第2話 妹の顔面・オブ・偏差値???


 朝目を覚まして、俺はまず自分の目を疑った。


「どういうことだ?」


 自分はまず自室のベッドの上で横になっており、隣には勝手に自分の腕を枕代わりにして寝ている妹……ヘビ子がいる。本名は蜷局子というのだが、長いのでヘビ子だ。だが、それはまぁいい。


 問題は、そのヘビ子が信じられないくらい美しかったことだった。


「ありえない……」


 とうとう妹の頭の悪さが俺にまで伝染したのだろうか。昨日までは随分なアホヅラに見えていた妹の顔面がこうまで美化されているとは、まさか夢にも思わなかった。


 自分の腕を愛らしく抱いて寝ている姿など、何故か無性に庇護欲がそそられる。


 ありえない、冷静になれ。あの妹だぞ?


 拾い食いをして腹を壊した挙句、平然を装って我慢していたところ盛大に漏らしたあの妹だぞ?


 中学範囲の問題を一日八時間、俺が付きっきりで一ヶ月教えていながら、たったの一晩で全てを忘れて、赤点フルコースの上に土下座してきたあの妹だぞ?


 日がな一日グータラしていて、太っているとは言わないまでも、決してスレンダーとは言えない絶妙な体型を何故か誇りにしている運動嫌いのあの妹だぞ?


 いつもいつも家族や俺に迷惑しかかけない、バカでアホで何も考えていない脳内お花畑のあの———



 ……しかし、どれだけ否定しようとも現実は非常だった。


 どれだけ足掻いても顔が良い。


 その現実の前には、多少の欠点など些細な問題に見えてくるから不思議だ。


「クソッ、やはり世の中顔なのかッ!認めん、俺は認めんぞ……」

 

 これまでは妹の顔面なんぞ全く気にしたことがなかった。いや、誰であろうと顔面なんぞ気にしていなかったこの俺が、ただ顔が良いという事実に揺れ動かされていることに、どうしようもなく腹が立った。


 冷静になれ、冷静になれ、と一人心の中で呟いていると。


「……う、うーん」


 妹が目を覚ました。


 その声に、思わず胸をどきりと高ならせる。何故かその声までも妙に艶めかしく感じられる。


「……あれ、兄貴。起きてたんすか」


 猫のような仕草で、寝ぼけ眼を擦っている。何気ない仕草までも、非日常的なエフェクトがかかっているように映った。


「お、おう。おはよう……」


 パチリ、とその大きな瞳が開かれる。カーテンが開いていたのだろう、揺れた上体が丁度陽の光に照らされるようになって、その相貌を輝かしく浮かび上がらせた。


 ニヒッ、と、可愛らしくも無邪気な笑みが、その顔からこぼれた。


「————おはようっす、兄貴」


「ァ————」


 俺は思わず呆然となって、ただその姿を見ていることしか出来なかった。





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