第46話 前払いの返済
なにもかも吹っ切れた顔をしている舞白。
すっきりした顔をして笑っている。
ただ、「家を捨てて一緒になろう」と言われても……。
いままでお父さんを納得させようとして頑張っていたっていうのに。それじゃあ、なんだかお父さんから逃げるみたいな……。
「……気持ちは嬉しいけどさ。舞白、それはちょっと違うかもだよ」
「なんで、どうしたの? 私と一緒に暮らそうよ! 愛があれば毎日楽しいよ? 私、一生お姉ちゃんのこと好きでいる自信があるよっ?」
くいっと首を捻って、舞白には珍しくぶりっ子するように私の顔を覗き込んでくる。可愛いと思うけど。すごく可愛いけど……。
「……そうじゃないんだよ。お父さんから逃げるんじゃ意味ないじゃん。納得させようと頑張ってたじゃん!」
「もう、お父さんなんて気にしなくても、もういいじゃん? 私も少し蓄えあるから、それを切り崩してさ?」
楽しそうに、ヘラヘラとする舞白。
絶対にわかってないよ……。
「舞白は、貧乏な暮らしっていうのが分かっていないんだよ。ずっとお金に不自由なく暮らしてたんでしょ?」
「うん、わからないけど。二人で楽しく暮らせたらいいじゃん? お父さんも言ってたじゃん!」
「そりゃそうだけど……。けど、絶対にお金が無いとダメなんだよ」
私の言葉に、舞白はムッとした顔をする。
たとえここで舞白に嫌われてしまうとしても、絶対に言っておかないといけない……。
「お金がないと、二人の関係って悪化するんだよ。お金がないと何もかもが不自由になって。それで小さいことでストレスが溜まっていって。良い関係も、だんだん崩れてきちゃって……」
「お姉ちゃんと私なら、大丈夫でしょっ!」
楽しそうに笑う舞白。
「もしも、大丈夫だったとしてもさ。いざって時には、誰も助けてくれないんだよ。お金が無いと、何にもできないの。助かる命だって助からないんだよ! 私の家にお金があったら、お母さんがもっと早く病院に行けて、生きてたんだよ!」
私の言葉にも、舞白は少しもたじろがないでいるようだった。暖かい初夏の日差しは、なにも考えていないように降り注いでくる。
私は少し落ち着いて話を続ける。
「私が小さい頃にさ、お母さんは病気で死んじゃったんだ。昔は家族全員で楽しく生活していたんだよ。貧乏でも楽しくって。私は世界一幸せな家庭に生まれたなって思ってた」
舞白は無言で頷いてくれる。
「けどね、中学校に上がるっていう時に、お父さんとお母さんが無理して私を私立へ行かせようとしてくれたんだ。私が昔からお嬢様にあこがれてたのを知っててね。だから、その夢を叶えてくれようって……」
「それで、頑張りすぎて病気になって。間に合わなくって死んじゃったの?」
舞白は、私の話の続きを的確に答えた。
「そう。だから私、絶対金持ちと結ばれてやるんだって思ってるの。金持ちと結ばれて、不自由ない生活をするんだ。この学校を卒業出来たら、大学で合コンしてね、金持ちをつかまえるんだよ。白百合学園を卒業したら、どんな女子だってモテモテで、選り取り見取りなんだよ」
私の考えをまくしたてるように舞白に言う。
舞白に怒っても、ただの八つ当たりだと思うけど。
私だってわかっている。舞白にそんなこと言ったって、なんの意味もない。私の過去を教えたところで、なにが変わるわけでもないし。
舞白はすべてをわかったような顔つきをする。無言で、真っすぐに私のことを見つめてくる。
「千鶴。そんな人生でいいの?」
ずっと私は空回りしているのかもしれない。舞白の方が私よりもずっと落ち着いてる。
「舞白の言いたいことはわかるんだよ。私だって、お金が全てだなんて否定したい……。けど、どうしても、楽観的にはなれないし、なんの反省もしていない親父を見ているような気持になってしまうの……。本当はお金なんてなくたって、幸せでいたいし。好きな人と楽しく暮らせれば、それでいいのに……」
「千鶴、もっと自分に素直になってよ?」
「けど……。私だけじゃなくって、舞白の人生だって台無しになっちゃうし……」
「もう、私の人生は千鶴のものになってるよ?」
「そんなことないよ。舞白はお父さんに謝れば、良い人生が待ってるよ。私なんかと一緒にいないで良いんだよ……」
「……ったく。わからずやな、お姉ちゃんだなぁ……。前借りしてる分、増すよ?」
真っ直ぐに見つめたままの舞白の顔が迫ってくる。私の身体を両手で抱きしめて、少し背伸びをして。
唇が触れ合う。
こんな昼間から。白昼堂々。
暑い日差しで、少し汗ばんでいる唇。一生懸命私を求めるように。
満足するまでキスを交わすと、舞白は照れるように笑った。
「前払いでキスした分、返済してくれるまで付きまとうからね。千鶴が貧乏でも、私がいっぱい貸してあげるからっ!」
そう言って、舞白はまたキスをしてくる。
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