ほら吹き男
黒心
都市の酒場
「いらっしゃい。何を飲む?」
「これで飲めるものを」
「あぁいいよ。綺麗な剣だ」
「ちっ……あの男は」
「竜の卵を持っているらしい。それをここで売ろうとしてるんだよ。興味があるなら買えばいい。まぁ、嘘だろう」
「聞いたことが無い」
「かれこれ四十年酒場をやってるが竜の卵を盗んだ武勇伝はついぞ聞かなかった。先に売る話を聞くとは、運命は数奇なものだぁね」
「ぼろいな。商人崩れか?」
「有名な詐欺師さ。泣いた婆さんに殺されても仕方ない男だよ」
「戦争で負けた方ってことか。あの男も難儀なものだ」
「傭兵さんも商売あがったりじゃないか。せっかく稼げるのに王が逃げて」
「くそったれめ。今頃断頭台で地面に口づけしてる頃だろう。金も何も払わずにな。死んだ兵も浮かばれねぇよ……ふんっ。全く酔わない酒だ」
「生憎、全部王様に収めた後だよ」
「どうりで人がいないわけだ。お互いさまってやつかな」
「だろうね」
「それにしても、竜か」
「買うかい?」
「まさか。あの男の、その懐に入れる金は一シベルだってない」
「ふむ」
「まぁ話の種にでもして貰えたら嬉しいね。竜の卵を俺は一回だけ見たって話だ」
「それは、ほら話ぐらいには」
「ははっ、構わないさ。俺も今日思い出したんだ」
「似てるのかい。あの卵」
「全くだ。もっと明るかった。白くて、青くて、そして輝いてた」
「輝く?」
「模様が浮き上がって見えるんだ。まさに、このパクチーみたいに」
「……水面が卵の表面ってことだね」
「そんなところだ」
「どこでみた」
「森の奥の湖さ。ガキんちょのときはそれが俺だけのもの思ってたのさ、馬鹿なもんだ。この世で他人が握ってない物なんてないのにな」
「そこに竜が居たと?」
「いなかった。あるのはさっき言った綺麗な卵。ちっこくて、潰せば小気味いい音でも奏でてくれそうだった」
「竜の卵かい、それは」
「だからほら吹きなんだ。俺は竜だと思ってたが、結局竜は現れなかった。卵もそのまま、放置だ」
「でも、竜と確信している」
「もちろん」
「ほう」
「あの詐欺師よりも〝らしい〟だろ?」
「なるほど。確かにあの男よりも〝よっぽど〟」
「酒に酔ってたら、あり得ねぇって笑い飛ばしてくれるんだけどな」
「これも王のせいですかな」
「あぁ、王のせいにしちまおう」
「……さてと、このくっせぇやつも終わりだ。じゃあな」
「次はちゃんと酒を用意する」
「楽しみにしてる、へっ」
「最後の聞きたいことが……」
「なんだ?」
「竜は見たこと、あるのかい」
「……ある。これは本当だ。噂よりも随分ちっせぇやつをな」
ほら吹き男 黒心 @seishei
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