チョコレートフォンデュ
藤泉都理
チョコレートフォンデュ
「チョコレートフォンデュが食べたい」
「この世界にカカオはありませんよ」
「ふっふっふっふっふっ」
突如として異世界召喚されたものの勇者でもなければ聖女でもなく、元の世界に戻す方法が見つかるまではと城から放り出されては、城の近くの使われていない建物を宛がわれた少女二人の内の一人、あかりは胸元から一冊のメモ帳を取り出した。
何ですかそれは。
もう一人の少女、てんこは尋ねた。
カカオで作らないチョコレートの調理方法が書かれたメモ帳。
「私たちと同じく異世界召喚された人でさ。料理の腕を買われて城で料理人をしているらしいんだけど、その人から貰ったんだ。チョコレート以外にも色々載ってるよ」
「ああ。あの毎日朝と夜に私たちにご飯を持って来てくれる方。名前は確か。ゆうやさんでしたっけ」
「そうそう。ゆうやさんから貰ったんだ。暇だろうからもしやる事がなかったら作ってみないかって」
「まあ。確かに。安全安心な森の中の探索か、読書か、運動くらいしかやる事がありませんものね。町には何か騒ぎを起こしたら面倒だと許可が下りませんし」
「そうそう。で。どう? やってみない? 材料は全部森の中にあるんだって」
「そうですね。作って、ゆうやさんに差し上げましょうか? いつも美味しいご飯を下さるお礼も兼ねて」
「よし決まり。行こう行こう」
「ええ」
料理人のゆうやにもらったメモ帳によれば。
必要な材料は、雪の結晶の樹液、蝶々型の大豆、虹薔薇の種、ハート型の落花生の四種類だった。
「雪の結晶の樹液は、その名の通り、雪の結晶を降らせる樹の液体。樹自体はやわらかくて、ストローをさせばすぐに甘い樹液は出て来るし」
「蝶々型の大豆は蝶々がよく飛んでいる場所を深く掘れば取れますし」
「虹薔薇の種は三角帽子ぐらい大きな棘をへし折れば入っているし」
「ハートの木という、とても高い木の上部にしか寄生しないハート型の落花生は登れば取れますし」
こつんと。
あかりとてんこは満面の笑みを浮かべては、手の甲を軽く触れ合わせた。
「楽勝だね」
「楽勝ですね」
あかりとてんこが言ったように、採取は簡単であった。
伊達にこの一か月間毎日、この何に触れても安心安全の森に通っていた訳ではないのだ。
共にストローをさしては瓶に雪の結晶の樹液を入れ。
あかりが無言で持って来ていたスコップで地面を掘りまくっては、蝶々型の大豆を取り。
共に三角帽子ぐらい大きな棘をへし折って虹薔薇の種を取り。
てんこが上品な笑い声を発しながら、とても高い木の上部に寄生していたハート型の落花生を取り。
こうして三時間ほどで材料集めを済ませたあかりとてんこが今の家に戻り、調理に取りかかった。
「えーっと。雪の結晶の樹液は、この銀色が金色になるまで焦がさないようにずっとゆっくり掻き回しながら煮詰めてと」
「蝶々型の大豆、虹薔薇の種、ハート型の落花生は皮をむいて、全部一緒にして白色になるまで炒めてから、粉々に砕いて、擦って、粉にするのですね」
「どっちがいい?」
「では、じゃんけんで」
「「さいしょはぐうじゃんけんぽん」」
あかりがちょき、てんこがぐうだった。てんこの勝ちであり、てんこは雪の結晶の樹液を煮詰める調理を選んだので、あかりが炒めて砕いて擦って粉状にする調理をする事となった。
「ん? ちょっと焦げ臭くない?」
「いいえ。ちゃんと掻き回いています。あかりさんの方が焦げているんじゃありませんか?」
「あっ! やばっ! あ~。ちょっと。ね。ちょっとだけ小麦色」
「………もう一度材料を集め直してもらってきてもいいですか?」
「ままま。大丈夫だって。ほら。高速で砕いて、擦って、粉状にして~っと。あっという間に完成ですっと。ほらほらほら。あとはこれを一緒に混ぜて一日冷やせばチョコレートの完成だって。はやく。はやく」
「まったく。焦りは禁物ですよ。あかりさん。もう少しお待ちください」
「あいあいさー」
あかりが待つ事、十分。
調理を経た材料をざっくりざっくりと掻き混ぜて続ける事、十分。
不思議と、チョコレート色の真四角状になったところで、冷蔵庫に入れた。
「えへへへへ。果物もたくさん取って来たし。明日が楽しみだねえ」
「ええ。そうですね」
(チョコレートの香りが全然しませんでした。もしかしたら失敗かもしれませんが。まあ。わざわざ楽しみを減らすような事を言う必要はありませんものね。それに食べるまでは分からないのでこのまま黙っておきましょう)
翌日。
「………」
「………やっぱり料理人的には失敗だったのかな?」
「ええ。プロですからね」
完成したチョコレートを味見する事なく、夕食を持って来てくれたゆうやに見せたあかりとてんこ。チョコレートフォンデュを三人で食べようと思ってとあかりが果物を見せながら言うと、じゃあ私の部屋で一緒に食べようと言われたので、城の中にあるゆうやの部屋へと移動。チョコレートフォンデュの支度をささっと済ませたゆうやの手際のよさに拍手を贈りつつ、三人で椅子に座っていざ念願のチョコレートフォンデュを口にしたのがつい先ほど。
元々口数が多くない女性のゆうやであるが、流石にここまで無言では不安になるというものだ。
「私的にはありだと思うんだけど。チョコレートだと思ったけど。めっちゃ感激したんだけど」
「ええ。私もびっくりしました。香りは全然しなかったのに、まさか口の中に入れた途端こんなにもチョコレートの香りと味が広がるなんて」
「美味しい。すごく」
五分ほど無言が続いただろうか。
言葉を発したゆうやは一筋の涙を流していた
「………ゆうやさん。泣いてない?」
「ええ。泣いていますね」
「美味しくて。ありがとう。一緒に食べようって誘ってくれて。ちょっと。異世界人だってなめられないようにって。頑張り過ぎちゃってて。この世界の人たちとうまくいってなかったから。だから、一緒に食べれて嬉しかったし。チョコレートの美味しさがすごく沁みた。本当にありがとう」
「えへへへへ」
「また時間が合えば一緒に食べましょう」
「うん。なかなか合わないけど。そうだね。食べよう」
あかり、てんこ、ゆうやは顔を見合わせて笑うと、それぞれ好きな果物を串にさしてチョコレートにつけて食べるのであった。
「「「おいしい~~~」」」
(2025.2.13)
チョコレートフォンデュ 藤泉都理 @fujitori
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