井の外に出た蛙
詩葉灯
「笑」と「w」
井の中の蛙の蛙の部分をかえると読んで友達に笑われたことがある。とても恥ずかしい気持ちになったことを覚えてる。今日もそんな友達と通っている大学に向かう途中だった。こつこつこつこつと自分のリズムで足音を鳴らして、忙しい足取りの大人たちに度々抜かされていく。私の乗る駅はいつも決まって人が多くて、大量に乗って大量に降りていく。一限の授業に向かっているので今日は高校生が多い。
「次は~」
アナウンスが始まったタイミングでイヤホンをした。高校生がわーきゃーと世間話をしている。青春の渦中にいるキラキラな彼らの話に聞き耳を立てることはすごく失礼な気がして、今日はあまり聞きたい音楽はないけど、今日も欠かさずイヤホンをするのだ。気づけば私の目の前の席は空いていて、私はすかさず座る。下がっていく視点の中でこの席を狙っていたのにという顔に出ない悔しさが漂う女子高生がいた。心の中で謝罪する。でも伝わらないから意味はない。横取りしてしまった気分で、どこに顔を向ければいいのかもわからないので目を閉じることにした。
学校の最寄りの駅につく。ここに来ると公共の場というよりも私たちの大学の一部のような雰囲気が漂って、少しだけ安心する。かかりっぱなしの音楽も、ちょうど今の少し曇った空に合う落ち着いた音楽が流れ始める。今日もいい日になりそうだ。
どん!
「おーいまさと!おはよ!」
「なんやね、おはようー」
出鼻をくじかれたと言っても過言ではないタックルを後ろからたくみがしてきた。少しイラっとしたけど、しょうがない。私はいつものように冗談に返すようなそんな口調で返す。正直人といるのは疲れる節があるけれど、それはきっと贅沢な悩みだと思う。ここからはたくみと一緒に行動する。特になんの変哲もない日々が始まっていく。今日も自分でいるだけだ。
「そういえば俺さ、今度かすみちゃんとデート行くよ」
たくみが言い出す。
「はえーどこいくん」
なんの変哲もない日常だ。いつも通りこいつは誰かと恋愛してて、自分はそれを聞く。正直こいつはすごくモテるなといつも思う。頼りがいがあるし、すごく根明だ。入学初日に出会ってなければ関係はきっとできていなかったと思う。とは言っても私は初日から早々学校に遅刻しただけなのだが。彼曰く、こんな真面目な大学の典型みたいな場所でそんな感じのやつがいるとは思わなかったから面白くて声をかけたらしい。
「まさとはないの?なんか」
「俺はあんま合いそうな人がいないからな」
「確かに!お前ってなんか天才肌な感じだからな」
全く違う。正直な話、私はとても抜けているし、この大学に入ったのも運と言っても過言ではない。たくみみたいに根明でもなければ、これと言って得意ではない。欠点があってもしょうがないと思ってもらうため、自分を守るために、少し変わってるみたいなブランディングをしているだけなのだ。私はいつもハートのダイヤ型の大きめなピアスをして、柄のシャツに少しシルエットが大きいズボンを履く。髪の毛も前髪だけが黒の金髪で、指輪も両手に二個ずつつけている。これを入学のときから欠かしていない。そしていつも眠そうな顔をしながら適当に本を読んで過ごす。別に何も才覚に恵まれているわけではない。ずっとずっと嘘をつき続けている。
「そいや、お前のこと気になってるみたいなことさなが言ってたよ」
「さなって誰?」
知らない名前が飛んできて少し戸惑った。でもまあ、モテてるってことなら現役男子大学生としては本望だろう。
「インスタ交換したいらしいんだけど教えてもいい?」
「いいよ」
二つ返事で了承した。
sanaからフォローリクエストが届いています
食堂でご飯を食べてる最中に、ふと見ると待ち受けの画像にぽつんと通知が光っている。私は慣れた手つきで承認し、フォローバックをし、リクエスト済みの表示を見た。二分も経たないうちに承認された。
「来た?さなからフォロー」
「来た来た」
「どんな人なん」
「まあ」
たくみとそんな会話をしてると、右肩から繊細なタッチの振動が伝わった。
つんつん
「お!さなじゃん!」
「やっほー君がまさとくんだよね」
呆気にとられていると、彼女は微笑んで、たくみと談笑して席に帰っていく。
「じゃあまさとくんばいばい」
にやにやしながらそそくさと歩き出していった。初めて顔を見たとき感じたことは、すごく上品というか、どこか大人びた顔をしてた。でもどこかで見たことある気もする。この人が自分を気になっているのか。
「次の授業なんやっけ」
たくみに聞く。
「経済学だよ、あ!てかさなも一緒だよ」
そして思い出す。たくみといつも話してたあの女子か。顔は見たものの友達の友達が苦手な私は特に話したことはない。たくみと同じですごく根明だと思っていた。
「そろそろ行くか」
たくみのその一言で私も立ち上がる。席はとってくれてるらしい。本当にありがたい。教室につくと彼の飲みかけのペットボトルが後ろの席にぽつんと置いてあった。そこに座って教科書を置く。これは読むためのものではなく、枕にするためだ。経済学の授業は全学部の生徒が集まるタイプの授業で、経済学を含む学部にはない学問の授業のうち一つは履修しなければいけないのだ。そしてこの授業はいわゆる楽単で、出席してレポートを書く。そんなことだけで単位をいただけるのだ。授業を受けてる多くのものは他ごとをやっている。
sana:ねえねえこの授業眠くない?www
早速他ごと第一号のお出ましだった。意外にもあの見た目で英語で笑うタイプなんだなと思った。自分も早速返した。
〔たしかし、さなちゃんはどこ学部なん〕
こんな感じで他愛もない会話が始まる。別に特別でもなんでもないただの初対面の会話だ。ただわかったこともあって、彼女は心理学部で、たくみと同じバレーボールサークルに入っている。そしてなんとなくだが文章は言葉遣いから、愛されて育ったタイプだなと感じた。私とは違って正直で素直な人間だ。私はまだ嘘をつき続けている。
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