさ」


 レイクが驚くのも無理も無い、箱の中には200ml入りの牛乳瓶が6本程出来上がっていたのだ。

俺はそのうちの一本を手に取ると、早速と牛乳瓶の蓋を開けて早速味見をしてみる。

うん、味は全く問題ない、口当たりがまろやかで、そして牛乳独特の風味と甘みもある。

俺は別の牛乳瓶をレイクへと手渡すと、彼女は恐る恐ると言った様子で口を付けて飲み始める。

そしてゴクリと音を立てて飲み込むと同時に、彼女の尻尾がピンと立ち震えだすのが見える。


「すげぇぞこれ、完全に牛乳だよこれ! セネルさん、こいつを使えばシチューが出来ると思うぞ!」

「信じられません……ヒサシさんの箱は其処まで出来るとは、早速この牛乳を使ってシチューを作りましょう」


 レイクがセネルさんにも牛乳瓶を渡すと、彼女も一口飲んで驚きの表情を浮かべる。

これならシチューも出来るだろう……と思ったが、これだけじゃ美味しいシチューは出来ないと気付く。

やはりシチューには小麦粉にバターも必要だろう、俺はその材料となる物を見繕ってくる事にした。

バターは先ほど作った牛乳で何とかなるとはいえ、問題は小麦粉である。このソルキン村の現状を見る限り小麦粉は無さそうだ。

(多分、箱の権能(チート)によって、この世界における牛乳やバターに小麦などの物品が自動的に元の世界の物で翻訳されている様だ)

ならば箱で作るしかないのだが……外に出て、懐中電灯片手に暗くなった村を見て回り、ふと目に留まったのは猫じゃらしに似た草。

そういやネコジャラシ(正式名称はエノコログサ)も小麦と同じイネ科の植物だったな……そう思った俺はその草を出来る限り集める。


「おい、ヒサシ何処に行ってたんだ」

「いや、ちょっと材料を集めにな」

「それって、ネココロガシの草か、それが小麦粉になるのかよ?」

「まぁ、やってみなきゃわからんって」


 俺はレイクがネココロガシと呼んだイネ科と思われる草を箱の中に放り込み、蓋を閉めて小麦粉のイメージを箱へ伝える。

すると、箱は何の問題も無く文様を白く明滅させて、僅かな時間の後、文様が青く光ったので蓋を開けてみれば、

中には紙袋入りの小麦粉が出来上がっていた……いや、紙袋に入っているイメージを送ったけど、まさかその通りに作るとは……。

後は、バターも先ほど作った牛乳を箱に入れてイメージを送り込めば、パッケージ入りの状態のバターも出来上がった。

その様子を見ていたセネルさんは、驚き交じりの様子で俺に尋ねる。


「ヒサシさんのその箱って、武器や道具を作るだけじゃなくて、食べ物の材料も作れるんですね」

「まぁ、この世界に来て最初の頃にトロルの肉を使ってステーキを作った位だからな……」

「この世界に来た……? どういう事ですか、ヒサシさん」


 あ、そういえば俺が異世界から来たという事をセネルさんに話してなかった。

ヴァリアウスの一件が片付いた後にこっそり話すつもりだったが、丁度良いからここで話しておくか。


「あー、端的に言えば俺は、ある事情でこの世界とは異なる異世界から来た人間なんだよ」

「……成程、納得いきました、この女神プロナフィア様の力の一端ともいえる箱の力、

そして箱で作られる見た事も無い物品の数々、ヒサシさんが異世界から来た人間ならば納得です」


 セネルさんは一瞬だけ沈黙した後、納得した様子で俺に頷いて見せる。

レイクはどういう事なのかわかっていない様で、俺とセネルさんの顔を交互に見つめる。

そういやレイクの奴は、俺が異世界から来た人間だと教えた時は、変な物を見る様な目で反応していたな。

それに比べてセネルさんのこの理解力の速さと言ったら、さすが長命で知られるエルフというべきか。


「まるで運命の様な出会いですね、こうして異世界から来訪したヒサシさんと出会い、私の村の窮状を救いに来てくれるとは」

「実際の所は、俺は箱の力を使ってまったりのんびり生活したかったんだがね……」


 材料もそろった事なので、さっそくセネルさんが手際よく火にかけた鍋にバターを溶かし、玉ねぎに似た野菜をホーンラビットの肉を入れて入れてシチューづくりをしながら感慨深く語る。

対する俺は苦笑いを浮かべて答えつつ、セネルさんが火の魔術でかまどの火力を調整する様子を眺める

……この世界に来るまでは何処にでも居る、普通の中年のトラックドライバーとして生活していただけ……だった筈なんだがな。

そう思っている目の前でセネルさんは香辛料や塩などを入れて手際よくホーンラビット肉のシチューを作って行く、周囲に漂うシチューの良い香り。

セネルさんは小さな匙のような物でシチューを一掬いして、味見をして納得したのか頭を頷かせる。

一方で、レイクは家に漂うシチューの香りに尻尾を立てて期待に揺らしながら、その出来上がりを待つ。


「出来上がりました、ホーンラビットの腿肉のシチューです、熱いので火傷しない様にですよ」

「おお! 匂いといい見た目といいめっちゃ美味そう!」

「ほへぇ……じゃあ、頂きます」


 そしてセネルさんは出来上がったホーンラビット肉のシチューを木の皿によそい、俺とレイクへ手渡す。

俺は異世界のこのシチューがどんな味なのか、不安に思いながら木のスプーンで掬い、息を吹きかけ冷ましつつ口に入れる。


「……うんまい……!」


 ホーンラビットシチューを口にした俺は、思わず一言口にする。

そうとしか言い様が無いのだ……それは俺が今まで食べた事のあるシチューの中で一番美味しいと思う程の味だった。

ルゥはまろやかでいて優しくクリーミーで、元の世界の物とは違ったスパイスを入れているのか、しっかりとした味があり、

その味が染みたホーンラビットの肉の鶏肉に似ていて若干違う食感、そして玉ねぎの様な野菜がその食感に良いアクセントとなっている。

一口食べる度に、美味が身体に染み込んでゆき、身体が暖かくなり、身体が元気になっていくのを感じる。

その美味を堪能する俺に対して、レイクは木のスプーンを手に持って、一心不乱にシチューをガツガツと頬張っている。


「ふふ、その様子からして、お二方ともよほど気に召したようですね」


 俺が堪能しながら食べる様子とレイクが一心不乱に食べる様子を見て、セネルさんは満足げに優し気な笑みを見せる。

実に美しいエルフらしい笑みなのだが、何処か母性的な物を感じさせるのは何故だろうか。


「セネルさん! もう一杯お代わり!」

「はいはい、お代わりですね……あと、レイクさん、頬の毛皮にクリームが付いてますよ」

「あっ、いっけね!」 


 お代わりを貰うついでに頬にクリームが付いてる事を指摘されたレイクは、慌てて布切れで頬のクリームをぬぐい取る

改めてレイクは一心不乱に食べて皿が空になると同時に、満足げな溜息を付くと、再度セネルさんへお代わりと皿を差し出す。

その様子にセネルさんも嬉しそうに微笑みながらシチューをよそい、レイクに手渡すのだった……。

その後、俺とレイクは鍋の中が空っぽになるまでシチューを食べ続けたのだった。


「さてと、明日はヴァリアウスとの勝負の本番だ、皆と言っても二人だけだけど、心構えは大丈夫か?」

「ああ、ヒサシに作って貰った武器もあるし、負ける気はしねぇぜ!」

「私は戦いの最後の一瞬まで、決して油断せずに挑む意気です」


 そしてセネルさんの特製のシチューをたっぷりと味わい、その食事の後片付けも終えた後。

俺達はセネルさん宅のリビングのテーブルを囲み、最後のミーティングを行っていた。


「相手は数千年の間一切傷を負わなかったという伝説龍エンシェントドラゴン、不測の事態は充分に起こり得る」

「ああ、何度も言われなくても分かってるよヒサシ、その時はその時の状況に応じて最善ベストの判断で動けって事だろ?」

「私も、もしもという時は臨機応変に動ける様に心構えは出来ています」

「そうか、なら良いんだ……さて、明日に備えてそろそろ寝ようか、早めに寝て万全の状態にしないとな」


 レイクとセネルさん、二人の心構えを聞いた所で、俺は席を立ちセネルさんの家から出て行こうとする。


「ちょ、ヒサシ! お前此処で寝ないのかよ!?」

「え、俺は昨日と同じく村長のファリアさんの家で寝るつもりだけど、悪いのか?」


 俺の返答にレイクが血相を変える、だって村長のファリアさんの家のベッドの方が確実に寝心地が良いからな。

それに流石に女性二人の家で一緒に寝るというのは俺的に気が引けるし、それにファリアさんの家の空いた部屋で一人で寝る方が気楽だ。

だがレイクは俺の行動に異議を唱える様に席を立って抗議する。


「悪ィに決まってるだろ、こういう時こそ仲間通しの親睦を高める為になぁ――」

「じゃあ、また明日、皆で頑張ってヴァリアウスに勝とう。そいじゃおやすみ」

「お、おいヒサシ、何で出て行くんだよぉ!?」


 俺はレイクの言葉を最後まで聞かず、リビングから出て扉を閉める。

後ろからレイクが扉をドンドンと叩く音と、止めに入ったセネルさんの声が聞こえてくるが、ここは無視して置く。

そのまま家を出て村長宅へと向かって歩いて行けば……村の中は静まり返って誰も居ない、本当に静かな村だな。

そんな中をポツポツと点在する魔法による幻想的な街灯に照らされながら歩き続け、やがてファリアさんの家へと到着。

扉を開ければ、昨日と同じく暖炉の前のソファーに座り、編み物をしているファリアさんの姿が目に入る


「村長さん、今夜もお世話になります」

「ああ、明日が決戦の日だったね……所でヒサシ殿は、ヴァリアウスが怖いと思いますか?」

「…………」


 ファリアさんは編み物をしていた手を止め、俺の方へ向き直り静かな声で問いかける。

俺はその問いに少しだけ考え、そして無言で首を横に振る。


「そうか、ヒサシ殿は本当に凄いお方だ。最初は冒険者ギルドのホワイト級と聞いて、大丈夫かと気にかけてたが……」

「いえ、ファリアさん、ヴァリアウスは怖いとか言うよりかは、凄い存在だなと思ってるんです」

「それはどういう事かね?」

「数千年という悠久の時を生きて、それでいて一度も傷を負った事ない伝説の存在……そんなの、凄いとしか思えませんよ」

「君は変わった人間だね。大概の人間なら伝説龍エンシェントドラゴンと聞いたら即座に逃げ出す所を、まさか勝負を挑むとはね」

「あー、勝負をする事に関しては、何というか成り行きでなったというべきでして……」

「成り行きで勝負を挑む、か……本当に面白い人だね君は。だが、そんな君だからこそ伝説龍エンシェントドラゴンに対抗出来る」

「俺は別にヴァリアウスに倒そうと思ってませんよ……まぁ、全力でやるだけですが」


 俺はそう言ってからソファーへ座り、暖炉の火を見つめながら静かに時間を過ごす。

やがてファリアさんも再び編み物を再開し、静かな時間が過ぎていくのだった……。


――その頃、二つの月が輝き、夜の星が瞬く空の下。


『いよいよ、日が昇ればあの者達が来る……』


 ソルキン村の水源にて、鎮座する漆黒の伝説龍エンシェントドラゴンヴァリアウスは、空の二つの月を見上げ、呟いた


『我も、そろそろ引導が渡される日が来るのか、はたまた生き残れるか……』


 そして伝説龍エンシェントドラゴンヴァリアウスは、頭をたれて流れる水を眺める。

数千年の悠久の時を生き、そしてその間での戦闘では一切傷を負った事が無いと自負するヴァリアウス

しかし、今の彼は、ある事態により、全盛期の時とは比べ物にならない位に魔力が殆ど尽きかけており、

最早、身を守るだけか、あるいは僅かな時間だけ空を飛んでいくのがやっとな状態であった。

それ故に、この水源の魔力を含んだ水を飲む事で時間をかけて魔力を回復するつもりであった。

だが、恐らく明日訪れるであろう人間達の手によって、自分は討たれるのかも知れない。

しかし彼はそれを悲観してはいなかった、何故ならこの勝負で自分が負けたとしても、それは仕方が無い事だと割り切っているからだ。

数千年という悠久の時の中で、様々な者達が、あらゆる事情を抱えて彼の元を訪れては様々な戦法を用いて戦いを挑んできた。

そして彼はその全てに勝利してきた、しかしそれはただ運が良かっただけであり、決して彼自身の力が優れていた訳では無い。

故に彼は自分の勝利を驕る事無く、ただ静かに流れる時間の中で生き続けていた。


『生まれてこの方4千と15年、我ながら良くも傷一つ受けず生きてこれた物だ』


 そう呟きヴァリアウスは、満月を見ながら昔を懐かしむ様な表情を浮かべる。

恐らく明日来るであろう者達も、これまでの様に命を懸けて全力で挑んで来るだろう。

ならば、自分はそれを全力で迎え撃つまでだ……そう考えてヴァリアウスは静かに目を閉じ眠りにつく。

周囲に響くのは、穏やかな水の流れの音と、短い生の中で子孫を残そうとするべく虫たちが奏でる音だけであった……。

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