第7話 (山笑う☆青春編)
「待たせた。どうした?」
「おう、苅家。お疲れ。いや、脳を使うのって厳しいな」
放課後、用事をサクッと済ませた俺は、友人と合流した。一応、待たせたとか言ったが、いつも待たされている側の俺にとっては取って付けた言葉だ。
いつも待たせる側に立っている友人、松田は、教室の窓際にひとり座って頭を抱えていた。
近寄ると、スッと紙を見せられた。
【ウカサルカス】
「なんだこれ?」
ピンクの便箋に書かれた謎の文字。透かして見ると後ろにも滲んでいることから、乾く前に封筒に入れられたものだろう。
少し丸文字がかってはいるが、個性を隠すかのように書かれたもの。
「この前、俺の鞄に入っていてさ。なんのことやらって悩んでいたとこ」
「ふぅん」
いいね。これがオリジナルで考えられて出されたものなら、我が研究会に勧誘したい。
我が研究会。それは、ミステリ研究会。俺はそこで会長をしている。字は、ホームズ。まぁ、ベタだけどわかりやすさを優先しているので仕方ない。
「多分、返事……だと思うんだけど」
首が取れるんじゃないかというくらい、右にかしげている。松田よ。バスケは体幹が重要だろ。バランスが悪くなるぞ。
「なんの?」
「手紙の」
ああ、記憶を引っ張り出すほど昔ではない。封筒の色も覚えている。水色だったな。
「こないだ書いていたやつだよな。ホントに出したのか」
ただただ、達筆の書を渡されたのかと思った紙は、我が後輩への恋文だった。
風流すぎるだろうとは言わなかった。
彼女は、ビブリオフィリアだから、紙に書かれた文章なら何でもいい色合いがある。
「だってさー。春休みに男と仲良くお茶していたじゃん。お前も見ただろ?」
「お前だけ、焦っていたやつね」
「焦るのが普通だろ。あの男を探った結果、そういう仲ではないことはわかったけど」
探ったのか。
春休みのとある日。確かに、彼女は誰かとお茶してはいた。その誰かと仲が良かったなと聞かれたら、そうでもないと答えてやったのに。
どう見ても、お互いに距離があっただろう、あれは。
松田からすれば、誰かと・一緒に・お茶、が気にかかったのだろうと推測できるが。
「はぁ……。オシャレに決めたんだけど。はずなんだけど、ずっと返事がなくてさー」
ああ、駄目だ。勧誘はできないな。彼女は、すでに我が研究会所属となっているから。
「どれが良いかって聞いてきた紙だよな? あの後、一枚をすぐ封筒に入れていたけど。そう言えば、自分の名前書いたか?」
「……どうだったっけ」
そのまま封をして、そのまま持って行った気がするのだが。
松田のことだ。絶対、書き忘れているな。
ニヤける。
「何笑っているんだよ。俺は、真剣に悩んでいるんだからな」
「ああ、大丈夫だ」
「なにがっ!」
名前を書き忘れる。
これは、悪くない手だったかもしれない。
謎がそこにあれば、解かずにはいられない。それがミス研。
ミス・マープルのことだ。ワクワクして解いたことだろう。
「今まで返事がなかったのは、手紙の主が誰かわからなかったからか、内容が恋文だと気づかなかったか。あるいは、両方か。まぁ、彼女の場合、その他というのも考慮しなければいけないかもしれないが。それでも、解いてみせたのは、ミス研の功績」
「自分の手柄みたいに言うな。だいたい、最初に『何見ているの?』って声かけたの俺なんだからな!」
「知っているよ。いい後輩をありがとう」
あれからというもの、バスケ部員のはずの松田が、しょっちゅうミス研に来ては雑談をするものだから、困ったものだ。
全く関係のない会員に、温かい目、いや、生温い目で見られていることにも気づいていなかったのではなかろうか。
ことあるごとに、『彼女に他のやつらを近づけるな』だの『好みをひとつでも多く集めとけ』だの『俺が行くまで引き留めておけ』だの、正直、ウザかった。
だが。
本当に、いい人材を見つけてくれたと思う。来年、俺がいなくなっても、安心して任せられる。
「笑うなって。いや、話を戻すぞ。俺は、紙が一枚ってとこで、返事だと思っていたわけ」
「まぁ、そうだろうな」
他に、こんな奇特な方法で返してくるやついないだろうし。
「で、悩む要因はまだある。さっきメープルが来て、窓から外見ながら、『笑うのっていいですよね』って言って帰ったんだよ」
窓から外を見ると、山がほんのりピンクに色づいていた。
「なるほどね」
「これって、彼女からの返事だよな?」
あちらはあちらで、返事がないからヒントを出しに来たわけか。
松田に解けるかどうかが怪しいかも、と思ったのだろう。
そして、手紙を見ているのを見て、優しさを出していったわけだ。
一言のヒントでやめたのは、おそらく、俺と待ち合わせをしていることに気づいたからだろう。
だから、そのまま帰った。
良く出来た後輩だ。
「なんだよ。ミス研、こういうのが流行ってんのか?」
「いや。お前が出したオシャレな手紙とやらのせいだろ」
「待て。これがなにかわかったのか?」
「ああ。謎というほどのものじゃない」
呆れてしまう。もちろん、答えがわからないからではなく、友人の鈍感さにだ。
ミス・マープルのためにも答えを教えたいが、せっかくの謎だ。松田には頑張ってもらおう。
「『山笑う』って言葉知っているか?」
ヒントは付け足してもいいだろう。
「なんだよ、それ」
「習ったはずだぞ。あんな雅な恋文を出しておいて、これを知らないのはどうかと思うぞ」
「かー、これだから文系は!」
文系だからとか関係のないレベルだ。とめどなく笑みがこぼれてしまう。
友人の肩を叩いて、起立を促す。
「花見に行こう。コンビニでジュースと焼きそばパン買ってさ。お前のおごりで」
「なんでだよ!」
「春だからさ」
荷物をまとめて教室を後にする。
「待てよ!」
松田も慌てて席を立つ。
「答えは! おいっ、おいーーーー」
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