1話 出会いは突然(2)

年季の入った2階建ての一軒家。全体的に昭和感漂うここが私の家だ。


「ただいま」


玄関を開けると香ばしい匂いがした。居間に入って奥の台所を見ればばあちゃんと花乃かのがいるのが確認できた。


「おかえり静流」

「おかえりお姉ちゃん」


花乃は私のことお姉ちゃんって呼ぶけど、実際には姉妹ではなく従姉妹いとこだ。


この家には私、祖母、伯父、伯父の娘である花乃が暮らしている。それとたまに私の母が帰ってくることもある。

花乃が生まれた時から一緒に住んでるから、私も気持ちとしては従姉妹よりも妹という感覚の方が強い。


「肉?」

「うん!カレー作るの!」


切った具材を全部水にぶち込むんじゃなくて、最初に肉を炒めてるのか。ちゃんとしてるな。


「お姉ちゃんカレーとかシチューとか全然作ってくれないし」

「だってカレーって時間かかるじゃん。野菜切ったり煮込んだり手間かかるし」

「お姉ちゃんはめんどくさがりだもんね」


小学生の花乃に比べれば高校生の私の方が時間がないんだから料理も時間がかからないものになるのは許してほしいなぁ。


夜ご飯は私と花乃が交代で作っている。今日は花乃の当番の日なんだけど、ばあちゃんは花乃のことが心配らしく台所から離れない。

元々ばあちゃんが腰を痛めたのをきっかけに私と花乃が分担で家事をするようになったのに、「もう腰は良くなったから」とか言って結局色々手を出したがるんだよな、ばあちゃんは。


ただいまも言えたことなので2階に上がって自分の部屋に入った。

広くはないし、少し散らかってるけど落ち着く自室だ。

カバンを勉強机の脇に置いて教科書とノートを出す。うちの高校には宿題と言う宿題はないが、今日やった授業の復習を軽くしておくようにとは毎回言われる。


教科書とノートを見ながら黙々と復習をする。

けど、授業の内容より帰り道であったことを思い出してしまう。


何だったんだろう、あれは。


しばらく時間を置くと白昼夢でも見ていたんじゃないか、私の妄想だったんじゃないか?と、あれが現実じゃなかったような気がしてくる。

そっちの方が可能性は高い。だってあの子透けてたし、私のこと知ってたのも意味わかんないし。全部夢か妄想と考えないとおかしい。


「はあ、なんか疲れた」


時計を見れば復習を始めてから30分ほど経っていたけど、復習の内容は全然頭に入ってきてない。

今日はダメだな。と、諦めて教科書とノートをカバンに戻した。


夕飯まで一眠りしようかな。そう言えばまだ制服も着替えてなかった。そう思って部屋着に着替えようとした時、「お姉ちゃ〜〜ん!!」と一階から花乃の声がした。


「何?」


部屋を出て階段の上から下を覗き込む。


「カレールーある分じゃ足りなそうだから買ってきてくれない?」

「自分で行かないの?」

「まだ煮込んでる途中だし、サラダも作りたいから」

「はあ、仕方ないなぁ」


階段を降りて出かける準備をする。服装は……まあ制服のままでもいいか。


「静流、はいお金」


ばあちゃんが五百円玉を財布から出す。


「食費はまだあるよ?」


いつも月初めになると私と花乃にそれぞれ二万円が渡される。それでやり繰りして余った分はお小遣いにして良いというシステムだ。

私達が担当するのは夜ご飯だけで、朝は前の日の残り物や食パン何かを適当に食べて、昼は各自という感じなので食費には余裕がある。


「じゃあ御駄賃。少ないけどね」


ばあちゃんは私に五百円を手渡してくれた。


「いいの?」

「いいのいいの。いつも助かってるからね」

「ずるい!花乃にもちょうだい!」

「はいはい」


花乃にせがまれてばあちゃんはもう一つ五百円玉を財布から取り出した。


「ありがとね。じゃあ行ってくるよ」

「はい、いってらっしゃい」

「早く帰ってきてね〜」



家の外に出ると空が綺麗な夕焼けだった。

お小遣いも貰えたし、気分良いな。なんて思って歩み出すが、すぐに足が止まった。


「パパ……」


家の塀の外にあいつが居た。しゃがみ込んで、さっきよりも透けているけど目の周りが赤くなってるのがわかった。泣いていたらしい。


「夢じゃなかったか……」

「本当に……助けてください……」


両手で大事そうに握ったハンカチにシワができる。一度は泣きやんだみたいなのに、私を見たらまたポロポロと泣き出してしまった。


流石に泣かれるとこっちも無下にしにくいんだけど……。


「はあ……とりあえずそれ貸して。そんなに握ったらシワクチャになっちゃうでしょ」

「パパ……!」

「その呼び方やめて。じゃなきゃ協力しない」

「協力してくれるんですか!?」

「買い物のついでにね。持ち主にハンカチを返すだけだし。……有名人の持ち物拾って直接返すとか、下心のあるファンみたいでちょっと嫌だけど……」


ツグハの話は信じたわけじゃないけど、拾ったハンカチを返すだけならやってあげても良い。

仮に変に思われたとしても、人気女優の杠陽代に会うのなんてこれっきりだろうから、ちょっと恥かくくらいなんてことない。


「ありがとうございます!えっと、パパはダメなんですよね……お父さん、とか?」

「そういう話じゃなくて……普通に名前で呼んで」

「あ、じゃあ、静流さんで!」


下の名前も知ってることに今更驚きもないな。


「それで、肝心の杠陽代は今どこにいるのかわかるの?」

「それなんですが!」


ツグハには心当たりがあるということで、彼女について行くことにした。土地勘があると言っていたけど、確かに迷いのない足取りで進んでいく。


10分程歩いたところだろうか、少し開けた土地に普通の一軒家とは一線を画する高級住宅が建っていた。

この辺あまり通らないけど、前に見た時はこんな家なかった気がする。最近建てられたのかな。


「ママは今日ここに引っ越してきたんです。都会の喧騒からは離れた程よく自然のある郊外だけど都会へのアクセスは良い。いい場所ですよね」

「え!?いやいや!ホントに!?」


目を凝らして表札を確認すれば、確かにそこには『杠』の文字があった。


「これじゃあ恥のかき捨てはできないじゃん……」


もう会わないんだから多少変な人だと思われてもいいと思ったけど、杠陽代がこの町に住むとなると話は別だ。


「大丈夫です!ぱ……静流さんなら!」

「いや、でも、今インターフォン押してハンカチお届けに来ましたって言うのなかなか気持ち悪いよ。私があっちの立場だったらストーカーだと思うし」

「うーん、確かに……ママとパパの出会いは偶然だったからこそですよね」

「ん?誰か出てきた。」


重厚な玄関のドアが開いて、中からは高そうな服に身を包んだ貴婦人とスーツの女性が出てきた。

何か話してる。

私たちは口を結んで聞き耳を立てた。


「あの子まだ帰ってきていないの!どこ行っちゃったのかしら」

「電話をかけたのですが、繋がらなくて」

「はあ……陽代ってば携帯置いて行ってたわ。しっかりしているんだか抜けてるんだか……」


陽代……。

ツグハの話では道に迷った所を私が道案内をしたとか。まさかまだ迷っているのか?


「今日は久々のオフですし、リラックスしたかったのかもしれませんね」

「はぁ、だから行かせたくなかったのよ。ごめんねマネージャーさん、引っ越しの手伝いをしてもらった上にあの子を探してもらうことになっちゃって」

「いえいえ。陽代ちゃんのお力になれれば幸いです」


あのスーツの人は杠陽代のマネージャーらしい。


「ま、まずいです……あの人、ママを探しに行くって!」


マネージャーは広い駐車場に3台止められた車のうちの一つに乗り込んでエンジンをかけた。


「あの人より先にママを見つけてフラグを立ててください!!」

「……そうなるよね」


マネージャーが先に杠陽代を見つけて家に連れ帰ってしまったら、もうそれこそ家にピンポンしてハンカチをお届けに行くしかない。

直接渡す必要がないならポストの中にでも入れちゃうんだけど、ツグハはそれでは満足してくれないだろう。


「なんでこんな真剣に考えてるんだろう……」

「パ……行きますよ!静流さん!」

「わかったよ……」



ハンカチを拾った場所に戻ってきた。

杠陽代が通った道を知ってる分、こっちの方がマネージャーより先に彼女を見つけられる可能性は高いけど。


「とは言え、ハンカチ拾ってからもう1時間近く経ってるからなー」

「ママが行きそうな場所に心当たりはないですか?」

「こっちが聞きたい」


未来では恋人だとかなんだとか言われても、現状出会ったこともない他人だし。そもそも向こうは土地勘がない。そんな状態では行きそうな場所も何もない。


「うーん、確かママは静かな場所が好きだったはずです」

「静かねぇ」


この辺は人気がなくてどこも静かだけど、そういうことなら。


「町外れの方に行ってみる?」


少し行けば住宅が少なくなって、畑や林のあるのどかな道に出る。そっちはここよりさらに静かだ。

ただ、道に迷った時に人気のない道を選ぶのかは疑問だけど。


「静流さんが言うならきっとママはそっちに居ます!」

「そんなに自信はないけど……」


町外れまで早歩きで向かった。

もう日が沈みかけて夕焼けが暗い色になっている。もし本当に道に迷ったんなら、さぞかし心細いだろう。


どこかにあの大スターの姿はないかとあちこち見渡しながらのどかな道を進んでいくけど、杠陽代どころか人の姿が見当たらない。

夕飯時だからみんな家にいるのもあるんだろうけど、ド田舎と見紛うほどの人気の無さだな。


「二手に分かれて探しましょうか?」

「え……まあ、そう………だね……………」

「どうしました?」

「いや、実際、杠陽代を見つけた時、声かけられるかなって……」


ツグハと分かれて杠陽代を探すとなって、急に不安になった。いや、ずっと不安ではあったけど、一人でとなると心細さから更に弱気になってしまう。


「でも本来は静流さん一人でママにハンカチを渡したんですよ?」

「いや、本来はたぶん落としたハンカチを“その場”で渡す感じなんでしょ?それと杠陽代と分かって探し回って渡すのじゃ全然違うから!」

「そうですか…………」

「そもそも、私まだ君の話を信じたわけじゃないから!杠陽代と私なんか絶対に釣り合わないし……話すのも烏滸がましいでしょ……」

「何でそんな事言うんですか!!!!!!!!」


ツグハは今までで一番と思うほどの声量を発した。その中にはほんの少し怒気が含まれている気がした。


「確かにママは素晴らしい人です。女優して一流で、心まで美しい温かい人です。でもパパだって、ママに負けないくらい魅力的な人です!!」

「そんなわけ……」

「あります!!私が断言します!!パパは優しくて可愛い所もかっこいい所もあって、今は消極的になっているかもしれませんが実際はすごく行動力のある人で、私が泣いている時はいつも手を差し伸べてくれる!最高のパパです!!!!」


あまりの勢いに圧され、目をしばたたかせることしかできなかった。

こほん。とツグハが咳をして息を整える。


「とにかく、もっと自信を持ってください」


首を横に振れない雰囲気にこくりと頷く。

そんな私の様子を見てツグハはにこりと笑った。


「では私はこっちの方を静流さんはあちらをお願いします」

「……うん」


唖然と頷く私を置いて、彼女はさっさと分かれ道を進んで、その後ろ姿がどんどん遠くになっていく。


「はあ……よくわかんないけど、私も探さないと」


今日会ったばかりの自称未来の娘の言葉に何かを感じたわけじゃない。ただそのあまりの勢いに強引に背中を押される、そんな感じだった。

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