[お試し] 最弱転生。スライムが本当に弱いなんて聞いていない!!

行記(yuki)

#001 たぶんスライム

 俺は何処にでもいる冴えないオタク男子だった。いちおう、それなりに勉強は出来たけど、そのくらい。運動はからきしで、なによりコミュ障だった。そう…………冴えない人生だった。


「………………」


 一面の闇と地面の感触。目が見えないというより、視界がない。これが死後の世界なのか? それにしては意識はハッキリしているし、地面の感触はリアルそのものだ。


 まぁ、ほかにやれることも無いし、地面づたいに進んでみよう。


「……!?(ムシャムシャムシャ)」


 感触を頼りに周囲の状況をイメージする。これは土。こっちはよく分からないが小さな草。お腹? に抱え込んでモゾモゾしていると、そのうち千切れて体の中に流れ込んでくる。これがナメクジなら分かりにくいだけで口や足にあたる部位はあるはずなのだが…………あいにくそれらしいものは知覚できない。


 そう、たとえるならこの体は…………ゲームではお馴染みの謎生物"スライム"だ。仮にスライムに転生したとしよう。なぜ、記憶が残っているかは謎だが、否定したところで状況が進展するでもなし。それ以外に出来ることも無いので検証を続ける。


「(ジャリジャリ)」


 ここは異世界で、転生したのがスライム。状況からしてモンスター界の底辺なのだろう。しかし悲観することはない。スライムと言えば可能性の化け物ケモノ。こうして小石を取り込み消化していけば防御力が上がり、ゆくゆくは毒や魔力を……。


「(ジャリジャリジャリジャリ)」


 おかしいな、消化できない。これはアレだ、消化能力の限界。消化できないのだから取り込めていない。すなわち進化もしない。


「(ムシャコラムシャコラムシャコラ)」


 ちょっと焦りすぎたようだ。たしかにノーマルスライムがいきなり岩とか食べだしたら地形が大変なことになってしまう。まずは雑草からはじめて、基本能力を向上させる。そこから薬草や毒草を取り込んで徐々にステップアップしていく。そう、なにごとも順番なのだ。


「!!!!…………」


 そんなことを考えていた矢先、体に異物が入り込む不快感と共に意識が遠のいていく。これは…………死…………なの、だ、ろう。





「…………………………」


 おはようございます。で、いいのだろうか? また意識が覚醒した。相変わらず暗闇と地面だけの世界だが、消化したはずの雑草の感触が無くなっている。死に戻りか、あるいは別のスライムに再転生したか。1つ確かなのは、俺は死んで(転生して)も前世の記憶を失わないようだ。


「(ムシャムシャ)」


 だからといって他に選択肢があるでもなし、ひとまず雑草の捕食をつづける。俺のオタク知識が正しければ、序盤のブレイクスルーイベントまでは地味な作業になりがち。ここは根気よく続けていくしかない。


「!!!!…………」


 ざっけんな!!!! 突然死ぬとか、なんてクソゲー…………、だ、よ……。





 あれから3年の月日が流れた。当初はクソゲーと嘆いた時期もあったが…………この世界は夢やゲームではない。紛れもない、正に現実クソゲーオブザイヤー


 見えない敵から数日逃れて雑草を捕食し続けられたこともあるが、少なくとも数日程度ではレベルアップしない。冬だと思うが、寒くて体が思うように動かなくなる季節も乗り越えた。しかしその間も結局変化なし。そして数日後に訪れる『突然の死!!』を繰り返す。そして冬を3回乗り越えたので、今は3年目ってことにしている。


「(ムシャムシャムシャムシャ)」


 いちおう、まったく成果がなかったわけでもない。俺が転生を繰り返しているこの世界は、壁と川、そして林らしきエリアに囲まれている。壁はどうにもならないが、川に落ちるといっきに移動できる。しかしそこから先は運任せ。激流にもまれるだけで出来ることは無く、気づいたら死んでいる。たぶん、水を取り込みすぎて体が脆くなったのだろう。岩にぶつかるか、あるいは魚に食われたか、陸に打ちあげられて自重で崩れた可能性もある。


 そして林だが、現状一番可能性を感じているパターンだ。隠れる場所が多く、木の実らしきものを見つけたこともある。しかし野犬か何かだろうが、あるていど行くと食い殺されて終わる。たぶん、奥に行き過ぎてはダメなのだ。綱渡りではあるが、林の入り口付近で栄養価の高いものを効率的に摂取できれば……。


「あきらめて、酒場とかで働けば?」

「うぅ、向いていないのは分かっているけど…………そういうお仕事は、やっぱり」

「何言っているの、それだけの武器をぶら下げておいて」

「それ! そういうのが、苦手なの!!」




 そう、3年目の春、俺は彼女に出会った。

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