第2話

 僕は高校生になった。高校生というのは、とにかく異性との恋愛を至上だと思い込んでいる。しかし僕は仙台を愛していたため、周りの女子と一線を引いていた。歪んだ性欲が向かうのは自分自身の肉体であり、僕は筋トレに励み、見た目を整えた。美容室で髪を切り、スキンケアの勉強をした。その甲斐あって、客観的に見ても悪くない容姿を手に入れた。

 ある日、先輩の女子からデートに誘われた。今となっては名前も思い出せないが、あまり可愛い人ではなかったが、僕は押し切られるようにデートの約束をした。

 初デートは美術館だった。彼女が好きな画家の展示会がやっており、はしゃぐ彼女の横顔を、僕は冷めた目で見ていた。好きでもない女の子とデートして、興味のない絵を見て彼女が喜びそうな感想を言う。そんな自分に嫌気がさして早く帰りたかった。

 軽い尿意を覚えたので、トイレに行くとぶっきらぼうに言って歩いている途中、僕は一枚の絵の前で立ち止まった。ターナーの「カルタゴを建設するディノ」という絵画だった。黄色い色彩が柔らかい光となって立ち昇っているようだった。僕は尿意を忘れて立ち尽くした。仙台のように美しいと思った。

 ここで初めて気がついた。僕は美しいものを掲揚するときに、「仙台のように」という枕詞を使うようになっていた。僕が立ち尽くしていることに気が付いた彼女がそばにきて何かを言ったが覚えていない。ただ胸の中の感情を彼女に知られたくなかった。僕は適当に同調してトイレの個室に入り、自慰行為をした。罪悪感は感じなかった。

 その後のデートは特に面白みもなく進んだ。映画を見て、夕飯を食べ、彼女の家に行った。家には誰もおらず、この後起こることへの期待で空気が澱んでいた。部屋は女の子らしくピンクまみれだった。床に腰掛け、他愛もないことを話した。徐々に沈黙の時間が増えていく。距離が近くなり、唇が触れ合おうとした時、目の前に仙台の風景が広がった。僕の心は仙台に取り残され、肉体は不能となった。

 結局うまくいかず、彼女の親が帰ってくる前に僕は家を出た。彼女に申し訳ないことをしたとは思わなかった。当然のことだと思った。自分を好きだと言ってくれた人を冷遇する快感に酔っていた。冷たい風が頬を撫でるが、酔いを覚ますことは出来なかった。

 彼女との一件は噂として広まらず、僕は無事に高校生活を送ることができた。女子に興味を持つことはなく、リビドーを自分の肉体と仙台に対してぶつけた。肉体はますます隆起し、僕の時間は自慰行為と筋肉によって支配された。青い春はすぐに過ぎ去り、僕は高校を卒業し、地元である福島の企業に就職した。


 仕事はつまらなかった。退屈な日常が繰り返され、記憶に残るようなことはなかった。単調で灰色な日々は、僕に一つの後悔を与えた。

「仙台に住んでおけばよかった」

 この思いは日に日に大きくなり、ついに抑えきれずに、僕は衝動で仕事を辞めた。そして有休消化中に仙台に部屋を探し、部屋の内見も済ませ、あとは契約だけだと両親に連帯保証人になって欲しいと頼み込んだ。

 この時を僕は一生忘れないだろう。両親は、次の仕事が決まってないこと、やりたい仕事が明確になっていないことを理由に連帯保証人を拒み、実家に帰ってくるように諭したのだった。

 僕は両親に拒まれたとは思わなかった。仙台から拒まれたのだと思った。今までの人生の転換点に仙台があった。そして最後は仙台によって断頭台に押し上げられた。

 しかし僕は殺されるつもりなど毛頭ない。かつて愛していた仙台に別れを告げて、自分の人生を取り戻すのだ。

 ガソリンを携行缶に入れ、福島を出発した。時間は混み合う朝がいい。早朝に家を出る。高速を1時間半ほど走り、下道に降りる。15分ほど走ると仙台駅に着いた。朝の通勤ラッシュで歩道にはたくさんの人がいる。彼らは皆一様にその美しさを見せびらかしていた。まるで僕に対する当てつけのように。僕は覚悟を決めて、アクセルを踏み込んだ。

 肉がぶつかる鈍い音が響き渡り、続いて甲高い悲鳴が聞こえる。しばらく車を走らせ、アーケード街に侵入する。騒ぎを聞きつけた野次馬が集まってきていたが、僕がアーケード街を走っていると、皆店の中に逃げ込んでいく。やがて車止めにぶつかり車は急停車した。僕は素早く車から降りると、携行缶の蓋を開け、周囲にガソリンをばら撒いた。遠巻きに僕を見守る群衆達。

 20Lのガソリンを撒き終えると、僕はポケットからライターを取り出した。その時群衆の中から、勇気のある男がこっちに向かって走ってきた。その男が走る姿は美しかった。僕が憧れた仙台の美しさを象徴していた。

 最後にいいものを見れた。僕はかがみ込み、火をつけた。火は一瞬で燃え広がり、走ってきた男は間に合わず、火に包まれた。

 僕はそれをうっとりとした目で眺めた。さて、これからどうしようか。今ならどこにだって行ける気がした。

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僕が仙台を燃やすまで 楽天アイヒマン @rakuten-Eichmann

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