演劇の虚心

加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】

🪆創造の入れ子からの脱却🪆

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   青空の下の円形の舞台アンフィテアトルム

   観衆は多く、満席。 

   円の中心で、周囲の床よりもやや高くなっている演壇は、そこに立つものを守る壁を備えていない。

   連日、選挙で劣勢と報じられている次期大統領候補が、登壇する。

   次期大統領候補は、白のシャツ、紺の背広、赤のネクタイの三色を纏い国旗を模し、その身で国家主義ナショナリズムを体現する。

   次期大統領候補は観衆から拍手喝采を浴びる。

   次期大統領候補は観衆に手を振る。

   振る手を下げ、一インチ顎を引き、左へ三〇度首を回す。

   銃声。

   銃弾は次期大統領候補の耳を掠め、血が噴き出るも軽傷。

   観衆たちの悲鳴。

   SPたちは次期大統領候補を慌てて囲って、暗殺の第二攻勢の壁となる。

   次期大統領候補はSPたちを振り払い、握り拳を、空高く突き上げる。

   有名写真家は次期大統領候補の勇姿をシャッターに収める。

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 ある密室。

 伸び盛りの竹のように背筋を伸ばして立つ私は、一枚の原稿を、今日初めて会う男──極太の葉巻をみながらヴィクトリア調のテーブルに両足を乗せる強面の男──の前にそっと置き、「大統領選の劇的な見せ場の案の一つでございます……いかがでしょうか」と機嫌を伺う。「よかろう」と簡素な許諾の返事を得ることに成功した私は、報酬として、赤い液で満たされた硬質ガラスのアンプルの一つと、高額紙幣の束の覗く小包を受け取る。目当ては前者である。これを使うと、数十歳も若返ったように力がみなぎってきて、頭も冴え、肌艶も随分とよくなる。後者は副次的なものにすぎない。「このようにあなた方に仕えることのできる喜びを噛み締めております。あなた方の全ての計らいに、深く感謝いたします。では、失礼いたしします」という慣れきった台詞を残して、部屋を後にする。懐にアンプルと小包をしまう。このようにして、紙切れ同然の原稿の一枚が、アンプルと小包に変わる。この決まりきった動作の繰り返しをするようになってから、随分と年月が経った。原稿というのは、戯曲の一頁である。戯曲というのは、あの台詞があって、ト書きのある冊子のことである。演技者は戯曲に記された台詞を一字一句違わずに舞台上でそらんじ、舞台装置や道具類はト書きに従って配置され、ト書きによって演技者の動線から瑣末さまつな所作に至るまでが詳細に指定される。下手から出てくるよう指定すれば演技者は下手から出てくる。スポットライトを当てるように指定すれば、舞台上の該当箇所にバミリが貼られ、そこに演技者は誘導され、照らされる。ちなみに私の専門は、写実劇である。よって私の書く戯曲というのは、劇作家以外の演劇の創造者の自由な解釈と感性による受容の余地を残すことを許さない作り、すなわち些細主義トリビアリズムそのものである。だがしかし私の戯曲は、その全てが劇場で行われる芝居に使われるわけではない。それというのは、つまらないからという理由で書斎の屑籠に投げ入れられた結果、劇場での日の目を浴びずに没するわけではない。私の書く戯曲が真に輝く場所は、劇場の舞台上ではなく、世界である。世界は、私の創造した脚本シナリオによって、動いている予定調和の因果なのである。

 執筆依頼は、世界のどこかに潜む、私ですらもその姿を見たことのない権力者から、絶えずやってくる。この前は、膨張する地球人口の削減のシナリオを書いてくれと頼まれた。私は、世界各国の政治家、官僚、必要によっては軍人、そして医療を司る機関の長や大手製薬会社の重役らと綿密な打ち合わせをしたのちに、数十億の人口削減のシナリオを書き、依頼主の権力者に提出した。提出したシナリオの一部は私には名も知り得ぬ権力者によって修正されたものの、ほとんど私の脳内で生まれた筋書きによって、世界が回った。今、シナリオ通り、地球人口は着実に減少している。それは私のこなした数ある仕事の結果に過ぎないので、心は痛まない。仕事なら、持てる能力の範疇で、心を無にして大体のことはできてしまうのが、人間である。時折、大衆の思いがけない異常行動によって、世界が本来のシナリオから逸れそうになる場合があるが、その場合も、時の氏神による超展開デウス・エクス・マキーナを用いて、テコ入れがなされるだけである。もちろん、氏神というのは、他でもない私である。かなり雑で無理くりなテコ入れをせざるを得ないことも何度かあったが、メディアのスポットライトを、私の入れたテコに当ててもらえば、大衆を操作することは容易であった。




 ◯◯◯

 



 バーでの夜。

 私のグラスに赤ワインが注がれた。

 黒い背広の男が、上等そうな革靴で木の床をみしみしと音を立てながら近づいてくる。

 目標は私だろう。なぜだか、そうであるとわかった。

 男は、これまた黒のハットを目深まぶかに被っていて、顎を引きやや俯いているので、高い鼻と上下の唇の輪郭ばかりが目立つ。

 真っ赤な長細の封筒が、そっと、私のグラスの隣に敷かれた。「私にですか」と尋ねるも、男はハットを無意味に整えるばかりで、口を聞かない。私は仕方なく突きつけられた封筒を雑に破って開くと、やけに真っ白な紙の一枚に、〈契約満了〉の文字。全てを悟った。いや、実はもう少し前に、黒い背広の男の姿が見えてから、それが何かしらの不幸──死──を告げる黒猫であることに、私は気づいていた。気づいていたが、目を背けていた。ああ、ついにこの時が来てしまったか。ここ最近、なんとなく、そろそろその時が来るだろうと思ってはいたが、まさかこうもあっさりと、たったの四文字でそう告げられるとは。封筒を寄越した黒い背広の男は、私の視界の端の方で、裏も見ろ、と言うかのような手の動きを、音もなく、私に見せつけてくる。なんだ、たったの四文字ではなかったのか。それは不幸中のささやかな幸いというものだ。どれ、この紙の裏には何が……



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 【最後の指令】

 お前の死に方を、お前自身に決めさせてやるから、この紙に、好きに筋書きを書け。寸分違わず、お前の書いた通りの死に様になることを保証する。ただし一つ、必須条件がある。完璧に自死に見せかけるか、あるいは決して他殺でないことを確実に示す死とすること。猶予は日付が変わるまで。書けたら、紙を封筒に戻して、お前に封筒を渡した人間に返すこと。

 

 以上。

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 あはは、と心の中で笑う。洒落た真似をしてくれるじゃないか。

 今まで私は、この手に握るペンと紙で大いなる茶番を創造して、世の流れを操って、神になったような気でいたが、己よりも上位の神の存在をすっかり忘れてしまっていた。私をどのように、いつまで利用するのかを決める劇作家が、上にはいるのだろう。どうせなら、劇的な死がいい。だが劇的なというのは難しい。他殺も禁じられている。どうしたものだろうか。にしても、黒い背広の男は、私の隣で、立ったまま微動だにしない。私が最後の指令を遂行するまで、何があっても帰らないのだろう。今二十三時過ぎ。もう少し経てば、どこからともなく凶器の類が現れて、急所に突きつけられでもするのだろうか。自分の最後くらい、落ち着いてゆっくりと決めたいものだが……


 私は、私の最後の作品の結末を決めた。

 今流行りの、心筋梗塞による突然死、それがいいだろう。私はによる人口削減計画を知っていたので、当然を打ってはいないが、心筋梗塞で死ぬのなら、のせいだと考える者も多いはず。よって、私は壮大な茶番の犠牲となった一人の罪なき有名劇作家として、熱烈な信者たち哀れなファンの心の中に生き続けるだろう。そうだ、よく考えてみると、陰謀に加担した人間の最後にしては、数ある処刑方法の中でも、軽い部類なのが幸いである。私は私の最後を記した紙を汚く破れた封筒に戻し、黒い背広の男に目で合図を送った。男はやはり無言でそれを受け取ると、どこかへ消えた。男が完全に見えなくなるのを確認した私は、ようやっとグラスのか弱いステムを指先で摘み、赤ワインに舌で触れた。味を感じないうちに、目の前は真っ暗になった。




 ●●◯




 私が示したいのは、虚無主義ではない。



 世の大演劇は、その大枠については、決められてしまっている。



 しかしその大枠は拡大してみると、微細だが、確かな切れ込みを有している。



 そこを切れ。


 

 読者、視聴者、大衆のウケに合わせてしまったがばかりに、去勢されて丸くなってつまらなくなった作品たち、儲けのために引き伸ばしを強いられてつまらなくなった作品たちが世には溢れていることを思い出してほしい。



 つまりは、受け取り手の存在ありきの大前提のもと、作り手が受け取り手にコントロールされる例があることを思い出してほしい。



 敵は悪魔のようであるが、所詮人間である。



 劇作家を制御せよ。



 反抗を重ねろ。



 シナリオを修正させ続けるのだ。

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