第6話

 こうして『バレンタインチョコ消失事件』は解決した。

 全てが終わった頃には、もう夕焼けが空に溶け始めていた。


「もう二度とこんな事するなよ」

「はいはーい」


 荷物を取りに部室に向かいがてら、日暮に説教する。しかしこの忠告はもう何百回もしたし、一向にこの『多趣味』な少女に響いた事は無いのでため息をつくしかない。そもそも日暮は手に持つミステリ小説に夢中で俺の話さえ聞いていないだろう。


 部室に戻る。


「ふぅ」


 物語が終わったのだろう。日暮は持っていた本を棚に戻し、満足と言いたげな顔をする。もちろん表情筋は動かないが。


「んで?ご趣味のミステリどうでした?」

「うーん。70点ってところかなー。トリックにもちょっと引っかかる所があったなー。まあハッピーエンドで終わったからいいやー」

「あっそ」


 日暮の感想は少しだけ気になるが、今日の分のエネルギーはもう使い果たしたのだ。早く帰りたい。カバンを取って部室を出ようとすると、日暮が袖を掴んでくる。ジッと目を合わせてくるが、その無表情からは何を考えているか皆目見当がつかない。


「なに?」

「最後の『なぜ?』だよー」

「なにが?」

「最後、うつろうが私と相馬先輩の計画を看破した時。相馬先輩、異様に焦ってなかったー?」


 確かに異様に隠そうとしていた。俺がトリックを献上した後も隠そうとしていたのは不思議に思う。ただ単にトリックが欲しいだけなら、あそこでネタバレをしなかったのは疑問だ。もし俺が真相に気づいていなかったら、存在しない犯人とチョコ探しが始まっていた。


「実はねー。賭けをしてたんだー」

「賭け?」

「うん。うつろうが私達の悪巧みに気づくかどうかー。私は気づくに賭けて、相馬先輩は気づかないに賭けたのだー。うつろうが気づいてくれたから、私は一週間購買のパンを無料で食べれるんだー」


 だから俺に見抜かれるのを嫌がっていたのか。

 しかし購買のパン食べ放題とは、先輩が不憫でたまらない。日暮の次の趣味は『大食い』だぞ。


「ちなみにお前が負けたら何を払ってんだ?」

「おいおい、うつろう君ー。今日はバレンタインだぞ。もちろん私の手作りチョコに決まってるじゃないかー」


 ぷくっと頬を膨らませてくるが全く可愛くない。

 そうか、だから相馬先輩はあんなに残念そうな表情をしていたのか。俺が事件を解いてしまった事によって、本当にチョコはなってしまったから。


「あれ?でもお前チョコ全部食ったって言ってたじゃん」

「うん、食べちゃったー。だってうつろうが勝つって信じてたもん」

「そんな無駄にあざとい台詞は無意味だ」

「・・・と言いたい所だけど、鈴鹿ちゃんは約束を破らないで有名だからねー。ちゃんと一個だけ残してんたんだよー」


 日暮のカバンからハート型のピンクの箱が出現する。相馬先輩が手にするはずだったが、今や行き場を失ったバレンタインチョコだ。それを俺に見せつけながら日暮鈴鹿はとぼける。


「あれー。どうしようかー。相馬先輩が負けた今、このチョコをどうしようかー。折角バレンタインチョコとしてこの世に存在してるのに、贈られもせずに無意味に捨てられちゃうのかなー?」

「お前が責任持って食え」

「あ、そうだー。今回の勝者であるうつろう君に食べてもらおうー。これは名案だー」


 やっぱりこうなった。

 日暮は無理矢理、俺にチョコを押し付けてくる。その無表情はイタズラっ子そのものだ。


「おめでとうー。今年ゼロチョコフィニッシュを回避したねー」

「お前からのはカウントしないって毎年言ってるだろ」


 こいつからのチョコをバレンタインチョコとしてカウントするのは、母親からの一個をカウントするのと同じくらい虚しい。


 しかしまあ無意味に拒否する理由はないので受け取っておく。ただ家に持ち帰ると家族がうるさいので今食べてしまう。


 リボンを解いて箱を開ける。

 そして嫌な光景を目にする。


 こいつ・・・。


 ハート型の箱からはもちろんハート型のチョコが現れ、その表面にはホワイトチョコで『うつろう君へ』と描かれていた。


「はあ・・・」


 見るからに甘そうなそれに思わずため息がでる。こんな食えない女から貰った、絶対になにか特別な意味など持たないチョコレートなど、二口で食べてその存在をあやふやにしてしまうに限る。しかし絶対に無味とは言えない甘さが口に残った。

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バレンタインチョコ存在消失事件 Shutin @shutaiwa

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