第32話 八咫烏は見ている - その1

2017年07月20日08時18分 =萌葱町外れ山間=


 車を走らせ早20分が経過しただろうか。行けど行けど木々が生い茂る道の先に一軒の立派な邸宅が聳え立っていた。そして、僕たちを出迎えてくれているのだろうか、スーツ姿の女性が入口の門戸で待ち構えていた。

 ひのき君が門戸の脇に車を停めてから僕たちは車から降りて待ち構えている彼女の元まで歩み寄る。そして、僕たちの彼女の間隔が5メートルほどになった頃だろうか、彼女は上半身を直角に僕たちの方へ倒すと、

「ようこそ、烏丸からすま亭本館へ。家事代行ハウスキーパーくすのき石花いしかです。孝標たかすえ様からお話は聞いております。」と自己紹介をして上半身を戻す。

くすのきさん。僕たちが今回ここに来たのはひかりちゃんの捜索のための情報が欲しいからです。なので、そのような情報がありそうな部屋と入ってもいい部屋を教えてください。」と、僕は率直に要求を伝えた。

「ちょ、ちょっとレイちゃん。こっちも自己紹介しておいた方が...。」

「なぁに。話はすでに伝わっているんだ。自己紹介なんざしなくても僕たちの名前ぐらい「いや、レイちゃん。ひのきさん以外自己紹介してないけど。」...。」

 あれぇ...、僕、言ってなかったっけ?

「レイちゃん...『あれぇ...、僕、言ってなかったっけ?』って感じ、顔に出てるよ。」

「・・・っ、殺してくれ...。」赤面となっているであろう顔を両手で覆う。穴があったら入りたいっ!!

「はぁ...。私は、星宮ほしみや桃花ももかですっ!それでこっちの子が風倉かぜくられいちゃんです。」

岩崎いわさきひのきです。こちらが嫁のあゆみです。」

「フフッ、どうもご丁寧に。こんなところで立たせておくわけにもいきませんので、どうぞついてきてくださいませ。」

 そう言うと、彼女は門戸をあけ放つ。門の先にはザ・和と言うべき古めかしい邸宅がそこに聳え立っていた。そして、彼女はザッザッと砂利の道を踏みしめながら僕たちについてくるように視線を送って来る。それを追うように岩崎いわさき夫妻が歩みを進め、僕と桃花ももかは更にその後を追う。

 門戸の中には優美なのであろう大きな枯山水や立派な蔵。そして、規則正しく植えられた数多くの松の木々と想像より一回り小さい立派な和風の邸宅がある。…はっきり言って、だ。

 枯山水や切り揃えられた松の木々はどう考えてもその家の雄大さを示すものだ。ここに至るまでに調べたが、確かにこのという家系は少なくとも江戸時代よりも前から存在し、今もなお名と共に存在している。つまり名家であることには疑問を呈する必要はないだろう。ただし、それにしてはが多すぎる。

 元来、屋敷の敷地に松の木を植える理由として、松の木の皮を非常食とするためというものがある。ただし、それは過去の理由だ。この飽食の時代において庭園に植えられる松の木は鑑賞以外の役目はない。

 であれば、『この建物が戦国時代から建てられていたとしたら?』確かにそれがあり得るのであれば違和感はあれど疑問を浮かべるにはこじつけレベルだ。ただし、これがに建てられたと言えばこの疑問は共有できるだろうか?

 まあ、全体的にどこか嫌な違和感を感じる。少なくとも、この設計をした奴は芸術的センスは無いだろうね。『引き算の美学』という日本文化特有の美術的感覚を持ち合わせていないということだからね。まあ、何事も過剰なのは良くないといったところだろうか。

 そう思案を脳内で完結させていると、桃花ももかが僕の顔をのぞき込む。

「どうしたのだい?そんな、奇怪なものを見るような目をして。」

「いや?まだ恥ずかしがっているのかなって。」

「・・・人を小馬鹿にするのもいい加減にしてくれ。そんなことで立ち止まるような僕ではないのだよ。」

「そっか、それじゃあ考えるだけじゃなくてちゃんとフィールドワークしようね。ただでさえ機械頼りの生活なんだから。」

「うぐっ、まったく痛いところを突いてくるね、君は。まあ、少なくとも移動のほぼ全てを機械に頼っていないだけ先輩よりましだと考えてくれると嬉しいんだがなぁ。」

「お二人とも、仲がよろしいんですね。」

 僕たちの会話に割り込むようにくすのきさんが話しかけてくる。

 意識をそちらに向けると既に僕たちは建物にたどり着いていたようだ。結構な距離があるな。

 くすのきさんは懐から鍵束を取り出し、施錠されていた玄関の扉の鍵を開錠する。

「では、今から各部屋をご案内させていただきます。気になる点がありましたらどうぞご申しつけください。」

 そう言って、彼女は玄関口の扉を開いた。

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