貴子
「私は――」澄川静華の母、澄川貴子はビアンバーワルキューレのカウンターで店長氷鷹小夜に名刺を差し出した。
「静華さんのお母さんですか。どんな御用向きで」小夜は名刺を見ても驚かなかった。
「言うまでも無いでしょう。クリスチャンは同性愛はご法度です。娘がこういう場所に出入りしているのは看過しがたい事です」澄川貴子は冷静に言う。
小夜は貴子を見つめた。20代半ばと言っても通用しそうな外見だが、30代後半くらいの年齢だろう。美しさと色香を兼ね備えた、女盛りだ。娘の静華は17歳だった。
「結構お堅い――というか古い考えの持ち主なんですね、お母様は」小夜はわざと貴子を挑発した。しかし貴子はそれには乗らない。
「今日以降あの子はこの店には来させません。貴女も娘に変なちょっかいをかけないでください」
「生徒の自主性を重んじるのが澄川女学院の教育方針とうかがっていましたが」
「子供の間違いを正すのも当校の教育です」
「何か飲んでいかれますか? 当店についての誤解もあるようですし」小夜は話題を変えた。
「そうね――おすすめは?」貴子は表情を和らげた。
「少々お待ちを」小夜はカンパリ30ml、カルピスの原液20ml、レモンジュース10mlをシェイカーに入れ、十分振る。氷入りのオールドファッショングラスに注ぎ、一杯までソーダ水を注ぐ、軽く混ぜ、レモンスライスを飾って出来上がり。
「これは――?」
「プレリュードフィズですよ」
貴子はグラスに口をつける。爽やかな味だった。
「悪くないわね」
「おほめに預かり光栄です。お母様」
貴子は店内を見渡した――カクテルを楽しんでいるカップルも少なくない。しかし、学生の来る店ではない――そう思う。
時間をかけてプレリュードフィズを飲み干すと貴子は店外に待たせていた運転手を呼んだ。もちろん車に待機させていたのだ。
小夜はカードを差し出す貴子の手にわざと指を触れさせる――顔色を見たが、貴子は平然としていた――一見した限りでは。
ややこしいことになった――が、貴子は単純に同性愛を嫌悪しているのではなさそうだ。
静華は親に言われた程度で店に来るのを止めたりはしないだろう。側面援護にまわって貴子の誤解を解くのが良いだろうと小夜は判断した。
貴子を見送ると、小夜はカウンターについてグラスを食洗器に入れた――なるようになる、か――心配しても始まらない。アルバイトの一ノ瀬夏奈が店内に入ってくるのを見て小夜は意識を切り替えた。
* * *
「お母様が私のワルキューレへの出入りを禁止したの」澄川女学院の寮、夕食後の自由時間に澄川静華は友人にして恋人たちの七瀬真理愛、八坂庵、山元桜、西東梓佐に告げた。
静華の口調は心底参ったという感じだった。
「しばらく実家で暮らすよう言われたわ。明日から逢えなくなっちゃう」
「それはまずいっスね――」一眼レフを首から提げた八坂庵が息をついた。
「私たちのしてる事、客観的に見てもまずいものね」西東梓佐が自分たちの行為を思い出す。
「でも愛し合ってるだけでどうして引き裂かれなきゃいけないの?」山元桜が憤慨する。
「世間の常識っていうのが私たちの敵なんですよね――うっとうしい」七瀬真理愛が珍しく語気を強めた。
「まあ、最初は聞いた振りをして、後からなし崩しにするのが一番現実的でしょうけど――」梓佐が他の四人を見る――案の定思った通りの人物が反対した。
「私たち何も悪い事なんかしてないわ、それは後ろ指差されてふつう認められない事かも知れないけど――愛し合う事の何がいけないって言うの!?」桜だった。
「貴女少し前まで同性愛は悪だって言ってたじゃない――意見変わり過ぎよ」梓佐がたしなめた。
「価値観のアップデートって奴よ」桜は真面目な顔になる。
「でも具体的にどうするんスか? 桜先輩」
「直訴よ! 静華様のお母様に直接訴える」
「でも、それをはい分かりましたと聞いてくれる程お母様は甘くないわ――」
「やらないよりは遥かに良いです。静華先輩を諦める事なんてできません」真理愛は強く言う。
「私たちで小夜さんに相談してみましょう。静華様の謹慎が解けたら駆け落ちでもする? 桜」と梓佐。
「静華様はいつ実家に帰るんですか? その時に私たちも同道します。良いわね、梓佐、真理愛、庵」桜が言った。
三人が頷く。そして四人は静華を見た。
「今晩よ――。貴女達の立場だって悪くなるかもしれないわ、本当に良いの?」
「良いに決まってます! 皆も同じ気持ちですよ、ね、みんな」真理愛が静華の手を掴む。
静華は思わず目を伏せた――涙が零れそうになる。
「――ありがとう――みんな」静華はやっとの事で言った。
「でも、直訴はしないで。どうして貴女達四人なのか、それを疑われたら私たちの関係までバレてしまう。無理矢理引き離される事だってあり得るわ。いや、そうなってしまう」
「でも――」
「気持ちだけで嬉しい。でもお母様の事は私が決着を付けないと。私を信じて、真理愛、梓佐、庵、そして桜」静華は全員にキスする。自由時間終了のチャイムが鳴った。
「それじゃ、戻らないと」
五人は名残を惜しむ――今度は四人から静華へキスの雨が降った。
* * *
「小夜さん。私たちどうすれば」静華がさらわれた翌日、真理愛たちの姿はビアンバーワルキューレにあった。
「まあ不純同性交遊だし、表面的な言い分は向こうの方が正しいわね。向こうの情に訴えるか、同性愛がおかしなことでは無いと分かってもらえればチャンスはあると思うけど。何でも良いから貴子さん――静華ちゃんのお母さんの名前だけど――について知っている事を教えて。何か取っ掛かりが有るかも」
四人は顔を見合わせる。
「貴子さん――は澄川女学院の理事ですね」真理愛が先陣を切った。
「貴子さんの旦那さんは婿養子で、バイクに乗るのが趣味って聞きました。静華様のバイク趣味もお父さんの影響って聞きましたけど」梓佐が続く。
「うんうん、他には?」
「静華様のお父様は澄女の高等部と大学で歴史を教えてますね」桜が静華の父繫がりの情報を出した。
「ちょっとずれるかも知れないけど、静華様は剣道部です。澄川の一家は剣道家族で、お母様もおばあ様も剣道の有段者って聞いたっス」
庵の情報に小夜は閃いた。
「剣道の勝負で勝ったら、こちらの言い分をきいてもらうってどう?」
「それ、良いかも――」桜が明るい顔になった。
「悪くないですね」残りの三人も乗り気になる。
「でも、誰が勝負するんですか? 私じゃ到底勝てないです」真理愛が気付いてしまったという顔で青ざめた。
「私も無理」
「無理っス」
「私も勝てない」
「小夜さんは?」四人の視線に小夜は怯まない。
「私でも無理、でもうちに適任者がいるわ――」小夜の視線の先に四人も視線を向ける。
「確かに」四人は大きく頷いたのであった。
* * *
三日後、小夜と代理戦士一ノ瀬夏奈の姿は澄川女学院の練武場にあった。小夜の申し出――勝ったら静華のワルキューレ通いを認める事と、謹慎の解除、貴子にもう一度ワルキューレに来てもらう事――を。負けたら静華は真理愛たちと――名前は明かさなかった――別れる事で合意した。
一般生徒は入れない。真理愛たちもだった。静華は当事者として試合を見守る。
貴子と夏奈は袴に剣道の防具を着ける。一本勝負、しかし夏奈には勝算が有った。
二人はそんきょから立ち上がる。
貴子は上段、夏奈は中段に構えた。じりじりと両者は近づく。夏奈が一気に接近した。貴子は一気に上段から唐竹割に夏奈の面を狙った。夏奈の竹刀が弾け飛んだ。
勝った――貴子は勝利を確信する。
しかし現実は逆だった。貴子は手首、肘、肩に痛みを感じる、顔を上げようとしたが見えない手に阻まれた。
貴子には何が起きたか分からなかった。気付いたら自分は腕を極められて床に押し倒されていた。
静華は一瞬の攻防をはっきりと見た。夏奈は落ちてくる貴子の両の腕を白羽取りではなく、その肘の下を両手で受け止め、身体を体捌きの要領で回転させ貴子の腕の関節を三カ所極めながら己の身体の下に彼女の身体を抑え込んだのだ。
剣道の一本では無いが、どちらが勝負を制したかは明らかだった。
「やった! 夏奈さん素敵!」静華が跳ねる。
夏奈が貴子を解放する。貴子は腕を振って血を巡らせると、微笑んだ。
「間合いの取り方から素人では無いと思っていたけど、無刀取りとはね、もしかしたら合気道?」
「合気柔術です。大東流。紙一重でしたね」
「娘を縛るのは良くない事と分かってたけど、私にはそれ以外の選択肢は無かった――静華、あのバーに通うのは認めるわ。貴女同性の恋人がいるのでしょう、それはまだ認めない」
貴子はすっきりとした気持ちに負けた悔しさを幾分かまぶした複雑な思いを抱いて練武場のシャワールームに入る。極められた腕が疼いた気がした。
* * *
「あッー」貴子は自分のあげた声を信じられない思いで聞いた。
貴子は小夜の部屋で、小夜と夏奈の二人に抱かれていた。ワルキューレに行った時、他愛もない会話から夏奈に興味を抱いている事を悟られた。レズで感じたなら静華の同性愛を認めるという賭けの誘いを受け――それが分の悪い賭けだとは貴子は少しも思わず――に受けた結果だった。
小夜が賭けに負けたら一年の間毎日一杯好きなカクテルを奢るという誘いと、夏奈から合気の手ほどきを受けれるという内容に飛びついてしまった。
冷静に考えなくとも賭けで身体を許すなどというのは馬鹿げた事なのだが、酔っていたのが判断力を惑わせた。
いや、言い訳だ――夏奈と小夜に興味を、それも性的なものを含めて――を感じていたのだ。酔っていたというのも――。
夫と娘を裏切った――。
貴子は後悔したが、今更時間を巻き戻すことは出来なかった。
服の上から触られただけなのに、信じられない。酔っているせいだろうか?
夏奈が笑みを浮かべて近づいてくる。彼女の後ろの鏡には自分の淫蕩な顔と肉食獣めいた笑みの小夜が写っていた。
小夜に後ろから抱き抱えられ、夏奈が目前から抱き付いてキスをしてきた。艶めいた息が漏れる。小夜の手で両胸を弄られ、胸のシャツのボタンが夏奈に見る間に外されていく。
「貴子さん、旦那さんを裏切っているとか思ってませんか――大丈夫、女同士なら浮気にはならないです――」夏奈の言葉に一瞬安心しかけるが、同性同士の行為でも不貞と捉えられた判決がある事を貴子は知っていた。
「子供を産んで崩れた身体よ――そんなに見ないで――恥ずかしいわ」上着を脱がされ、上半身が露出した状態で、貴子はやわやわと胸を揉まれ下着の中に手を突っ込まれて喘ぎ声を上げた。
「同性愛はいけない事なんでしょう――それで感じるなんて――なんてイヤらしいの」小夜の言葉攻めに子宮が疼く。花芯から熱い液体が滲むのを感じた。
小夜と夏奈にあっという間に服を剥ぎ取られた。二人は口付けを交わしながら貴子を見下ろす。
「澄川女学院の理事の奥様の自慰はどんなものなのかしら――是非見せて下さる?」小夜の言葉に夏奈も便乗する。
「貴子さん。私、貴女が自分の手で達してしまう所が見たいの――一人が寂しいならお手伝いして差し上げますけど」夏奈は裸になった貴子の胸を一撫でする。頂きを掠めた一撃に貴子は声を上げてしまう。
夏奈が顔を秘部に寄せてきた。自分でもそんなに見た事の無い秘部をまじまじと見られ貴子は脳の血が逆流する様な羞恥に囚われた。
喉がからからになりながら自分の指を這わせる。秘所は既に熱く濡れそぼっていた。見られているせいかわずかな刺激が何倍も増幅されて子宮と脳を揺らす。あと少しで――そこまで来た時、手を止められた。
イカせてくれるって言ったのに――
入った邪魔に不満そうに貴子は呻く。小夜は脱ぎかけだったショーツとタイツ、スカートを脱がせると夏奈に命令した。
「夏奈ちゃん、貴子さんを導いてあげて」夏奈は喜びを顔に浮かべて貴子の秘芯に舌を這わせる。ふるふるとした触感の中にもゴムの様な硬さがある。敏感な所を舐められた貴子は嬌声を上げた。感極まって夏奈の顔を自身の秘所に押し付けてしまう。それと同時に止んでいた胸への刺激が再開された。小夜の手の形のままに乳房がこねくり回される。
胸を絞られ、秘所に指を出し入れされ、秘芯を舌で刺激された貴子はあっという間に上り詰めた。甲高い悲鳴を上げて果てる。しかし小夜たちは容赦しなかった、達している最中の貴子を休む事無く攻める。一度収まりかけた欲望の炎が更に燃え広がった。二度目の絶頂は最初のそれとは比較にならなかった――貴子は気を失いかける。助けを求める様に小夜と夏奈を見る。
「こんなものじゃ終わらないわよ、貴子――」夏奈の宣告に全身が底無しの欲情にうねるのを貴子は感じた。
* * *
「小夜さん、お母様に私達の交際を認めさせてくれたんですね。本当にお礼しかないです」静華は小夜に感謝の意を述べる。
「まあね」小夜は曖昧に笑った。夏奈も微笑みを浮かべる。
「付き合ってる事を秘密に、というのは少し残念ですけど。でも仕方ないかもですね」真理愛が自分を納得させる様に言った。
梓佐、庵、桜の三人もうんうんと頷く。大体の言い分は通った――100%ではないが、上出来だ。
今日は祝いの席だ――野暮な事は言わない、それが五人の思いだった。アルコールは入ってなかったが、五人は雰囲気に酔った。
――先行きは明るく思え、自分たちの関係はいつまでも続く事を半ば確信していたのであった。
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