百合フラグ修復ミッション!!

と々

1話 出会いは突然(1) 

静流しずるの気持ちは嬉しいんだけどさ、私は静流のこと友達としか見れなくって…………だから、ごめんね』


誰かを好きになることなんてバカバカしい。どうせ報われることはない。

私を振ったあの子が悪いわけじゃないのはわかってる。でもやっぱりスタートラインにすら立てないもどかしさが苦しくって、もう誰かを好きになったりはしないと誓った中学時代。


あれから1年以上の時が経って、私は高校2年生なった。


帰りのホームルームが終わって騒がしくなった教室の中で私、鯨井静流くじらいしずるは一人、メガネのレンズを拭いていた。


「ねえ〜!昨日の陽代ひよちゃんのドラマ見た!?」

「見た!ちょ〜可愛かった!!」


「今日帰りにカラオケ行かない?」

「良いね〜!」

「あれ歌いたい!今やってるドラマの主題歌!」


帰りのホームルームが終わると教室は一気に騒がしくなる。


「陽代ちゃんマジ可愛いよね!私もあんな風になりた〜い」

「むしろ陽代ちゃんを彼女にしたい!女でも良い!!」


本当かな。実際告られたらやっぱ女同士じゃ……ってなるんじゃないの?なんて、捻くれた考えが浮かんでしまった。

友達でもないクラスメイトの会話に聞き耳を立てた上にこんなこと考えるなんて良くないな……。

私はさっさとその喧騒から逃げ出すように綺麗にしたメガネをかけ、カバンを背負う。


「あれ、静流もう帰るの?」

「うん。私は海色みいろと違って部活も入ってないし」

「そっか!じゃあまた明日ね」


声をかけてくれた友達ともすぐにわかれて校舎を出る。部活みたいな熱中できることがあればもっと毎日楽しいのかな?

中学を卒業して適当に選んだ地元の女子校は帰宅部が許されている。中学の時は絶対に何か部活に入らなきゃいけなかったからバレーやってたけど、それも友達に誘われたからやってただけだったし。

別にバレーが好きってわけじゃなかったんだよね……。


帰路を進んでいくと、初めは周りにいた帰宅部の生徒たちがどんどん減っていつの間にか道には私一人になっていた。

塀に囲まれた住宅地の路地は案外人通りが少ない。

今はまだ明るいからいいけど、用事があって暗くなってから一人で帰る時は、この道の人気のなさが不気味で辛い。

これも部活に入らない理由の一つになるかもしれない。


「あの!」

「えっ?」


背後から声がして思わず振り向く。そこには一人の女の子がいた。

亜麻色の髪を2本に束ねおさげにして、耳には特徴的なオレンジ色の花のチャームのピアスをつけている。

同い年くらいだろうか?でも制服は着ていなかった。

それよりも違和感を持ったのは、さっきまで人の気配なんて毛ほどもしていなかったのに、突然この子が現れたことだ。

足音なんて聞こえなかったのに……。


少し不気味だっけど、目の前にいるのは柔和な笑みを浮かべる人あたりの良さそうな女の子だ。

きっと足音に気づかなかっただけだと思い、その子の用件を聞くことにした。


「どうしたの?」

「ちょっとお聞きしたいことが、今の年………………あれ、どこかで見たことある顔?」


ん?こっちは全然見覚えないけど。


「あなた――――――――――パパ!」


パパ????????


「はい?」

「うわ〜!!パパだ!会えてよかった〜〜!……あれ、でも若すぎる??制服着てるし……もしかして来る時代間違えた??うわっ!!!やっちゃった……!!」


わけのわからないことを言いながら急に喜んだと思えば今度は落ち込む目の前の人。

言ってることもめちゃくちゃだし、テンションもおかしいし、関わっちゃいけないタイプかもしれない。


「ま、まあ、またタイムスリップし直せば良いんだから大丈夫。うん。……それより、今は学生時代のパパを堪能すべきでは??」


頭を抱えながら何かブツブツ呟いている……。


バレないように後退りしてその場を立ち去ろうとするとジロッと女の子の黄色い瞳が私を見た。


「えっと、自己紹介がまだでしたね!」

「あ、いや、別にいいかな……」


こんなおかしな子の名前聞いたら一生忘れられずに、ふとした時に思い出す存在になりそうだし。私の脳のメモリをそんなところに使いたくない。


「まあまあ、そんな事言わず」


逃げ出したいのに、この状態で逃げだしたら刺激してしまいそうで怖くて逃げられない……。

こんな時、陸上部にでも入っていれば不審者から逃げきることができたかもしれない……いや、そもそも部活に入っていればこんな不審者に会うことも無かったのに……。


「私の名前は鯨井ツグハです。この時代ではお初にお目にかかります!パパ!」

「く、鯨井って……」


私の名字……。


名札とかつけてないのにどうして?カバンとかにも名前がわかるようなものはつけてないはず……。


「パパの子なので名字も一緒ですよ?」

「いやそんな訳…………そもそも私、結婚する気とかないし……ていうかなんでパパ!?」

「パパがそう呼んで良いと」


ツグハと名乗った女の子は手のひらで私を指しながら言った。


「そんな許可した覚えはない!!ていうか初対面だし!!」

「ああ、そうですよね、色々説明不足でした。私は未来から来たあなたの娘なんですよ」


全然まだ説明不足だろ!!!


「これ新手の詐欺か何か??この後お金に困ってるって切り出したりするやつ?」

「いえいえ、幸いお金には困っていませんよ。これもひとえにママとパパのお陰ですね」


ママも居るんだ!?

いや、気になるような設定を出して気を引いてるだけだ……詐欺師の話に耳貸すな……。


「うーん、信じてもらえないようですね」

「そりゃね……もう行っていい?」


私の名字を知っていたことは気がかりだけど、これ以上一緒にいたらもっと厄介なことになりそうだ。

帰ったらどこかに相談したほうが良いのかな?私の子供を名乗る未来人に名字がバレていましたって。

私の方が頭おかしいと思われない?それ。


「高校生のパパをもっと堪能したかったですが、私もやらなきゃいけないことがありますし……信じてもらえない以上、引き留めるのも悪いですね……」


さっきまでの勢いが信じられないくらいしょんぼりしながら引き下がった。

そのしおらしさに少し胸が痛くなるけど、こっちの罪悪感を煽ってくるのは詐欺師の常套手段だしこれも演技だろう。


踵を返してまた帰路に戻る。

本当に何だったんだろう、あの子は。

詐欺にしたっておかしな話だったな。


早くあの子から距離を取りたくて早歩きで歩を進める私の後ろで「ぎゃーーー!!!」っとホラー映画でしか聞かないような甲高い悲鳴が響く。

びっくりしてまた振り返ってしまった。


そこには――――――


「ぱ、パパ!!助けて!!!」


幽霊みたいに体が半透明になったさっきの子が追いかけてきていた。


「はぁ!?」


何あれ!?幽霊??夢でも見てるのかな私!?

そう言えば、最初あの子に声をかけられた時も気配の無さに驚いた。

背筋がゾッとして反射的に走り出す。


無理!怖い!怖い!怖い!!!


こんな時、誰か他の人間が居れば助けを求められるのに、この辺本当に人が居ない。

仕方ない、いつもの帰り道からは外れるけど大通りを目指そう。

この辺は道が入り組んでいるし、土地勘を生かせば大通りに着くまでに途中で撒けるかもしれない。

ジグザクと予想しづらいルートを抜けて大通りを目指していく。

が。


「ばァァァ!!!逃がしませんよ!!!」


目の前の曲がり角からツグハが飛び出してきた。


「ゆ、幽霊だから瞬間移動が……?」

「こんな姿で言っても信じ難いと思うのですが、私は幽霊じゃなくてですね!!私もこの辺の道は詳しいんですよ」


そのわりにはこの辺でこの少女を見かけたことはない。


「見ての通り緊急事態になってしまったのでパパに助けて欲しくて!!」

「その透けてるのが緊急事態??」

「そうです!話が早い!流石パパ!!」

「おだてたって君のパパであることは認めないからね!?」

「いえいえちょっと信じてもらわないととても厳しい状況と言うか……」


うわ、すごい顔が青ざめてる。


「今からパパの秘密を話します!!」


ビシッと手を上げながら宣言するものだから一発芸でも披露するみたいだ。でも内容は私の秘密??どういうこと??


「パパはお腹に牡羊座みたいな配列のホクロがある!!」

「なんで知ってるの!!??」


怖い!!


確かに胸元からお腹にかけて4つホクロがある。それが牡羊座の形っぽいなとか思ってたけど、そんなの家族にも言ったことない!


「一緒にお風呂に入った時に教えてくれました!」

「教えてない……一緒に風呂にも入ってない……怖い!」

「未来の出来事ですから!これで一回信じたという体でお話聞いてくれませんか!じゃないと一生話が進まなそうなので!!」


正直馬鹿らしい。私の子供が未来から来たなんてありえないでしょ、そんなこと……。

でもこの子は私の名前も知ってたし、誰にも話したことのないホクロの事も知っていた。

むしろこれで未来人じゃなかった方が怖いかもしれない……ストーカー的な意味で。


「今日、何年の何日ですか?」

「え?……2025年……5月14日?」


黒板に書いてあった今日の日付を思い出しながら答える。


「やっぱり…………。」


ツグハは眉間に手を当て項垂れた。


「今日はパパとママが出会う日だったんです。帰り道で出会ったと言っていたから、きっと私がパパを引き留めてしまったことで未来が変わってしまったんです……!」

「質問いい?」

「あ、どうぞ」

「そもそも私、将来結婚する気も子供を持つ気もないし、そもそももう恋愛をする気がないんだけど」

「それはパパがレズビアンで元々男性に恋愛感情がない上に、初恋の人にフラれたからもう恋なんてしたくないって話をしていますか?」

「なんで言ってないことまで知ってるんだよ!!」

「ですから未来でパパが話してくれたんです。安心してください、うちのママは女性ですし、未来では同性婚も同性の間に子供がいることも当たり前になっています!」


1の質問をしたら10どころではない答えが返ってきて全く理解が追いつかない。


え、同性婚認められたの?それは嬉しい。……あれ、でも私には関係ないか。もう恋愛とかしないし。

ん?でもこの子の話だと私は結婚してて??いやそんなの信じられない。ていうか同性婚云々がもう嘘って可能性が一番高いじゃん。何を期待してるんだ。


「それで、今日パパとママの恋愛フラグが立たないと私が消えちゃうんです!!だから急いでフラグを立ててください!!」

「いや意味わかんないし……」

「と、とりあえず帰路に戻りましょう!そこで何かあるはずです!」


なんかもう逃げ出すのも面倒になって、素直に逃げてきた道を引き返して元の帰路に戻る。

このまま帰宅しちゃったら家バレるんじゃ……と思ったけど、私のこと色々知ってるんだから家くらい教えなくても知ってそうだな……。


「ん?」


私は姿勢が悪い。猫背だし、いつも下を向いて歩いている。だけどそうしていると、道端に綺麗な花を見つけてたりする。


今日見つけたのは花ではなく、上品な花柄のレースが入った白いハンカチだった。

随分高そうなハンカチだな、と思いながら拾い上げる。

広げてみれば汚れは落とした時についたであろう軽い土埃しかついてない綺麗なモノだった。

たぶん落とされてからそんなに経ってないんだろう。


「あ!それ!!」

「ツグハの?」

「あっ!名前で呼ばれるとパパって感じして良いですね!」

「それで、このハンカチは“君”のなの?」

「あれ、呼び方が……ま、まあ今はそんな事気にしてる場合じゃないですね。えっと、違います……けど、持ち主は知っています!正しくママのハンカチです!」


……これが噂の“ママ”の?


「パパは今日、ここでママが落としたハンカチを拾ってそれをきっかけにママと顔見知りになるんです!」

「顔見知りねぇ」


落とし物拾ったくらいで顔覚えてるものかな?


「それで、このハンカチの持ち主はどこ行っちゃったの?」


ママとかフラグとかは置いておいて、この高級品のオーラを放っているハンカチは持ち主に届けてあげたいけど。


「私たちが話している隙にどこかに行ってしまったようですね……それでフラグが立たなくて私の存在が危うく……。確か、ママのお話だと、道に迷った時にパパがハンカチを拾ってくれて、その流れで道案内もしてもらったと言っていました」


あー、確かにそのくらいすれば顔見知りにはなるかも。

この辺、道が入り組んでるから、近所の人じゃないと迷うんだよな。


「ママを探しましょう!まだそう遠くには言ってないはずです!それでハンカチを渡してフラグ立ててください!!」

「え、でも誰のかわかんないハンカチ拾って持ち主探すとかちょっと気持ち悪くない?……普通、交番とか」

「それじゃフラグ立たないじゃないですか!!」

「ていうか、ママ、ママって言うけど結局それ誰なの?」


そう聞くとなぜかツグハは得意げにふふん!と鼻を鳴らした。


「きっと驚きますよ!ハンカチの刺繍を良く見てみてください!」

「刺繍?」

ハンカチを広げたまま全体を観察する。

あ、角に筆記体みたいな刺繍がある。白地に白い刺繍で主張が少ないからパッと見じゃわからなかった。


えっと、書かれてるのは――ヒヨ・ユズリハ。


「ゆずりは ひよ………………杠 陽代ゆずりはひよ??」


非常に耳馴染みの良い名前に頭が一瞬フリーズする。その名前は今日も学校で聞いた。キラキラした女子たちが話題に出していたから。


「あの杠陽代?」

「そうです!!」


ツグハは誇らしげに頷いた。


杠陽代と言ったらその方面には疎い私でも顔と名前が一致する、人気沸騰中の若手女優だ。子役の頃から高い演技力と整った顔立ちが評価されて順当にキャリアを積んでいったという。


確か歳は私と変わらない。話を耳にする度に同級生なのに私とは月とスッポン、住む世界が違うと思っていたあの杠陽代だ。


「いや、いよいよ信じられない……帰る」


ハンカチをツグハに押し付け、帰り道を歩き出す。


「え!ちょっ、なんで?」


ツグハは小走りで追いかけてきた。


「やっぱりバカバカしい。私に恋愛なんてできるわけないし、増しては相手が人気女優とかあるわけないじゃん」

「あ、あるんですよ!とりあえずハンカチ渡しましょうよ!あの杠陽代とお近づきになれるチャンスなんですよ!?」

「なれるわけないでしょ。ていうか女優とか有名人とかも興味ないし」

「あ、そ、そうでした。女優とか関係なく、ママはすごくいい人で……だからパパもママに惹かれて!」

「そのパパっていうのもやめてよ!」

「でも……パパがそう呼んでいいって……」


捨てられた犬みたいに稍稍とするツグハ。だけど構っていられるほど私も余裕がなかった。


「そんなこと言わない」


早足にその場を去る。彼女はそれ以上ついてこなかった。

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