第11話 二人のこれから

 その後、数日が過ぎて、俺は少しずつ自分の気持ちと向き合っていた。零士さんの言葉、それに自分の中で揺れ動く感情。すべてを整理するのは時間がかかると思ったが、最終的には一つの結論に辿り着いた。


「やっぱり……零士さんのこと、好きなんだ」


 鏡の前で自分に言い聞かせるように呟いた。気持ちが決まると、少しだけ胸が軽くなった。怖さや不安はあったけれど、それ以上に彼と一緒にいたいと思う気持ちが強かった。


 その日、零士さんと会う約束をした。もう、逃げるつもりはなかった。正直に自分の気持ちを伝えるつもりだった。


 彼はいつも通り、冷静な表情で俺を待っていたが、その瞳にはどこか不安そうな光が宿っているように感じた。


「陽介、少し話があるんだ」と、零士さんは静かに言った。


俺は少し心配になったが、しっかりと彼を見つめながら頷いた。


「うん、俺も話したいことがある」と、俺は深呼吸をしてから言った。


 二人は並んで歩きながら、会話を始めた。最初は、軽い話題から始まったが、やがて話の焦点は自分たちの関係に移っていった。


「零士さん、俺……怖いんだ」と、突然、そんな言葉が口をついて出た。


 零士さんは驚いたように顔を向けたが、黙って俺の話を待っている。俺は続けた。


「車で零士さんの目を見た時、怖かった。冷たくて、何かを隠しているような気がして」


 俺の言葉には、少し震えが含まれていた。


「でも、零士さんが本当に俺を大切に思ってくれているって感じるから……」


 零士さんはその言葉に驚き、少し黙ったままだったが、やがて静かに口を開いた。


「分かっている。あの時、俺はお前を怖がらせるようなことを言った。それは、俺の過去が原因だ」と、零士さんは深く息を吐いた。彼の目は少し遠くを見つめているようだった。


「過去?」と俺は少し驚いて、彼を見つめた。


 零士さんはしばらく黙っていたが、やがて静かに語り始めた。


「俺は、幼い頃に両親に捨てられたんだ。その後は、財産目当てで近づいてきた大人たちに騙されて、施設に入れられることになった」と、彼はその時の記憶を思い出すように目を閉じた。

「その頃から、人を信じることができなくなったんだ。信じて裏切られるのが怖かった。だから、自分を守るために、強くなければならないと思った。強さこそが唯一、俺を守ってくれるものだと思ってた」


 俺はその話を聞きながら、心の中で零士さんの痛みを感じ取った。彼がどれほど辛い思いをしてきたのか、その痛みを少しでも理解したような気がした。


「零士さん……」


 俺はゆっくりと彼の肩に手を置いた。


「それを俺にぶつけてきたから、怖かったんだね。俺、あなたが本気で思ってくれてるって分かってるけど、その怖さに押し潰されそうだった」


 零士さんは少し顔を下げ、そして静かに俺の手を取った。


「ごめん……本当に、俺はお前を傷つけたくなかった。俺がしたことは、お前を守ろうとしただけなんだ。でも、今は分かっている。お前に優しく接することが、守ることだって」


 その言葉を聞いて、俺の心は少しだけ落ち着いた。零士さんの過去が彼をこうさせたこと、そしてそれでも俺に本気で向き合おうとしてくれていることが、はっきりと伝わってきた。


「零士さん、俺……あなたのことが好きです」


 俺は目を見開いて、少し照れながらも、はっきりと告げた。


「怖さはあるけど、それでもあなたと一緒にいたいと思う。だから、付き合ってほしい」


 零士さんの目が一瞬、驚きと喜びに満ちた。その表情を見て、俺は胸が温かくなるのを感じた。


「陽介……」


 零士さんはその後、少しだけ間を置いてから言った。


「ありがとう。お前がそう言ってくれて、すごく嬉しい」


 そして、零士さんは俺の手を強く握りしめ、俺に向かって微笑んだ。


「俺も、お前を守りたい。そして、一緒にいたい」


 その瞬間、全ての不安や怖さが消え去り、ただ二人だけの時間が広がっているように感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る