第25話 皇帝の刃

 イツトラコリウキがテスカトリポカを大きく弾き飛ばすと、視線を少しばかりこちらに向ける。

「ノア・ダンブライトの子飼いよ、大事ないか?」

 通信越しに聞こえた声と、ノアの名前が皇帝の口から出た事に驚く。少なくともそれを知っている人間は限られているはず。

「なんでそれを? というかその声!」

 その声は街で出会ったフードの人物と同じだった。

「今はそれは良い。集中せよ、相手は化け物だ」

「はい!」

 腰部にマウントされていた刀を投げ渡してくる。それを慌てて受け取った。

「使え。あの爪ならそれで十分だ」

「ありがとうございます」


「ハハハ……随分と成長したもんだなァリン。邪魔立てするなら、お前も容赦なく!」

「貴方とこんな再会は望んでいなかったのだがな……だが国の為、切り伏せる!」

 急速にモーターが回転する甲高い音が響く。それと同時にイツトラコリウキの各排熱口から白いモヤが発生する。

「『凍てつく戦乙女ヴァルキュリア』の白い息!」

 生死がかかっている状況ではあるが、一生見る機会など得られないはずの皇帝機の駆動に目移りしてしまう。

 頭の中の知識が本のページを開くように浮かび上がる。

 イツトラコリウキは、統一戦争時期に作られた機体の中で比較的新しい神機。特徴としては従来のGAシステムより増強された後期型のエンジンによって高いエネルギーゲインを誇っている。

 しかし同時にそれを冷却するシステムを強大にせねばならず、冷却の余剰が排熱口から漏れだし気温を下げ、霜すら発生させる為にそういった異名がついた。

 半ばプロパガンダ的だと揶揄する声もあるが、それでもこの機体が戦場の悪夢と呼ばれていた事を加味すれば、この異名も妥当だろう。


「オオォッ!」

 テスカトリポカの素早い爪の斬撃を、イツトラコリウキが双頭剣を回転させて一方の刀身で受け止める。

 そのまま右に回転しながらもう一方の刀身で攻撃を仕掛ける。

 だがそれは防がれ両者は鍔迫り合いに持ち込む。数秒の睨み合いの後、互いに間合いを開ける。

 白の神機と漆黒の神機が繰り広げる激しい剣戟、そこに横入りできる隙はない。

「格が違いすぎる……」

 本物の戦場を生き抜いてきたもの同士の戦い。こんなものからすれば、自分の不殺なんてのは甘ったれている。

 イツトラコリウキが、一直線に突撃してくるテスカトリポカの爪を再び受け止める。その隙間へと剣を引っ掛けると、遠くへと投げ飛ばす。

「せぇいっ!」

 空中に飛んでいく相手へと飛び上がり、速度で追いつく。そして追撃を加えんと双頭剣の側面を相手へと向けて振り下ろした。

「躊躇か? 側面じゃなければ殺せてただろうなァ、鈴!」

 しかしそれは防がれ、そのまま地面へと着地したテスカトリポカがこちらへと矛先を向ける。

「大人しく死ね、新人ニュービーィィ!」

「断るッ!!」

 振り下ろしに対し、刀を振り上げるようにして攻撃を弾く。

 金属のうねる音が響き、テスカトリポカの鋭い爪に傷が付く。

「ヤァッ!」

 叫びを上げながら、頭部を狙って横薙ぎに斬撃を繰り出す。

「舐めるな!」

 歪んだ破断音が響く。爪の甲で思いきり刀の側面を殴られ、切っ先が折れてしまった。

「折れたッ!?」

 間髪入れず迫る爪の先端、防御が間に合わない。今度こそやられる。

「終わりだ!」

「貴方がな!」

 あと数ミリというところで爪の先端が止まる。よく見ると自分とテスカトリポカの間を仕切るように、イツトラコリウキの双頭剣の刃が差し込まれていた。


「……チッ、つくづく運のいい温室育ちの新人ニュービーだ」

 テスカトリポカは腕を下ろすと、急旋回して後ろを向くと共に飛び立ってしまう。

「今は見逃してやる。だがな! お前を殺すまで、オレは地の果てまで追いかける!」

「ま、待てッ!」

 追いかけようと飛び上がろうとするが、イツトラコリウキに片手で制止される。

「やめよ。今追いかけるのは得策ではない」

「でも!」

 そう言っている間に、漆黒の神機の姿は消えてしまう。

「それにだ、優勝者がいなければ大会が終われぬであろう」

 駆動をほぼ停止したイツトラコリウキから、白い煙が一気に吹き出した。

「優勝者?」

「他ならぬお主だ。機転を活かし、死地に活路を見出して勇猛果敢に戦い、そして余が来るまでの時間を稼いだ。これで優勝でなければ誰がそうなろうか?」

「でも、僕にはそんな権利は」

 こんな形の優勝なんて正しくないはずだ。特にレツは一年間努力を注いできたのにこんな幕引きなんて、理不尽だ。

「いいや、キミは優勝すべきだ」

 辞そうとした自分に、レツの声が割り込む。

「レツさん!?」

「優勝は預けておく。あんな輩に背後を取られている時点で、私はキミに負けていただろう」

 その声に怨嗟や嫉妬は感じない。ただ混じり気のない賞賛があった。

「相手にここまで言わしめておいて、受け取らぬのは無礼になる。受け取っておけ」

「……はい」

「双方の合意は得た。審判よ、構わぬな?」

 数十秒の沈黙の後、号砲が鳴る。

「皇帝陛下及び両選手の合意の元、優勝を『スカーシルバー』とする!」

 審判の声の後、歓声が戻って来た。乱入事件があったにも関わらず、その声は今まで以上に大きい。

「乱入者によって一時期は危ぶまれたが、今ここに第十四回の優勝者が決定した! 初出場のダークホース『スカーシルバー』! この栄光にさらなる喝采を!」

 紆余曲折あったが、大会はそうして幕を閉じた。


 格納庫に戻ってヘルメットを外す。手の震えはなかったが、目の上を一筋の冷たい汗が撫でる。

「災難だったなウィッシュ、怪我がないようで良かった」

「はは……はい」

「皇帝直々に助太刀なんてそうそう無い。ある意味幸運だぞ」

 皇帝、その言葉が忘れかけていたさっきの疑問を思い出させる。

「あの、皇帝ってノアさんとどういう関係なんです?」

 ノアは反応に困る顔をした後、数秒頭を掻きむしり、さらに十秒程度沈黙してからもう一度口を開く。

「あー……なんだ。そのだな、うん。表彰式の後どうせ謁見するだろ? その時嫌でもわかる」

 苦虫を煮詰まらせたものに味蕾を浸したような顔。苦々しいを通り越して恥ずかしいとかそういった何かが滲み出ている。

「聞いてやるな。女絡みの男の過去は語りたくないものじゃよ」

 ククルカンのメンテナンス作業をしているナハイムも半ば薄笑いを浮かべながら言っている。

 何かしらまずいものを踏み抜いたのは間違いないのだろうが、今は知る由もなかった。


「第十四回大神機擂台賽優勝者、『スカーシルバー』! 貴君の優勝を祝して、これらを贈呈する」

 金属板に刻印された賞状と、優勝カップの二つがまず贈呈された。随分とレトロチックだが、優勝の重みそのものが伝わってくるような気がする。

「そして皇帝陛下に謁見し、願いを叶えていただく権利を得る!」

 皇帝へ謁見する権利、これが重要だった。

 オーロラのルーツを辿るため、帝国に入るためにもリョウゴクに行く必要がある。そのチケットとして必要なのだ。

 大舞台の上でそれを受け取るのは緊張しかない。何しろ観客の人数が人数だけに視線が妙に突き刺さる。

 舞台から降壇する際、係員らしき人物から声がかかる。

「皇帝陛下との謁見の際は大明宮においでください。『同伴者も連れてくるように』と言伝を預かっております」

「はい、わかりまし……あれ? いたら、ではなく?」

 誰かがいる前提の発言。格納庫では自分とは違い一人で参加していた選手もいた。だとするならそれは何かがおかしい。

「はい。一言一句間違いはございません」

「そ、そうですか」

 そそくさと裏手に戻り、言われたことを一言一句ノアに繰り返す。

「……名指しだな。俺宛の」

「本当にどういう関係なんですか」

「もうすぐ分かる。オーロラもつれていくから一旦キャリアーに戻るぞ」

 道を歩くノアはいつも以上にため息を吐いていた。

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