第4話 部屋でのカミングアウト

「ようこそ、百合園学園へ。今日から一年間、私をお姉さんのように慕って下さいね?」

「あぁーん? はいはい。よろしく」


 気を取り直して舞白に挨拶をした。私の持てる最大の笑顔で、お淑やかさを備えたとびっきりの笑顔だ。

 それなのに、舞白は私を無視するように部屋の中へと入っていく。



 寮の部屋は、ホテルの一室のようになっている。

 絨毯が敷き詰められた部屋となっており、段差もなく外から敷き詰められている。ドアを開けてすぐの位置にスリッパが置かれており、そこで履き替えて部屋の中へと入るようになっている。


 そのはずなのだが、舞白は履き替えずに、土足のまま部屋の中へと入り込んでいった。


「いやいやいや。ちょっと、あなた。部屋に土足で上がり込むってどうなっているの。そこに靴脱ぐ場所があるでしょっ!」


「なにそれ。こういうホテルみたいなところって、普通土足でしょ? どこで育ったの? 考え方おかしくない? 貧乏性の庶民なの?」



「いや、そっくりそのままあなたにお返ししますわ。どこで育ったのですか。こんな綺麗な部屋に土足でなんて上がらないですわよっ!」



 舞白は私の言葉は聞かずに、そのままベッドへと飛び込んで寝転がった。


「ちょっとちょっとちょっとっ!! 土足でベッドになんて入らないでくださる!? 何やってるの!!」


「あぁー? 別にいいじゃん?」



 私は急いでスリッパへと履き替えて、ベッドへと駆け寄った。


「ふざけないでよ! さっきからずっとそんな態度取って。お姉様たちの心が広いから、まだ許されていたようなものの。普通だとあり得ないんですからねっ!」


「なに普通って? それ言ったらさ、あんたの話し方普通じゃないじゃん。なにその話し方? おかしいよ?」



「は、は、はああああーーーっっ!?」


 思わず大声が出てしまう。


 慌てて口を閉じたが、今はまだ気にしなくても良さそうだ。

 この部屋は隣の音が良く聞こえたりするのだけれども、まだオリエンテーション中だから、他の部屋は気にしなくても大丈夫だ。



 私の大声に対して。舞白は不機嫌そうに首を捻っている。

 その後、鼻をつまんで近くの空気を払うように手を横に振る。



「なんかさー、この部屋臭くない。これって香水なの? 趣味悪いよ?」


「んなっ!!」



 舞白はコロコロと転がってべッドを降りると、窓のところへ行き全開に窓を開け放った。外の空気を一身に吸い込んでいる。


 北大路さんに直接頼まれたわけだし、私の憧れの妹ができると思って少し我慢してたけれども、これはもう耐えられないわ。なんだこいつ……。



「この匂いは、私が一年生の時に柊お姉様から教えてもらった香りなの。淑女たるもの、香りを楽しむ余裕が無ければいけないってね!」


「余裕ってなに? そんなことしか楽しみが無いなんて、相当暇なの? 暇を持て余しているなんて、もったいない生き方してるんだね。人生って有限だよ?」


 舞白はムカつくガキっていうだけじゃない。

 一周回って、もはや呆れてしまうくらいだ。私も、もはや百合園学園の生徒として扱うこと自体を諦めようと思った。



「はぁーーー……。まったくさ、何だよお前はよ。なんでこの学園来てるんだよ。この学園はお嬢様が来るようなところなんだよ! ふざけんなよ?」


 こんな奴にお嬢様言葉を使うなんてもったいない。普段の私の話し方で良いだろう。誰もいないわけだし。



「あぁー、やっとまどろっこしい話し方、辞めた? そっちの方が、あんたに似合ってるよ。田舎のヤンキーみたいな雰囲気してるし!」


「んだよ。せっかく優しくしようと思ったのに。せっかくの妹だと思ったのにな……」


 舞白がこの部屋に来て、初めて安らいだ顔をした。自然な笑みがこぼれている。


「やっと本音で話してくれる? なんか、この学園の生徒たちって変な喋り方ばっかりじゃん? これ辞めた方が良いと思うんだよね」


「いやいや、それがこの百合園学園だから。お嬢様たちが全員で仲良くしているから尊さが溢れている学園なんだよ」


 舞白は首を捻って、さっぱりという顔をしている。


「お嬢様だからって、古臭いでしょ。寮制度だって古いし、この制度やめた方が良いと思うよ? 二人で一部屋とかも貧乏くさ過ぎない?」


「これは、一学年違う二人組で生活を共にして、学園のことを教えたりして絆を深めるっていうものだよ。お嬢様の中には人見知りも多いっていうし、そういう所から徐々に慣れていこうっていう話」



「そんなの幻想でしょ。今時のお嬢様なんて、わがままな奴しかいるわけないじゃん」


「お前が何を知ってるっていうんだか。はぁーー、可愛い妹に憧れてたんだけどなー!」



「ははは。可愛い妹が来たとしても、あんたになんか懐かないと思うよ?」


「はぁーっ?!……って、まぁもういいや。舞白って言ったっけ? 好きに生活しなよ」


「ありがと。それが一番嬉しいや」


 舞白は今まで見た中で一番可愛い笑顔を浮かべた。少し、ドキッとしてしまう自分がいるのは、なぜなんだろう……。


「け、けど。部屋の外では、してよね。そうしないと、私が周りから白い目で見られちゃうから。あと、私が元ヤンっていうのは口外なしで」

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