この気持ちは私だけのもの

間川 レイ

第1話

「あんたってさ、ほんとあたしが居ないと駄目だったよね」


そんな何処か軽く笑みを含んだ、電話口から聞こえる声。軽口とわかっているから、私も微笑みながらそうだねと返す。もう毎度恒例となった週に一度の電話。私の数少ない、胸を張って友達と言える子との電話。


あなたには感謝してるよ。もう何度口にしたかもわからないその言葉。それを今回も口にする。


「もっと感謝してくれてもいいのよ」


そう、戯けて返される言葉に苦笑する。相変わらず変わらないなあって。独特の癖のある性格も。それでいて、馬鹿みたいに面倒見が良い所も。全部、全部。それこそ初めて出会った中学生の頃から。私達はもうアラサーと言われる年に差し掛かりつつあるのに、あの子は何も変わらない。良くも悪くも。それは私も同じかも知れないけれど。


感謝してるよ、本当に。私はあの子に届かないぐらいの声で独りごちる。ずっと前から。それこそ、初めて出会った時から。


初めて私があの子に出会った頃。私は、いわゆる変わった子だった。他人との距離感がうまく掴めない子だった。そしてその癖行動力だけはあったから、しばしば他人とぶつかってはトラブルばかり起こしていた。そんな私に、話しかけようなんて物好き、いるはずが無い。気づけば私は独りぼっち。友達と言える子なんて1人もいなかった。


そんな折だった。あの子が初めて声をかけてくれたのは。あの子もまた、その皮肉屋としての性格からちょっと変わった子という扱いだったけれど、あの子の周りには常に沢山の友達がいた。皮肉屋でありながら、困っている人がいたら助けずにはいられない人の良さが影響しているのかも知れない。初めて話した時、どんな話をしたのかなんて覚えていない。ただ、そんな大層な話はしなかったように思う。せいぜい、そのヘアピン可愛いじゃんとか、その程度の事だったのだろうと思う。


でも、その一言で私は間違いなく救われたのだ。その言葉がきっかけで、私はあの子と話すことができた。あの子の周りの子達と話すきっかけが出来た。それがどれだけ有り難かったことか。あの子には当たり前の事すぎて、わからないだろうけれど。


そして、あの子は言いにくいことでもズバズバ言ってくれる子だった。駄目なことは駄目と、面と向かって言ってくれる子だった。皮肉げに口元をゆがめて、それでも真っ直ぐ私の目を見て。私が他人との距離感を取り違えて、トラブルになった時。その態度は、その言い方は良く無いよと言ってくれる子だった。この子も悪気はなかったんだと、仲裁に入ってくれる子だった。


私にとってあの子は、まるで姉のような存在だった。私をいつだって見守ってくれた。私をいつだって庇ってくれた。その大きな背中で。どこか皮肉げな物いいで。それは時に胸を抉る事もあったけれど、私とあの子が意見を異にして私の方が正しかった事なんてなかった。いつだって蓋を開けてみれば、あの子の方が正しかった。


私は常にあの子の後をついて歩いた。それはさながら姉妹のごとく。いつだって一緒にいた。実際、周りの子から本物の姉妹みたいだねと言われた事さえある。私にとって、あの子は姉だった。特に家族と仲が悪く、日常的に父親に殴られ怒鳴られていた私にとって、あの子は家族以上の存在だった。何でも相談できる、お姉ちゃんだった。


それがいつからなのだろうな。私はそっと、電話口に乗らないようにため息を吐く。私があの子の事を、女の子として好きになったのは。もう、昔のこと過ぎて忘れてしまったけれど。私はいつからか、あの子を好きになってしまっていた。そこに、同性を好きになってしまったという戸惑いはあまり無かったように思う。ただ、好きな人がたまたま同性だっただけのこと。むしろ、ちりちりと胸の内を焦がす、焦ったいような、くすぐられる様な気持ちの方が問題だった。この、内側から溢れ出してくる無限の愛おしさの方が大問題だった。


だって、私はあの子にとって沢山いる友達のうちの1人にすぎないのだから。同性の友達に過ぎないのだから。そんな私に恋愛感情を抱かれてると気付かれたら。きっと気持ち悪がられてしまう。友達ですら、居られなくなってしまう。そんなのは嫌だった。あの子の隣に居られなくなる。そう思うだけで、世界が終わるかの様な心地がした。胸の内が伽藍堂になり、その中を冷たい氷水がひたひたと満たしていくような心地。そんな思いをするぐらいなら、父親に馬鹿みたいに殴られている方がまだマシだった。いや、死んだ方がマシとすら感じられた。


なのに、私はあの子を女の子として見てしまった。サラサラのショートボブを撫で回したかった。大きめの黒目がちな目で、見つめて欲しかった。華奢な身体を、抱きしめたかった。薄い胸を、なぞりたかった。身体が触れ合った時、思わぬ柔らかさにドキドキした。車を避けようと、肩を抱き寄せられた時。その距離の近さに胸が高鳴った。ふざけてあの子が私に抱きついたとき、あの子の甘い香りが堪らなかった。


私はあの子が愛おしくて愛おしくて仕方がなかった。あの子になら、何をされても許せそうだった。父親にされたみたいに何度殴られようとも。母親にされたみたいに何度詰られようとも。両親に殺されるのは真っ平ごめんだったけれど、あの子に殺されるのなら本望だった。本望は言い過ぎにしても、あの子が私に危害を加えるのなら甘んじて受け入れよう。決して抵抗はするまい。そう思うぐらい、あの子のことが好きだった。


だって、あの子が私に害をなすときは、きっとそれ相応の理由がある筈だから。私を傷つけることであの子の為になるなら、進んで傷を受けよう。仮にそれが憎しみによる物だとしても、私をそこまで憎ませてしまった落ち度は私にある。憎しみであの子が私を殺そうとも、それはあの子が私を裏切るのでは無い。先に私があの子を裏切ったのだ。だから、せめて抵抗はするまい。そう思うぐらい好きだった。


だからこそ、私達は一緒にいる訳にはいかなかった。いつも一緒に居れば、いつか私はあの子を押し倒す。その淡い桜色の唇を奪ってしまう。そんな確信にも似た予感があった。だから、あの子が進学に合わせて上京する際、私はついて行かなかった。一緒にルームシェアしようと誘われたにも関わらず。私は地元でやりたいことがあるからと、嘘をついてまで。あの子は悲しそうな顔をして居たけれど。


そこまでして遠ざけたにも関わらず、こうして電話をし続けるのは我ながら未練がましい気もする。それでも私は、せめて友達で居たかったから。だから私は週に一回、あの子に連絡する。今日空いてる?と。疼く気持ちに蓋をして。また会いたいと涙を流す内なる私を見ないふりして。明るい声を作って、今日も今日とて電話するのだ。愛してる。その言葉を飲み込んで。


「またいつか遊びに行こうよ。昔みたいにさ」


電話口の向こうの声に、そうだね、休みのタイミングがあったらね。そう叶わぬ約束を交わすのだ。



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この気持ちは私だけのもの 間川 レイ @tsuyomasu0418

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