2人の童女と2人きりの兄妹

シオン

2人の童女はボウリングへ行く

「陽一、たまには飲まないか」

 その日の夜、父は珍しく俺を誘った。

 普段は奥さんより仕事が恋人みたいに仕事にかまけている人が、本当に珍しく俺を誘った。これが最初で最後の親子の交流だった。

「・・・・・・俺、まだ子供なんだけど」

 俺は困惑からそんなわかりきったことを言う。

 父は苦笑いして答えた。

「はは、子供はジュースでいいんだ。・・・・・・今日ぐらい付き合え」

 当時は12歳でまだ幼かったが、子供ながらに何かあったと感じていた。

 今思えば、このとき既にこれからのことを想像できていたのかもしれない。


 テーブルを囲んで、俺たちは向かい合っていた。

 父は日本酒、俺はメロンジュースを片手に飲んでいる。

「陽一、学校は楽しいか?」

 我が子供と散々交流がなかったからか、そんなつまらないことを父は言う。

 俺はそれに合わせるようにむすっとした表情で言った。

「うん・・・・・・普通だよ。少なくともここよりは」

 俺は我が家が嫌いだ。

 ここには忌まわしい母がいて、俺たちの平穏を脅かしている。

「そうか・・・・・・いつも苦労をかけて済まないな」

 父はそれがわかっているのか、深くは聞かなかった。

 しかし、俺はそれで済ませたくない。更に追求する。

「そんなこと言うくらいならあいつをなんとかしてくれ。月夜はあいつのこと好きかもしれないが、いつも不機嫌だし嫌いだ」

 母は母親らしいことをしないでいつも遊びに行っているロクでなしだ。

 金と遊びが大好きで、家庭のことは顧みない。

 俺は家にいるとよく母から恫喝されていた。それが嫌でよく友達の家に避難していた。

 それなのに妹の月夜はなぜかそんな母に懐いている。

 あんな母に懐く理由が俺には理解できなかった。

「それに関しては許してくれ。あいつは俺にもどうにもならん。あいつはお前らの母親にはなれなかった」

 父は立場上母を悪く言えないから低姿勢でかばった。

 あの母を前に父ですら意見を言えないでいる。子供の俺にもそれは感じられたし、あれは対話が通じるタイプの人間ではない。

 だけど、それで納得できるほど俺はまだ大人ではなかった。

「そんなの・・・・・・知らない。俺たちだって、好きでアンタらの子になったわけじゃない」

 あまりこういうことは言いたくない。

 子は親を選べないが、それでも親にはちゃんとした親であってほしい。

 まだ愛情に飢えていた俺には、親が性格破綻者という事実が辛く感じていた。

「そう・・・・・・だよな。済まない」

 父は本当に済まなそうな表情で謝った。

 今思えば父は板挟みにあっていたと思う。

 母に強く言えず、子供からは責められた。

 正直、同情する。

「そんなに謝るなよ。・・・・・・どうしたんだ?」

 俺はそんな父に違和感を感じた。

「何が」

「いつもは俺らのこと気にも止めないのに、今日は珍しく構おうとしている。いつもみたいに仕事とたわむれていればいいじゃないか」

 父は仕事人間で、母とは違った形で家庭を顧みない性格だ。

 仕事に逃げることで家庭の問題から逃げている。

 そんな父がその日の夜、珍しく俺を誘った。

 それが、当時の俺を困惑させ、嫌な想像をさせた。

 人間、普段しない行動の裏には何か事情があるものだからな。

「今日はそういう気分なんだ」

 しかし、父は狡猾にもそれを隠した。

 俺はそれ以上追求せず、ただジュースを飲んだ。


 飲み会はお開きとなり、俺たちは眠りにつこうとした。

 不意に父はこんなことを言った。

「陽一、何かあっても月夜を守れるようになれ」

 それは真剣な目だった。

 漫画でよく見るようなベタなセリフだが、こんなマジメな表情で言われると少し気後れする。

「なんで」

 俺は当然の疑問をぶつける。

 しかし、父の真剣な表情は崩れない。

「他に守る人がいなくなるかもしれないからだ」

 いなくなる。その言葉がいやに不穏に感じた。

 それじゃあまるで。

「なんか・・・・・・今すぐにでもいなくなるみたいなセリフだな」

 まるでいなくなるみたいなセリフだ。

 まるで、未練があって最後に話したくなったみたいな。

 まるで、お別れみたいな展開だった。

「・・・・・・お前らには苦労をかけることになる。今は言えないが、きっとな」

 言えないって、なんで言えないんだよ。

 そう思ったが、口には出せなかった。

 それを口にしてしまえば、不安が現実になってしまいそうで。

 俺が疑問に思わなければ、きっと明日も同じ日常が来る。

 そう思って見て見ぬふりをした。


 しかし、それは間違いだった。

 翌日、父と母の姿はなかった。


 俺たちの両親は、俺たち兄妹を置いて逃げたのだ。



 夢と現実の境目から女の子の声が聞こえる。

 その声は遠くから聞こえてきて、だんだんと近くなってきている。

 きっと脳が覚醒していっているのだろう。

「起きろー」

「起きてください、朝ですよ」

 童女と呼ばれる年齢の女の子が2人、俺の身体をゆさゆさと揺らして起こしていた。

 それでさっきまで懐かしい夢を見ていたことに気付いた。

 久しぶりに父の顔を見た。

 それは嬉しいような、腹が立つような複雑な気分でもある。

 そうか、あれから4年になるのか。

「・・・・・・早いなお前ら」

 俺はまだ眠り眼で目をこすり、2人を見た。

 黒い髪が肩くらいまで伸ばしている方がアザミ。

 黒い髪を腰の辺りまで伸ばしている方がサザンカ。

 どちらも前髪はパッツンに切りそろえていて、双子と言ってもいいくらい2人は顔立ちが似ていた。

 目を惹くのは赤い浴衣。

 いくら夏とはいえ、現代で普段から浴衣を着ている人は珍しい。

 それにいやに目立つ。

「こんな良い朝を寝ているなんてもったいないだろ」

 生意気でキツそうな方がアザミ。

「いいからご飯作ってください。お腹が空いているんです」

 おしとやかで礼儀正しいのがサザンカ。

 この2人はある事情から我が家で保護している2人の童女だ。

「わかったわかった」

 俺は布団から這い出て、大きく伸びをする。

 今日も一日が始まった。


 身支度を終え、朝ご飯を作り終えた俺はアザミとサザンカに声をかける。

「もうすぐできるから月夜を起こしてくれ」

 すると2人は素直に

「わかったー」

「わかりました」

 と言って月夜の眠る部屋へ向かった。

 我が家は1軒家の2階建て。1階はリビングと台所と寝室、トイレと洗面所と風呂場となっている。

 2階は部屋が2つあり、左の部屋が月夜の部屋となっている。

 俺は普段右の部屋で寝ているが、月夜は朝弱いので本人の要望により「朝ご飯できるまでは起こさないで」と告げられていた。

 なのでアザミとサザンカが俺を起こしに来たときに月夜も起こさないのはそのためである。ちなみにアザミとサザンカは1階の寝室で寝ている。

 上の階から悲鳴が聞こえると、俺はため息を吐いた。

「またか・・・・・・」

 どんな起こし方をしたか想像できるが、またやったらしい。

「起こしてきたぞ」

「お寝坊さんですね月夜さん」

 アザミとサザンカは意気揚々に階段を降りてきた。

 後ろからやたら顔の赤い月夜が続いて降りてきた。

「・・・・・・2人とも、起こし方が強引」

 その様子ではよほど恥ずかしい起こされ方をされたらしい。

「おはよう月夜、またやられたのか」

 今年で10歳になる月夜は恥ずかしそうに視線をそらす。

「・・・・・・おはよう兄さん。そうなの・・・・・・ちょっとやめてほしい」

「お前ら何したんだよ」

 童女の2人に訊くと、2人は誇るように言った。

「どうせ起きると思って服を着替えさせたんだよ」

「月夜さん肌綺麗ですから」

 アザミとサザンカは悪びれずに言う。

 相手が相手なら事案に発展してしまうことだった。

「・・・・・・そういうのセクハラって言うんだよ」

 月夜はそう言って非難した目を2人に向ける。

「もっともだ。あまり過激なことをするとこの家から追い出すからな」

 俺は2人に注意した。

 2人を保護しているのは事情があってだが、それは強制ではない。

 100%こちらの善意から来るものだ。

 それは初対面のとき、2人とも約束したことだ。

 預かっても良いが、悪さをしたら追い出す。

 それを忘れている2人ではないはずだ。

「それは勘弁して」

「では次はもっと良い起こし方を考えますか」

 2人はまるでいたずらをたしなめられたように萎縮して、許しを懇願した。

 サザンカのほうはいまいち反省していないようだが。

「普通に起こして・・・・・・」

 月夜は心の底からそう言った。


「いただきます」

「いただきます!」

「いただきます」

「いただきます・・・・・・」

 4人で朝食にありついた。

 元々叔母の真理さんと月夜の3人でご飯を食べていたが、そのときはテーブルが空いていてどこか寂しい印象を抱かせていた。

 それが2人も子供が増えただけでそのすき間が埋まって寂しさを感じない。料理の皿自体はあまり増えていないのに。

 それはまるで、家族を連想させる。

 ・・・・・・懐かしい夢を見たから感傷的になっているかもしれないな。

「陽一、今日は何時頃帰ってくるんだ?」

 アザミが納豆をかき混ぜて訊いてきた。

「13時過ぎには帰れるけど、何か予定でもあるのか?」

 俺の通う高校は通信制なのでレポートさえ終わればいつでも帰って良いことになっている。普段やっているレポートの量だとそれが昼頃に終わる計算になっていた。

 いつもは高校を終えるとバイトがなければそのまま直帰して家で過ごす。

 金のない時期はそうやって節約生活をしていた。

「またボウリングに行きたい」

「またかよ。今週で3回目だぞ」

 なのにこの童女は金遣いが荒い。主に遊ぶことに関しては。

 アザミは以前気まぐれで行かせたアミューズメントパークのボウリングにドハマりして以来、やたらボウリングに行くことをせがんでいる。

 そのときはたまたまバイトの給料が多かったから調子に乗って遊ばせたが、今思えばそれで贅沢を覚えてしまったと思う。

 いくら今は財政問題がある程度緩和されたからといって、あまり散財したくない。

「3回しか行ってないの間違いだろ?だって家にいたってつまらないし」

「3回は十分多いわ」

 ただ家にいて退屈なのは理解できる。

 この3人はまだ幼く、あまり遠くへ出歩いてほしくないので(アザミとサザンカに至っては事情が事情なのであまり我が家から出入りしているところを見られたくない)、基本家に置いている。

 家には娯楽と呼べるものが少なく、唯一あるのはロクでなしの母が置いていった花札くらいだ。

 今は7月で夏休みシーズンなのもあり、月夜は学校に行かなくも良い。月夜自身も同世代の友達がアザミとサザンカしかいないので自然と家にいることが多くなっていた。

 月夜は母が好きだったから、母が置いていった花札を大事にしている。

 ルールは昔母から教えてもらったと言っていたが、正直俺は早く捨ててほしかった。だが、花札を捨てようとすると月夜はこのときだけ怒るし泣く。

 だからアザミがボウリングという娯楽を知る前は主に家で花札をして3人は遊んでいた。

 ただ娯楽に乏しい家だからすぐに飽きてしまう。

 アザミ的には家にいるのは退屈なのだろう。

 しかしアザミとサザンカはあまり出入りしてほしくないが、月夜は別だ。

 さっきは出歩いてほしくないと思ったが、小学校の友達がいれば月夜は外へ遊びに行ってもいいんだが、それはまだ難しい。

 家庭の事情を考えれば仕方ないが、できれば月夜には学校の友達を作ってほしい。

「でもお前だけ行く訳じゃないだろ?サザンカや月夜はどうしたい?」

 ないものを求めてもしかたない。

 今はこの2人が月夜の友達になってもらうしかない。

 俺はある程度答えを予想した上で2人に訊いた。

「私は構いませんよ?」

「・・・・・・私も・・・・・・良い」

 サザンカは笑顔で、月夜は途切れ途切れに了承した。

 こうなるともう逃げ場はないようだ。

「・・・・・・わかった。じゃあ俺が学校終わる時間に待ち合わせな。場所はわかるか?」

「あぁ。散々行ったからな」

 アザミは無い胸を張って言う。

「やっぱり散々行ってる自覚あるじゃねぇかっ」

 今週で3回も行っているんだから当たり前だ。

 下手な学生よりも通っているんだろう。

「兄さん・・・・・・お金は大丈夫?」

 月夜は心配そうにこちらを見た。

 まあこれまで切り詰めて生活していたのだから小学生の月夜でも不安にもなる。

「まあ大丈夫だ。最近真理さんの作品売れているからな」

 最近財政問題が緩和されたのはそのおかげだ。

 俺たちは後継人である叔母の中林真理さんの支援で生活している。

 真理さんは母の姉にあたる人で、昔両親が失踪したことを重く責任を感じていた。

 その責任から俺たち兄妹を引き取ることを選んだ。

 なので俺もバイトをしているが、主な収入源は真理さんの小説の印税から来ている。


 その真理さんの作品が先日、なんとかって賞に受賞した。


 その影響で今までの真理さんの作品も注目され始めて、今までの何十倍と印税が入るようになった。

 偶然だが、それはアザミとサザンカがこの家にやってきてからの話だ。

 真理さんはこの2人を福の神だと言うが。

 その真理さんは今日もうちで仕事をするので、家が空くだろう今日のことをメールで連絡する。

「真理さんにもメールはしたし、じゃあ俺は学校行くから」

 朝食を食べ終えた俺は食器を洗い場に浸して登校する準備をする。

 まだ食べておえていない3人は手を振って送ってくれた。

「・・・・・・いってらっしゃい兄さん」

「また後でなー」

「いってらっしゃいませお兄さん」

 ・・・・・・今更だけど、めちゃくちゃ女子率高いな。

 しかもそのほとんどが幼い女の子なので、通報されたら俺は逮捕されるかもしれない。

 犯罪者になるにしても、ロリコンの汚名だけは勘弁願いたいな。

 俺は通報されないことを祈りつつ、家を出た。



 俺たちの両親は4年前、俺が当時12歳小学6年生、月夜が6歳のときにいなくなった。その日は朝姿がないなくらいしか思わなかったが、夜になっても姿を現さなかった。

 異変を感じた俺は警察に電話した。

 警察は一時的に俺たち兄妹を保護し、両親を捜索した。

 しかし、新幹線のホームで目撃されたのを最後に消息を絶ってしまう。

 それだけで十分理解してしまった。


 俺たちは捨てられたのだと。


 もしかしたら何か事情があったのかもしれない。

 もしかしたら父の仕事が上手くいかなくなったとか。

 お金の問題で一緒に暮らせなくなったとか。

 しかし、そんなことはどうでもよかった。

 俺は両親を憎み、それもあって今は月夜を育てることに力を入れている。

 月夜は今でも両親を好きでいる。

 月夜にはできれば曲がらずに育ってほしい。そのために俺はできることならなんでもしたい。

 俺にはもう、月夜しかいないから。



 高校でのレポートを書き終え、建物を出た。

 街は人でごったがえしていて、周囲にはサラリーマンからOL、サボっているであろう学生がいた。

 今は昼時だから皆飲食店に行くなりコンビニで弁当やおにぎりを買っているに違いない。

 そう意識すると空腹感を強く感じた。

 以前はお金がなかったから昼飯は家で軽く済ませていたが、今はお金があるしなにより子供たちを空腹でいさせるほうが気がかりだ。

「もう着いているかな」

 アミューズメントパークの方向へ足を向ける。

 アミューズメントパークの中はクレーンゲームやメダルゲームなどのゲーセン、上の階にはボウリングやスポーツを楽しむ施設がある。以前気まぐれに3人を連れていったらアザミがそのときにボウリングにハマってしまい、今みたいに高頻度で来るハメになった。

 3人の姿を探すが、そんなに遅れたつもりはない。

 もしかしたらまだ来ていない可能性もあるが、アザミが急かして早めに来ている可能性はある。それに、小学生くらいの背丈で町中にいればよからぬ連中に絡まれる可能性も否定できない。

 別に近所を遊ぶ分には止めないんだが、あまり頻繁に人の出入りする場所に行ってほしくない。

 人の目があれば犯罪には巻き込まれにくいが、人が多いだけで変なやつの比率も上がるものだ。

 できれば月夜にだけでもスマホを持たせたいが、なんとなく抵抗がある。

 ただ今は金があるから以前みたいにケチケチする必要はないのだ。これから出歩くことも増えるならスマホ購入も検討の余地ありだ。


 すると案の定、3人は既にアミューズメントパークの入り口前で待機していた。

 月夜は青い髪をさらさらに肩甲骨まで伸ばし、一部の髪の毛を後ろに結んでいる。服装は白いTシャツに薄い青のシャツを羽織り、長めのフレアスカートを履いていた。

 童女たちはいつもの赤い浴衣ではなく、白いTシャツに赤いミニスカートを履いていた。前に服を買いに行ったとき赤いスカートだけは譲らなかったっけ。

 それほど赤が好きらしい。

「おーい」

 声をかけると3人はこちらを向いた。

 こうして遠目で見ると3人とも顔が整っていて、ロリコンや芸能人のスカウトが寄ってきてもおかしくないと思える。

 家族のひいき目かもしれないが、少なくともその辺の女性には負けていないと思う。

「あ・・・・・・兄さん」

 月夜は周囲を警戒して

「遅いぞ陽一」

 アザミは尊大に

「待ちましたお兄さん」

 サザンカは歯に衣着せず言った。

 まさに三者三様の反応だ。

「レポート書いていたんだからしょうがないだろ。月夜、変な奴らには声をかけられなかったか?」

 先ほど想像したことが不安に感じたのか、俺は月夜に訊く。

 すると、月夜はうつむいて言う。

「いや・・・・・・私にそんな価値はないから」

 いや、月夜は普通に可愛いが。

 しかも顔は下を向いていて身を縮こまらせているのでいかにも弱そうだ。

「こんなにあたしは可愛いのに皆見る目がないな!」

 訊いてもいないのに自ら可愛いアピールをするアザミは無視した。

「月夜は可愛いんだからいつ連れ去られないか心配で」

「えへへ・・・・・・」

 可愛いと言うと嬉しそうに笑う月夜。

「おい!無視すんな!」

 スルーされたことを怒ったのかアザミはかみついてくるが、ここにいる皆が今でもスルーしている。

 付き合いの長いサザンカは扱いを熟知していると思うが、月夜もそのあたりここ数ヶ月の付き合いでわかったのかもしれない。

 いやまあ、単純にさっきの褒め言葉で照れてそれどころじゃなかっただけかもしれないが。

「確かに月夜さんは大人しくて可愛いから誰か大勢に連れ去られて酷いことされるかもしれませんね」

「えぇ・・・・・・」

 サザンカは月夜に脅かすようなことを言う。

 月夜は不安がっているが、悪いことじゃない。

 最近物騒だからなぁ。

「だから無視すんなよ!」

 さすがに可哀想になってきたので、俺はいいところで切り上げた。

「まあお前らは小さいからあまり散り散りになって行動するなよ?特にこういう町中では」

 すると一応気を付けているのか3人は頷いた。

「うん・・・・・・そうする」

「わかりましたわ。心配してくださってありがとうございます」

「わかった」

 理解が早くて助かるが、そうなるとちょっと意地悪というか釘を刺したくなる。

「誰かさんが頻繁にボウリングに行きたいなんて言わなければそんな心配もしなくていいんだがな」

 するとアザミはムッとした表情でこちらを睨んだ。

「誰のことだよ」

「お前に決まっているだろ」

 ただでさえボウリングはお金がかかるんだから防犯以前にそんなに頻繁に行くものではない。

 何回かやっている内に飽きないかな。

「まあまあ。それではボウリングへ行きましょうか」

 サザンカが言うが、その前に言っておかないといけないことを俺は言った。

「それもいいが最初に昼飯を食べに行かないか?腹が減ってしかたない」

 今は12時30分を超えたところなので、さすがに腹が減ってしまった。

 早くボウリングへ行きたいのか、アザミは非難する。

「えー、早くボウリングへ行こうよ!」

 しかし、皆の意見はそれを反対する。

「私は・・・・・・お腹減った」

「私もですわ」

 月夜とサザンカも俺と同じ空腹のようだ。

 これから動くというのに、腹が減ってはなんとやら・・・・・・だ。

「じゃあどこか店に行って食べに行くか」

 アザミは最後まで駄々をこねたが、置いていくぞと言ったら渋々ついてきた。


 皆で昼食を済ませ、アミューズメントパークに入った。

 中は人で溢れかえっていて、話し声とゲーセンの音で騒がしい。活気があると言えば聞こえは良いが、こううるさいとまともに会話すらできない。

「ストライク・・・・・・今日こそ君を奪いに来た!」

「アザミには無理だと思うわ」

 それでもアザミとサザンカの戯れはここでもうるさいくらい聞こえる。

 サザンカは礼儀正しいが、人を煽ったり意外とSっ気が強い。

 俺は4人分のボウリング料金を払うと、4人でボウリング場の上の階へ向かった。

「さて、受付も済んだし皆は各自好きなボウルもってこいよ?後アザミは身の丈に合った重さのボウルを選ぶように」

 ボウリング初回、アザミは見栄を張って大人が持つような重いボウルを持とうとした事件があった。

 結局持ち上がらず、結局諦めて子供が持つ重さに落ち着く。

 しかし反省していないのか、ことあるごとに重いボウルを持とうとする。

 いくら10、11歳くらいとはいえその細腕では持てないだろ。

「えー、軽いボウルとかダサいじゃん」

 案の定アザミは不平を漏らすが、こちらも気丈に対応する。

「そういうのは1回でもストライクを取ってから言いな」

 不思議なことにアザミはボウリングが好きだと言いながら1回もストライクを取ったことがない。

 1フレームで倒したピンの数も最高で7本くらいで、スコアもいつも60を切っている。それなのに誰よりもボウリングにハマっているから不思議だ。

 所定の位置に行くと画面を操作してゲームを始める。

 投げる順番は月夜、サザンカ、アザミ、俺の順番だ。

「ほら、やってこい」

「うん・・・・・・」

 月夜に声をかけると月夜はボウルを重そうに両手で持った。

 両手で転がすように投げると止まってしまいそうなスピードだったが、ピンの真ん中に当たりガラガラっと気持ちいい音を鳴らしてピンをすべて倒した。

「!・・・・・・やったっ」

 ストライクを取れたことが嬉しいのか、珍しく控えめにガッツポーズをする。

 俺は月夜に近寄って頭を撫でて褒めた。

「上手いぞ月夜」

「えへへ・・・・・・」

 月夜は照れ笑いをした。

 しかし、後ろでは怨嗟の視線を月夜に向けている奴がいた。

「くっ、月夜ごときにストライクを取られるなんて」

「月夜ごときって言うな」

 アザミは自分より先にストライクを取られたことが不満だったらしい。

 アザミは月夜とボウリング下手同盟を結成しているのもあり、自分よりボウリングが上手いのが許せないのかもしれない。

 なんて器の小さいやつなんだ。

「次は私ですわ」

 サザンカがボウルを持って前に出た。

 アザミが後ろからヤジを飛ばす。

「サザンカ、あたしを差し置いてストライクを取るなよ!」

「わかってますわ」

 しかしサザンカは綺麗なフォームから流れるようにボウルがカーブを描き、危うさを感じないくらい綺麗にストライクを取った。

 絶対ストライク取る気マンマンだったわこいつ。

「あらあら、別に狙ってなかったですが取れてしまいましたわ」

 サザンカはカマトトぶってアザミを煽る。

 表情が楽しそうだなぁ。

「がああぁ!!この裏切り者!!」

「わざとじゃないんだから仕方ないわ」

 またも2人の戯れが始まる。

 これが喧嘩しているわけではなく、普段からこうなのだ。

「ほら騒いでないで次はアザミだぞ。続いてストライク取ってこい!」

 放っておくとキリがないからアザミに投げるよう促す。

「言われなくても取ってくるよ」

 アザミはサザンカとの戯れを切り上げてボウルを持ち位置に立つ。

 そこから綺麗なフォームで力強くボウルを投げる。ここまでは良い。

 しかし力みすぎてボウルはだんだん端の方へ曲がり、ピンを1本倒しただけだった。

「~~~~~~~~~~~!!」

 アザミは悔しそうにその場で地団駄する。

 月夜が慰めるように言った。

「ほ、ほら・・・・・・まだもう1回残ってるから」

 それから2回目のボウルを投げるも、今度は3本倒しただけだった。

 1フレームで4本しか倒せないのは、お世辞にも上手いとは言えない。

「ま、またなのか。またあたしはストライクどころかロクにピンも倒せないのか・・・・・・」

 アザミは膝をついてショックを受けていた。

 それに追撃するように俺は言った。

「そんなもんだと思ってたよ」

 俺に言われたのが悔しいのかアザミから罵詈雑言を受けたが、さらりと受け流す。

「俺の番か」

 ボウルを持って投げる。

 しかしストライクとはならず、左端に3本ほど残す結果となった。

「こんなもんか」

 左を攻めればスペアくらいにはなると思うが、それをするには後ろからのプレッシャーを感じないわけではない。

「・・・・・・絶対スペア取るなよ?もし取ったら腕にかみついてやる」

「怖いこと言うな」

 アザミが後ろからにらみつけて圧をかけてくる。

 こんなんで自分より上手い奴を妬んでいたら全人類を恨まないといけないぞ。

 しかし、その圧が効いたのか手元がスベって右側にボウルが転がってしまい、結果は7本となる。

「ぷぷぷ、陽一はボウリング下手だなぁ!」

 悪態の一つでもつきたくなるアザミの煽りだが、俺は大人だ。

 16歳高校1年生がせいぜい10,11歳程度の小童に本気になってはいけない。

 なので、捨て台詞のように言った。

「罰ゲームを決めよう。1番スコアが低い奴は家にいる真理さんにドッキリを仕掛ける」

 そう言うと、空気が張り詰めたような気配が辺りを漂う。

 それから罰ゲームを賭けた真剣勝負が始まった。


 ボウリングとはいわばストライク、スペアを取るゲームである。

 その理由はボウリングの計算にあった。ボウリングの計算は普通にピンを倒していればただの足し算だが、ストライクもといスペアを取ったとき特殊な計算方法を用いられる。

 ストライクは取ればただ10点もらえるわけじゃない。ストライクの場合10点+次の2投の得点がストライクを取ったときの得点に加算される。

 つまり1フレームにストライクを取り、2フレームの1投目に7本、2投目に2本ピンを倒せば1フレームの得点は19となり、2フレームの得点が28となる。

 ざっくり言えば次の2投分の得点がボーナスとしてもらえるのでただ9本ピンを倒し続けるよりストライクを1回取った方が得点の入りが良いのだ。ちなみにスペアは次の1投分が加算される。


 つまり何が言いたいかと言えば、ストライクもといスペアが取れないとスコアを稼ぐことは難しいのだ。

「ストライクが取れない~~~~~~~~!!」

 4フレーム目、アザミは叫んでいた。

 ストライクやスペアが取れないのは仕方ないが、倒したピンも最高が5本程度なのでスコアが伸びないでいる。

 そのせいで4フレーム目のアザミのスコアは15とかなり悲惨な結果になっていた。さすがに憐れと感じたのか月夜が慰めの言葉をかけていた。

「わ、私はまだ1回しかストライク取れてないから」

 と謙遜している月夜だが、1フレーム目のストライクが効いているのかその後も6本や8本と多くピンを倒していないながらもスコアは38とそこそこ稼いでいた。

「言ってやるな月夜。このゲームでストライクはおろかスペアすらまだ取れていないんだから」

 ストライクやスペアを連発しているサザンカは別として、俺ですら3フレーム目でスペアを取っている。

 つまりこのゲームでストライクとスペアを取れていないのはアザミ1人となっていた。

「まあゲームはまだ始まったばかりだし、そんなに焦るなよアザミ。頑張れば罰ゲームくらいは回避できるかもしれないぞ」

 俺はそう言うが、無理だと思う。次の4フレーム目、何本か倒すだけで俺はスコアが30を超える。

 その時点でスコア30以下はアザミしかいなくなるので、アザミがストライクやスペアを取るか、こちらがミスをしない限り逆転は無理な話だ。

 俺の言葉がかんに障ったのかアザミはぶち切れて言った。

「ふん!タイム!!トイレ行ってくる!!」

 アザミは飛び出して入り口の方へ走っていった。

「迷子になるなよ」

「子供扱いするな!!」

 そんな捨て台詞を吐いてアザミは姿を消した。


 ゲームは8フレームまで進んだ。

 スコアは月夜が69、サザンカは102、俺は78に対してアザミは35と俺たちとかなり差が出てきてしまい、ちょっとだけ空気が悪い。

 いつもはここまで空気は悪くないけど、今回は罰ゲームもあるせいかいつも以上にアザミの機嫌が悪い。

「・・・・・・・・・・・・」

 いつもは騒がしいアザミが静かなので月夜とサザンカは気を遣っていた。

「アザミ、あまりくよくよしないのよ。あなたが下手なのはわかりきっているんだから」

「アザミちゃん・・・・・・どんまい・・・・・・」

 あのいつもアザミをからかうサザンカでさえ優しくするのだから今は冗談抜きで機嫌が悪いのだろう。

 あまり雰囲気が悪いのは好きじゃないから俺もいつもの憎まれ口は控えていた。

「・・・・・・仕方ないな」

 柄じゃないけど、アザミが上手くならないとこの改善はしないだろう。

 俺はアザミに近寄って言った。

「俺もあまり上手い方じゃないけどさ、お前はフォームは良いのに力が入りすぎてコントロールが下手だからもっと力を抜けば良いんじゃないか?」

 俺はやり方を手取り足取り教えた。

 アザミにボウルを掴ませてゆっくり素振りをさせた。そのときに手を添えていたが、どうにもぎこちない。

 もしやと思い、もっと軽いボウルを持ってきてアザミに差し出した。

「これを使ってみろ」

「軽そうで嫌」

 アザミは不服と言わんばかりに抵抗するが、しつこく差し出すので渋々手に取る。

「・・・・・・持ちやすい」

 なんてことはない。今までボウルが重すぎて上手く投げれていなかったのだ。

 アザミは細腕だから重いものは持てない。

 しかしアザミは意地っ張りだから見栄を張って重いボウルを無理して使っていたのだ。

 改めてフォームを教えると、先ほどまでのぎこちなさは消えていた。

「こうか?」

「そうそう」

 俺とアザミが一緒にいると、月夜がこちらをじっと見ていた。

「・・・・・・・・・・・・」

「どうかしました?月夜さん?」

「いや・・・・・・なんでもない」

 なぜか月夜はどこか機嫌が悪そうだった。

 あまり表情にでないが、後で機嫌を取らないといけないな。

「や、やったー!!」

 アザミは9フレーム目でようやくスペアを取れた。

「やったぞ陽一!」

「やったな!」

 俺とアザミがハイタッチしていると、後ろから月夜がまたもじっと見ていた。

「・・・・・・・・・・・・」

 月夜は無言で、なにか言いたそうに圧力をかけている。


 ボウリングを終え、4人で帰路に立つ。

 アザミは疲れてしまったのか、今は俺の背中におぶわれて寝ている。

 俺の左右には月夜とサザンカが並んで歩いていた。

 月夜はそんな俺をまたもじっと見ている。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・月夜さん?なにか機嫌が悪いようですが」

「・・・・・・別に」

 ぷいと月夜は顔を背ける。

 何かしたかと今日のことを考えていたら、サザンカが袖を引っ張って言った。

「お兄さん、少しは女心を察してください。月夜さんはお兄さんがアザミにかまっているから寂しいんですよ」

「っ・・・・・・サザンカちゃん!」

 サザンカがいたずら顔で言うと月夜は赤面して遮った。

「今までお兄さんを独占していたのは自分なのに、自分以外の女にかまけているからアザミに嫉妬しているんです。それは、妹なら当然です」

 月夜の顔を凝視すると月夜は俯いてしまった。

 普段感情表現の乏しい月夜だが、今日の月夜は可愛かった。

「そうか・・・・・・月夜は寂しんぼうなんだな」

「違う・・・・・・っ」

 俺は笑って言った。

「じゃあ、帰ったら何かして遊ぶか。今日は2人だけで」

「い、いいの?」

「もちろん」

 月夜の兄は俺だけだ。

 いくらアザミとサザンカがいたとしてもそれは変わらない。

 妹のために尽くすのは兄の勤めなのだ。

「その次は私ですからね」

 サザンカが笑って言った。

 今は月夜とアザミとサザンカの兄をしないといけない。

 しかし、それは嫌じゃない。

 家族が2人いなくなった代わりに2人増えた。

 だから、彼女らの世話をするのは兄の勤めだと思った。

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2人の童女と2人きりの兄妹 シオン @HBC46

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