貴方から欲しいの。貴方にあげたいの。

dede

それぞれの結末


 リョースケ君は家を出ると晴れた空を見上げ口から大きく白い息を吐いた。そして制服の上に羽織ったコートの、最後まで残していた襟元のボタンをとめた。その様子を見ていた私に気がつくと、リョースケ君は怪訝な表情を浮かべる。

「どうしたの?」

『寒そうだなーって』

「アカネほどじゃない」

『私はほら、風の子だから。寒いのなんてへっちゃら』

 そう言って私は空中で一回転する。まあ、実際寒さも暑さも感じないから問題ない。

「パンツ見えるぞ?」

 私は慌てて足を閉じてスカートを押さえるとリョースケ君を睨む。

『えっち』

「見えてない。見えそうなだけ。服どうにかならないの? ホント寒そうなんだけど?」

『ムリだよ、この服しかないんだから』

 私がリョースケ君の前に現れたのが9月末頃。服装もちょうどその頃の服だったんだけど。その恰好でこの時期に外出は確かに寒そうだなと自分でも思う。でも私は寒くないし。見えるのはリョースケ君だけだからなー、リョースケ君だけが我慢すれば済む話だよ。文句言われても変えられないもんは変えられないしね。

『リョースケ君、紙袋持った?』

「持ってない。なんで?」

『チョコ、いっぱい貰えるとイイね』

 私はクスクス笑う。リョースケ君は眉を顰めた。

「ケータじゃあるまいし」

 そうして私たちはいつも通りに、最寄り駅へと向かった。


 私たちは学校の最寄り駅に下りると改札付近で紙袋を持ったケータ君と合流した。

『アハハハハ』

「……ケータ、その紙袋って、どうした?」

「ん? だってないと困るだろ?」

 やっぱりケータ君は楽しいなぁ。本人の言う通りちゃんとイケメンなのにね。なんでこんなに残念なんだろ。でもほら、きっとそのうち良さが分かるイイコが現れるって。紙袋いっぱいになるほど今日現れるとは思わないけど。

 そんな空中でお腹を抱えていた私を、リョースケ君はキッと睨みつけた。友達の事を笑われて嫌な気分になったらしい。いや、でもさ。こんなのムリだって。

「リョースケどうした? 空睨んで」

「いや、日差しが眩しくて」

「ん? ああ、いい天気だよな。今日はいい日になるよ」

 ほんと、そうなるといいね、二人とも。


「おお、やったーーーっ!!」

 教室に座るなり絶叫を上げるケータ君。その手には可愛くラッピングされた包みがあった。波が引くように一瞬の静寂に教室は包まれた後、唐突にざわめきが場を満たした。

「手品か?」

「ちげーよ!?机の中に入ってたんだよ! これもう、俺へのチョコで間違いないよな! よな!」

「おお、おめでとう。良かったじゃんか」

「ありがとう、リョースケ。お前やっぱいいヤツだな」

 そうやって二人して和やかな雰囲気を作っている。

「誰かな?」

「分かるモノないの?」

「うーん、なさそうだな。きっとシャイなコなんだな。でもすごい嬉しかった」

 そう二人は話し合っているけど、私はさっきよりも高く浮かんで教室内を見渡す。教室の皆がケータ君に注目している中、一人だけ机に突っ伏しているコがいた。私はそのコの事を知っている。いつもなら一番ケータ君に注目してるだろうに、あからさまに普段とは違う行動。私はひっそりとそのコに近づく。まあ、見えないんだけど。間近で見るそのコは腕で顔を隠しているが、覗かせている耳は真っ赤だ。

『無事にチョコを渡せて良かったね。次はもっと仲良くなれるといいね』

 私はそう声を掛けるとその場を離れた。リョースケ君は、そんな私を目の端では追っていたけど私の行動に何も言わなかった。


 私は幽霊なんだと思っているが正直自信がない。9月以前の記憶がないからだ。幽霊なら生前というものがあったハズなんだけども、とんと覚えがない。浮いてるし透けてるしリョースケ君からしか見えない。なんと霊っっぽい。だから幽霊だと思うんだけども。9月に突然現れた何かという可能性もある。『夏に矢が刺さらなかった?』とリョースケ君に聞いたら刺さらなかったという回答を貰ったのでスタンドではないと思うのだけど。

結局なんでもいいんだけどね。自分という意識があって、今が結構楽しいからさ。学校も試験もなんにもないしね。あ、学校には来てるか。

「瑞姫さん、ちょっと、いい?」

「え、ヤダ」

「ちょっと瑞姫。さすがにそれはあんまりじゃないですか?」

 教室の入り口で、瑞姫さんを呼び出す他のクラスの女子。それを断る瑞姫さんにそれを諫める夕子さん。夕子さんは、教室の入り口で意気消沈している女子に申し訳なさそうにしている。

「でも夕子」

「お話を受けるにせよ、断るにせよ、お話は聞かないとダメですよ」

「それは、命令?」

「違います。命令でもお願いでもないです。でも私は嫌いです」

 すると、一瞬瑞姫さんはシュンと項垂れる。けれどもすぐ立ち直すと

「わかった。ちょっと行ってくる」

「はい。行ってらっしゃい瑞姫」

 瑞姫さんは夕子さんから離れると、呼び出した女の子と一緒に廊下に出て行った。一人教室に残された夕子さん。

「……私も何様のつもりで偉そうに瑞姫に言っているのでしょうか」

 その呟きを、近くでふよふよ浮いていた私の耳だけが拾いあげた。私は、リョースケ君に手を上げて大きく振った。するとそれはリョースケ君の目に止まり、コチラに体を向けてくれた。リョースケ君と夕子さんの2人の目が合いました。

「……」

 少し考える素振りを見せたかと思うと、意を決した様子の夕子さんはリョースケ君に近づいていった。

「どうしたの?」

「あの、リョースケ君は実習の時にチョコレート上手に出来てましたよね? 私に上手に作るコツ、教えてはくれないでしょうか?」

 その申し出にリョースケ君は戸惑っていました。

「構わないけど、瑞姫さんの方が絶対上手だよ」

「瑞姫には聞けないのです」

 返答に困ったリョースケ君は私に救いを求めて縋るように見上げてきた。まったく、仕方ないなぁ。私はリョースケ君の横に降り立つと、こっそりと耳打ちした。元々誰にも聞こえないけどまあ、そこは気分で。

『あのね、こう伝えてくれる? 上手に……』

「上手に作ろうなんて考えなくていいんじゃない? 夕子さんが作って相手に渡せたら、もうそれで十分だよ」

「え、いや、でも。美味しくないと、喜んで貰えないですし」

 そうじゃないんだよなぁ。その気持ちはとても大事なものだけど。ちらりとケータ君の方を見る。とても嬉しそうに今朝貰ったチョコを自慢していた。自慢している相手を見る。それ作ったの、そのコなんだけど。何やってるんだアイツ。まあ、当人楽しそうだからいいんだけどさ。

『バレンタインのチョコってそうじゃないんだよ。誰が誰にあげるか。美味しいかどうかなんてそれに比べたら大したことないんだよ』

「バレンタインのチョコって、誰が誰にあげるかが大事なんだよ。だから味が心配で手渡せないなんて……勿体ないよ。上手くできなかったって手作りに文句をつけるなんてこと、絶対ないって」

 む。勝手にアレンジ入れおったな。あれだけ素直だった我が弟子が反抗期になったか。

「おーい、コーヘー。ちょっといいか?」

「ん? なんか用? お、珍しい組み合わせだな」

 呼ばれたコーヘー君は、リョースケ君と夕子さんという変わった組み合わせに楽しそうにしていた。

「あのさ、お前50代ベテラン・イケメン・ショコラティエのチョコと彼女のテンパリングに失敗して油分と分離したチョコとどっちが食べたい?」

「テンパリングが何か分からんけど彼女のに決まってるだろ。メイのチョコ普通に美味いけどな?」

「な? ま、こんなもんだよ」

「……だとしても、少しでもちゃんとしたものをあげたいと言いますか」

「あ、だったらさ。一緒に作ってみたら?」

 煮え切らない態度の夕子さんにコーヘー君が提案した。

「一緒に、ですか?」

「そうそう。俺もそのうち一緒にチョコ作ろうって約束してるんだ。楽しそうだろ?」

「それ、いいですね。参考にさせて貰います。お二人とも、ありがとうございました」

 話し始める前より、少しだけ前向きな表情になった夕子さんは二人にペコリと頭を下げると教室から出て行った。きっと瑞姫さんを迎えに行ったのだろう。

「てか、メイさん元気?」

「元気元気。そういえば、お前がチョコ上手だって聞いて驚いてたわ」

「いや、なに二人でいる時に俺の事を話してるんだよ。もっと別な事話せよ?」

「話してるよ。でもたまには俺らに話題提供してくれてもいいだろ?」

 そう言ってコーヘー君も自分の席に戻って行った。

『ってか、メイさんって誰?』

(コーヘーの彼女。昔同じ学校だったんだけど、引っ越しちゃって)

『え、コーヘー君って遠距離なの?』

(そうそう)

『へぇ、やるねぇ』

(やるよねー)

『ちなみにどっちから告白したの?』

(知らね)


 お昼休み。いつものように教室をフワフワ漂って、クラスの子たちの話を聞き流していた。バレンタイン当日だけあって、デザートにチョコを食べてるグループも多そうだ。そんな中、異質な一角があった。

「あんまん、作ってきたけど食べる?」

 あんまん!?私は耳を疑った。なぜあんまん。よりにもよってバレンタインにあんまん。手作りあんまん。

「え、これ手作りなの? すごいねモナコ」

「ま、まあね」

 サーモスの保温弁当箱から取り出したばかりのあんまんは、真ん中からパカリと割るとまだ中から湯気を立てていた。

「おいしそー」

 そしてパクリと頬張る。

「おいしー」

「よかった」

 モナコと呼ばれた女の子は安堵の表情を浮かべる。って、え? リアクションがまんまチョコなんだけど、え、本当にチョコの代わりなの? 何で? バレンタインにあんまん。益々思考が混乱する。そんな私をよそに、会話は続いていく。

「もしかして気を遣っちゃった? 私がチョコ嫌いって言ったから……ありがとね、モナコ」

 チョコ嫌いな女子、キターーー!!私は急いでリョースケ君の元に舞い戻る。

『ちょっとちょっと、リョースケ君聞いてよ!』

(なんだよ?)

『チョコ嫌いな女子、発見!』

(え、ホントにいたんだ)

『ねえ、リョースケ君聞いてくれる?』

(なにを?)

『どんなトラウマを……』

(聞けるかよ)


 そんなこんなであっという間に放課後になった。

『ねえ、聞いてよー』

(聞けないって)

「なあ、ホント帰るのかリョースケ?」

 帰ろうとするリョースケ君にケータ君は不服そうだ。まだ声を掛けそびれてる女子を案じてもう少し舎内をうろつきたいらしい。ちなみに紙袋の中のチョコは一つだけ。うん、こういうのは数じゃないんだよ、ケータ君。ナンバーワンがオンリーワンで貰えてればそれで十分じゃないの。

 そういうリョースケ君はゼロ個。この調子だと、おうちに帰っても調理実習で作った自分のチョコを齧るだけになりそう。やーい、カワイソカワイソ。ま、仕方ない。可哀そうだから、来年があるよと帰ったら私が励ましてあげるか。そのうちイイコが現れるよきっと。いつになるかは分からないけどね? フフフ。

 そんな事を考えてたら、リョースケ君はケータ君にそっけなく

「ムリして一緒に帰らなくていいんだぞ?」

 ケータ君は随分迷う素振りを見せたけどやがて玄関へと歩き出した。

「いや、俺ももう帰る。外にも俺にチョコを渡したい女子が待ってるかもしれないから」

 呆れたものである。でも羨ましい。私もそこまで前向きになりたいものだ。まあ、これぐらいの気概じゃないと紙袋を持ってこないか。

 そんな訳でリョースケ君とケータ君はまだ浮ついた空気のままの学校から抜け出そうと校門に向かった。そんな二人の後ろを私はフワフワついて行く。


「……あ、あの! ちょっとお時間よろしいですか!」


 校門を潜り抜けた二人を、呼び止める声があった。声の方を見ると、他校の制服に身を包んだ、女の子だった。ケータ君が嬉しそうに自分を指差した。ま、まさかの2個目だと!?

 彼女は申し訳なさそうに言った。


「あ、ごめんなさい。そのお隣りの方です」


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