ブラックサンタのホワイトクリスマス

渡貫とゐち

サンタクロース多忙。


 ソリに乗った荷物の山。

 山……どころかタワーになっているプレゼントたち。

 十二月二十四日の深夜から、二十五日の朝にかけて子供たちに配る予定のプレゼントだ。


 ぐらぐらと左右に揺れているが、絶妙なバランスで倒れないプレゼントのタワーを前にして、(オフィス)サンタクロース所属の青年が頭を抱えた。



「去年より増えてやがる……っ」

「え? 全然、減ってるじゃん。これを配ればいいんでしょ? 楽勝らくしょー」


 小麦色の角を生やした女性だった。

 ややくすんだ金色の髪を下ろした彼女は、運び屋のトナカイ族である。

 首に輪と鈴をつけたナンバー持ちだ。


 積もった雪で作った雪ダルマ(下半身のみ)――に腰を下ろし、冷えた両手をふーふーと息を吹きかけ温めている。

 トナカイ族は寒さに強いと言われているが、温室育ちの彼女たち世代は肌寒い程度の秋でも寒がっている。

 冬に堪えられるわけもないのだ。


「……去年は途中参加だったよな……新人のトナカイが増援で手伝ってくれて――そんなお前に現実を見せてやる。このタワーがあと三つ、倉庫にある……一回の出撃で全部を配り切れると思うなよ……?」


「うぇ、……マジ?」

「マジ。大真面目に、これは終わらねえんじゃねえかと思うぞ」


 サンタクロース同士で協力をしても終わるかどうかは怪しいものだ。

 数十年前までは少子化だったようで、子供の数も少なかった。だから現在、管理職を担っている元サンタクロースたちは、当時の現場を基準にしてしまっている。


 多少プレゼントが増えたところで兄弟の分だ、とでも思っているのか。

 向かう家の数はそう変わらない、と思い込んでいれば、次から次へと仕事を振ってくるのも分かる。


 実際は、子供が増えたことで、任された地域の全ての家にプレゼントを置いていくレベルで、全員が子連れの家族だ。


 プレゼントが増える=足を踏み入れる家が増えるということでもある。

 親は知っているため、セキュリティ面は心配ないが、最も警戒するべきは子供だ。

 サンタクロースを見るためになかなか寝付かない子供に、バレないように枕元へプレゼントを置かなければいけない……。


 そのため、一軒一軒にかかる時間が長くコストも高い。

 いくら分担作業、協力前提とは言え、仕事を受け過ぎている……。


 本社の目の前でピザ屋がパンクしていたところを見ていなかったのか?

 ニュースにもなっていたし、話題にもなっていた。

 あれを見ていながら「うちは大丈夫」と思っているなら考えが甘いだろう。


「ラキくん……どうするの?」


 角ありお姉さんの不安そうな声に、サンタクロースの青年ラキは、考えた結果、やっぱりどうしようもないので上司に相談することにした。



 ――現場でなんとかしろ、とのことだったので、つまり増援は望めなかった。

 ちくしょう、と吐き捨ててから電話を切る。聞かせたのはわざとだった。


「もういっそ、ふたりで大怪我でもするか? 疲労困憊で事故を起こしました、という前例を作れば改善されるかもしれないぞ」

「雪が赤く染まるのはダメよ!」


「あ、もしかしてサンタクロースのこの赤色って、事故って血が出てもバレないようにっていう……、はは、先見の明があるなあ……」

「怖いこと言わないでよ! あとその先見の明があるなら、事故が起きないような安全性をソリにつけるべきじゃないかしら!?」


 現場を知らない上層部が、ソリにそんなものをつけるわけがなかった。

 自分たちは無事故で達成できていたのだからできるだろう? という理屈だろう。


 昔と今は違う、と言っても「あーはいはい」とあしらうのが上の世代だ。

 ……我々が苦しんだのに若い人間が楽をするのはなんか嫌だ、という気持ちもあるのだろう……、それを崩すのは至難の業だ。


 少なくとも、個人がつついて崩せるわがままの山ではない。


「やるしかねえな……。――セナ、地図の確認をしよう、一歩のミスが大幅なロスだ。雪で滑るからその対策もしねえとな」

「子供が起きてた時はどうするの?」


「親が協力してくれてるはずだから、寝てるだろう……そう思っておく。それでも起きてるなら吹き矢で眠らせる。できれば使いたくないが……。見られた場合も、薬品を嗅がせて記憶を抹消する。子供の夢を壊すのは一番避けるべきだ。そのためなら、多少の体への悪影響も仕方ない……、と言っても、薬の濃度は薄くしろよ、濃いままの薬品だと嗅いだ瞬間に、子供は自我を飛ばすからな」


「そんなものを持ってるの、サンタクロースって……?」


 彼らが持っているなら、過去のサンタクロースも持っていたことになる。

 枕元にプレゼントが置かれていた経験は多い。いつしか、サンタクロースは家にこなくなっていたが、きていた頃はみな、危なっかしい薬品を持っていたのだろう。

 ……そう考えるとゾッとする。


 もしかしたら今の自分は、薬品で自我が飛んだ後なのかもしれない……。

 ……まさかね、とトナカイのセナが角を振る。


「さて、どういうルートで配るか。さっきまで下見をしてくれていたトナカイたちから連絡がきた。かなり雪が積もってるらしい。それに、去年よりも足場が滑りやすいそうだぜ」


 滑り止めの靴、防寒を用意していくしか対処法はなかった。

 それに、どれだけ対策をしても現場で結果が変わることもある。それが当たり前だ。

 ふたりは咄嗟の判断で動かなければならない。

 高いアドリブ力を求められるのは、ソリを引いて走るセナの方だ。


「が、がんばるね!」

「それは当然のことだよ」

「つ、冷たい……! 不安な私を乗せてほしいよぉっ」


「冷たいのは雪だからだし、乗せてほしいのは俺の方だ。ほら、ルートを決めたんだからプレゼントの積み方を変えるぞ。配る予定のプレゼントが最下層にあるとか最悪だからな」



 そして、二十四日の夜――サンタクロースたちが一斉に動き出す。


 タワーのように積まれたプレゼントを各家庭へ届ける。バレないように子供たちの枕元へ。

 子供が起きてしまったり、足を滑らせたセナが屋根から落下したりとアクシデントがあったが、二十五日の早朝――

 ソリに積んだ分のプレゼントを配り終えることができた。できたが……、


「ぁあ? あぁ……分かった、手伝う……」

「ラキくん!? 私もう足が限界なんだけど!!」

「あと十件もねえ、働くぞ、セナ。子供たちの笑顔のために!!」

「子供たちが笑っても私は泣きたいんだけどぉーっ、うわぁあん!!」


 泣きながらソリを引くトナカイと、

 舌打ちばかりのサンタクロースがラストスパートをかけて働いた。



 そして、本当の本当に、全てのプレゼントを配り終えた。

 雪の上で大の字で寝転がるふたり……サンタクロースとトナカイ。

 もう、背中が冷たいとか考えられなくなっていた。


「頭がおかしいわよ、なによあの量……。そうよ、原因は、子供が多いからなのよ、どんだけ男女がずこばこやってんのよ……。…………ほんと、私なにやってんだろ……」

「仕事だよ。一年に一回の大仕事、金がたんまり入るんだからいいだろ?」


「割りに合わない」

「じゃあ来年からは辞めればいい」


「できないの。私はナンバー持ちだから」

「カッコいいように言ってるけど、それ単純に奴隷みたいなもんだからな?」


 借金返済のために労働から逃げられなくするための拘束であって、昔ながらの「なにをされても文句を言えない奴隷」ではないが。


 彼女にだってちゃんと人権があるのだ。


「ラキくん……また来年もこんな感じなのかな……?」

「さあな。子供がまとまって死ぬことがあれば、数は減るけどな……。仕事量が減っても国の未来がなくなる。望むことじゃねえな」

「だよねー……」


 太陽が元気になり、通勤が始まる時間帯だった。

 セナをソリに乗せ、ラキが引く。

 しばらく休みなのに、テンションがまったく上がらないのは、既に来年の仕事を考えてしまうからだ。


 今年はギリギリの仕事だった。

 じゃあ来年は? 子供が増えていれば確実にタイムオーバーするだろう。


 ……が、来年は来年で、ソリがグレードアップしている可能性もあるから、必ずしも今年と同じ物量と効率とは言えないけれど……。

 未来は分からないが、今から来年のことを考えて億劫であるのは変わらない。


「扉の前に置き配ができればいいのにね……」

「昔はしてたみたいだけどな……盗まれるからダメなんだよ。もうさ、事前にプレゼントを親に渡しておいて、寝かしつけた親がそのまま子供の枕元に置けばいいんじゃないのか?」

「それは風情がないんじゃないかしらね」


 と、雑談の中でなにげなく言った提案だったが…………あれ?

 止まったソリ。

 起き上がったセナが、ラキの両肩に飛びついた。


「今の!」

「……あぁ、なんとなくで言ったつもりだったが……アリじゃないか?」


 サンタクロースという職業が消える可能性もあるが……だが、キャラクターは保ちながら、プレゼントを置く行為を親に任せるだけならば。

 サンタクロースは今まで通り、子供たちに夢を与える仕事をすればいい。

 それだけに専念できるとも言えた。


 これが実現すれば、毎年毎年、冗談みたいな量のプレゼントを届ける手間もなくなる。

 二十六日にサンタクロースが大量に消えていくこともないだろう。


 サンタクロースは、子供たちに夢だけを見せるという、原点回帰ができる――



「……よし、上に提案してみるか」

「でも、昨日みたいに一蹴される可能性もあるんじゃない?」

「かもな……でも」


 世界には法律がある。

 労働者を守る法律も――あるのだ。


「今まではめんどうで目を通していなかったが、武器になるなら読み込む必要がある……一年もあれば大企業と戦える戦略のひとつやふたつ、作れるってもんだ――」



 そして、一年後の十二月二十四日のことだった。

 今年が最後のサンタクロース……。


 ラキの戦いは四苦八苦の末に勝利を掴み取り、サンタクロースの多忙は解消された。されたのだが――、

 今年だけは、最後の地獄を味わうことになるのだった。



「ラキくん去年より増えてるんだけどっ、これ本当に終わるのかなあ!?」

「終わらせるんだよ――今年で最後なんだ、有終の美を飾ってやるッッ!!」

「ラキくん目ぇキマっちゃってるよ!?」



 やがて、サンタクロースは空想上の存在になっていく――――




 …おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブラックサンタのホワイトクリスマス 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説