第3話 混乱・オブ・偏差値80


「おはようっす、ぱっちーままちー」


「おはよう、蜷局子。太郎もおはよう」


「おはよう二人とも。今日は良い天気だぞー」


「……」


 俺は未だに呆然としながら、リビングにて自席についた。食卓には既に朝の料理が並べられており、対面には父さんと母さんが座っている。


「よっこい少佐」


「……」


 そして、隣には妹がいる。


 ひょっとしたら父さん母さんも、俺と同じくヘビ子の異変に気づくかもしれないと思ったが、そんな様子はない。本当にいつも通りだ。


「本当に、俺の頭がおかしくなってしまったのか……?」


「どうしたっすか兄貴?」


「ヒッ————」


 声をかけられて、思わず情けない悲鳴をあげてしまった。


 仕方がないだろう。ともすれば別人のように変わってしまった妹の姿を前にして、未だにどのような態度で接すれば良いのか分からないのだから。


「い、いや、なんでもないがっ?!」


「うーん、なんか怪しいっすねぇ……こっち見るっすよ兄貴ー」


「なんでだ?!なんで俺がお前如きを見なければいけないんだ!!」


「そう言わずにほら、こっち向くっすよ」


 耳元にヘビ子の息がかかる。


「近いっ!!近いぞヘビ子!!」


「ウチら兄妹っすよ?今更っすか?」


「ぐ、ぬっ」


 そうだ、俺とヘビ子は兄妹なのだ。なぜ今更顔面など気にしてこのように挙動不審になっているのか。


 いい加減に目を覚ますんだ、箆木太郎十七歳。


 どこの世界に妹の顔面を気にして態度に出す兄がいるだろうか?いや、ひょっとしたらいるかもしれないが、俺とヘビ子はそんなものではないだろう?なかったはずだ。


 そう、兄妹。兄妹なんだ。お互いの関係をよく思い出せ。顔が良かったからと言って、別にどうというわけもない。


 内心で弁を尽くしつつ、俺は平常心を取り戻す。


「ねーねー兄貴ー、いったいなんなんすかー?」


「———いや、なんでもないヘビ子。少し、今朝の悪夢を思い出していたんだ」


「そうなんすか?なんかそんな感じじゃなかったっすけど……」


 そう、もう大丈夫だ。


 たかが人間の顔。表面に現れる肌の凹凸に過ぎない。そんなものに心を振り回される必要なんてないんだ。


 俺は一呼吸をしてから、すっかり平常心を取り戻した。


「いやいや、本当に大丈夫なんだ。済まないな、少し悪口を口にしてしまったが……」


 俺はそう謝罪の言葉を口にする。


 目を見て伝えようとして、ヘビ子の方に顔を向けると。


「————本当に大丈夫なんすかね〜?」


 ニヤニヤ笑いながら目を細めてこちらを見ている、美の女神と対面した。その美しさに息を呑み、体が硬直する。


 俺は思わず、その場を立ち上がった。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!認めん!!認めんぞっ!!!」


「ちょ、どうしたのよ太郎!!急に!」


「太郎!食事中だぞ!!」


「うぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉ!!!」


「「太郎ー!!」」


 そのまま俺はダッシュで自分の荷物を纏め、食事にも手をつけないまま靴を履いて家を出た。


 朝日は煌々と己の目を焼くが、それでも先程の光景はハッキリと脳内に染み付いていた。


 ————まるで太陽みたいな笑顔だな。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁあっ!!!」


 俺は必死で頭を振り回しながら、全力疾走で早すぎる登校を決め込むのだった。


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