ギャップ彼氏は今日も私を愛しまくる

シバコ

第1話 仕事モード



ーーここは天大てんだい食品株式会社、営業課。


パソコンのタイピング音と、書類をめくる音が響くオフィスの一角で、私は今日も黙々と仕事をしている。


私、犬飼いぬかい來未くみは、ここで働き始めて4年目になる。仕事にもすっかり慣れ、後輩の指導を任されることも増えてきた。そして今、私の左隣には、その後輩であり……私の彼氏でもあるいぬい春輝はるきが座っている。


右隣には同期の西にし菜穂美なおみ。彼女とは同期だけど、彼女は個人で案件をこなし、私は春輝とペアで仕事を進めている。


菜穂美はマイペースに仕事を進めるタイプだけど、私たちのチームはそうもいかない。私は彼に指示を出しながら、二人で一つの案件に取り組んでいるのだ。


とはいえ……隣を見ると、春輝は相変わらず眉間にシワを寄せて、険しい顔で仕事をしていた。


「……そんなに怖い顔しなくてもいいんじゃない?」


思わずぼそっと呟いたけど、彼は気づいた様子もなく、黙々とペンを走らせている。


ぱっちりとした二重、くっきりとした涙袋、通った鼻筋……普通にイケメンなのに、なぜそんな怖い顔をするのか。


本人曰く、どんな仕事も真剣に取り組むからこそ、自然とこういう顔になるらしい。


「乾くん、午後一で取引先の吉川商事との打ち合わせだからね。」


私は春輝に声をかける。


彼は書類から顔を上げずに、冷たく返事をした。


「わかっています、犬飼先輩。」


……冷たい。


いつもながら、この冷たさ。


彼は仕事モードに入ると、私に対して完全に「上司と部下」の距離感を守る。プライベートではあんなに甘えてくるのに、仕事中は徹底してドライ。


そして、これが彼の「仕事モード」なのだ。


私が何を言おうと、しっかりと報告・連絡・相談をしてくるし、仕事に抜かりがない。ミスもほとんどない。だから文句をつける隙もない。


だけど、やっぱり……腹が立つ!


「この資料を準備しなきゃだよ?他に忘れ物もないようにね。」


「問題ありません。既に準備しておきましたので。犬飼先輩こそ、忘れ物しないようにしてくださいね。恥かきたくないんで。」


「……はいはい、ご忠告どうもありがとう。てか先輩なめんな。」


私は心の中で深くため息をついた。


そんな私を見て、右隣の菜穂美がニヤニヤしながら話しかけてきた。


「來未、相変わらずギャップにお疲れ気味だね〜。乾くんのその態度、やっぱりプライベートと全然違うんでしょ?」


「うっ……菜穂美、黙ってて。」


「いや〜、だって気になるじゃん!仕事中はこんなに冷たいのに、家ではめちゃくちゃ甘えん坊なんでしょ?」


「……。」


私は何も言わずに、無言で菜穂美を睨んだ。


すると、彼女はさらに悪ノリして、楽しそうに続ける。


「ねぇねぇ、1回くらい見てみたいな〜。甘えん坊春輝くん。」


「絶対に見せないから。」


私は即答した。


そんな姿、誰にも見せるわけがない。


菜穂美は肩をすくめて、ニヤニヤしながら言った。


「ふーん、まぁいいけど。でもさ、來未、そのギャップがしんどいなら……もう会社でも甘やかしちゃえば?」


「できるわけないでしょ!?」


私は思わず声を上げる。


すると、隣の春輝が眉をひそめて私をちらりと見た。


「犬飼先輩、大きな声を出さないでください。集中できません。」


「……はいはい、ごめんなさいね。」


私は再びため息をついた。


これが、私と春輝の「仕事モード」の関係。


でも、こんな風にギャップに悩まされながらも、私は彼とのこの関係が嫌いじゃない。むしろ、嫌いになれない。



ーー彼は今日も家では私だけに別の顔を見せるのだ。



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