演劇の虚心
加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】
🪆創造の入れ子からの脱却🪆
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青空の下の
観衆は多く、満席。
円の中心で、周囲の床よりもやや高くなっている演壇は、そこに立つものを守る壁を備えていない。
連日、選挙で劣勢と報じられている次期大統領候補が、登壇する。
次期大統領候補は、白のシャツ、紺の背広、赤のネクタイの三色を纏い国旗を模し、その身で
次期大統領候補は観衆から拍手喝采を浴びる。
次期大統領候補は観衆に手を振る。
振る手を下げ、一インチ顎を引き、左へ三〇度首を回す。
銃声。
銃弾は次期大統領候補の耳を掠め、血が噴き出るも軽傷。
観衆たちの悲鳴。
SPたちは次期大統領候補を慌てて囲って、暗殺の第二攻勢の壁となる。
次期大統領候補はSPたちを振り払い、握り拳を、空高く突き上げる。
有名写真家は次期大統領候補の勇姿をシャッターに収める。
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ある密室。
伸び盛りの竹のように背筋を伸ばして立つ私は、一枚の原稿を、今日初めて会う男──極太の葉巻を
執筆依頼は、世界のどこかに潜む、私ですらもその姿を見たことのない権力者から、絶えずやってくる。この前は、膨張する地球人口の削減のシナリオを書いてくれと頼まれた。私は、世界各国の政治家、官僚、必要によっては軍人、そして医療を司る機関の長や大手製薬会社の重役らと綿密な打ち合わせをしたのちに、数十億の人口削減のシナリオを書き、依頼主の権力者に提出した。提出したシナリオの一部は私には名も知り得ぬ権力者によって修正されたものの、ほとんど私の脳内で生まれた筋書きによって、世界が回った。今、シナリオ通り、地球人口は着実に減少している。それは私のこなした数ある仕事の結果に過ぎないので、心は痛まない。仕事なら、持てる能力の範疇で、心を無にして大体のことはできてしまうのが、人間である。時折、大衆の思いがけない異常行動によって、世界が本来のシナリオから逸れそうになる場合があるが、その場合も、
◯◯◯
バーでの夜。
私のグラスに赤ワインが注がれた。
黒い背広の男が、上等そうな革靴で木の床をみしみしと音を立てながら近づいてくる。
目標は私だろう。なぜだか、そうであるとわかった。
男は、これまた黒のハットを
真っ赤な長細の封筒が、そっと、私のグラスの隣に敷かれた。「私にですか」と尋ねるも、男はハットを無意味に整えるばかりで、口を聞かない。私は仕方なく突きつけられた封筒を雑に破って開くと、やけに真っ白な紙の一枚に、〈契約満了〉の文字。全てを悟った。いや、実はもう少し前に、黒い背広の男の姿が見えてから、それが何かしらの不幸──死──を告げる黒猫であることに、私は気づいていた。気づいていたが、目を背けていた。ああ、ついにこの時が来てしまったか。ここ最近、なんとなく、そろそろその時が来るだろうと思ってはいたが、まさかこうもあっさりと、たったの四文字でそう告げられるとは。封筒を寄越した黒い背広の男は、私の視界の端の方で、裏も見ろ、と言うかのような手の動きを、音もなく、私に見せつけてくる。なんだ、たったの四文字ではなかったのか。それは不幸中のささやかな幸いというものだ。どれ、この紙の裏には何が……
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【最後の指令】
お前の死に方を、お前自身に決めさせてやるから、この紙に、好きに筋書きを書け。寸分違わず、お前の書いた通りの死に様になることを保証する。ただし一つ、必須条件がある。完璧に自死に見せかけるか、あるいは決して他殺でないことを確実に示す死とすること。猶予は日付が変わるまで。書けたら、紙を封筒に戻して、お前に封筒を渡した人間に返すこと。
以上。
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あはは、と心の中で笑う。洒落た真似をしてくれるじゃないか。
今まで私は、この手に握るペンと紙で大いなる茶番を創造して、世の流れを操って、神になったような気でいたが、己よりも上位の神の存在をすっかり忘れてしまっていた。私をどのように、いつまで利用するのかを決める
私は、私の最後の作品の結末を決めた。
今流行りの、心筋梗塞による突然死、それがいいだろう。私は
●●◯
私が示したいのは、虚無主義ではない。
世の大演劇は、その大枠については、決められてしまっている。
しかしその大枠は拡大してみると、微細だが、確かな切れ込みを有している。
そこを切れ。
読者、視聴者、大衆のウケに合わせてしまったがばかりに、去勢されて丸くなってつまらなくなった作品たち、儲けのために引き伸ばしを強いられてつまらなくなった作品たちが世には溢れていることを思い出してほしい。
つまりは、受け取り手の存在ありきの大前提のもと、作り手が受け取り手にコントロールされる例があることを思い出してほしい。
敵は悪魔のようであるが、所詮人間である。
劇作家を制御せよ。
反抗を重ねろ。
シナリオを修正させ続けるのだ。
演劇の虚心 加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】 @sousakukagakura
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