に見惚れて、恋に参った

北里 京(きたさと けい)

第1話 ありふれたはずの新年と神秘的な君

 刺すような寒さに震え、やや下を見ながら歩く。灰色の空からは頻りに白粒が風に散って、降りてきていた。それらが目に入ることを嫌って、若草色の上着のフードをしっかりと被っている。それで余計に前が見辛くなっていた。そんな中にあっても人が行き交う街中で積もる雪等に困るということはない。踏み歩く人の足で勝手に避けられるということではなく、通る人口の多い分処理をするという仕事の需要も供給も上がるということだ。これが過疎化の進んだ田舎町であれば、道路に積もった雪で車を出すことにさえ困ることになる。僕自身もこちらで生活するようになってから、自分の為に雪かきをするなどということは無くなっていた。

 それでもそんな街並みから外れてしばらく歩いているとちらほらと雪の量が増えてくる。住宅街からも外れさらに行くと、街と街を繋ぐ交通の為にだけあるような道に出ていく。どこまで行こうと道がある。密集した都市を抜けてもそのまた次の密集した都市に続くまでの道がある。そんな様を見ると、人が世の中を如何に自分勝手に貪っているのかということが浮き彫りになった様な気がした。

 最近こうやって人という存在のなんというか嫌な部分ってやつについて考える時間が増えた。守ることや、祈ること、思い遣りや、慈しみ。思考の中にリソースとしてあったはずのそう言った余裕ってやつが失われ、人はひたすらに自分の為だけに略奪を繰り返す酷い生き物になってしまっている。自然だけじゃない、同じ人同士だって奪い合って、本当に何か自分以外の為に、自分の存在する、自分にとって利があるコミュニティの為以外に心を向けるやつがいるのだろうか?少なくとも僕の周りにそんなやつはいなかった。僕自身もそんな殊勝な人間になれているわけではない。打算を完全に排斥した行動を取ったことなんて無い気がする。

 何故こんなことを考える時間が増えたかと言えば、そうなるようなきっかけがあったからだと言わざるを得ない。僕だって金もないし、時間もないし、他人やら自然の何かやらにかまけている余裕なんてない。それでも、目の前に本当に可哀想な何かが現れれば多少揺れるし、考えもするのだ。結局の所、今の人間に足りないのは事実感というか当事者感というか……とにかく自分が何かしなくてもというような甘えや逃げを大体数のやつが持っている事が問題なわけで……

 人通りも住居も少ない代わりに車通りが多少ある道を抜けていくと、石階段のある山道の入り口に着く。ごちゃごちゃと考え事をしていると随分と目的地の近くに来ていたことに気がついた。少し前までそれなりの時間がかかる移動には音楽やら動画再生やらが無いと落ち着かなかったものだ。だが考え事をする時間が増えるとそれらを聴いていること事態がうっとおしく感じられて、不思議と何も聴かなくなっていた。

 車の音も、人の足音や姦しい声もこの石階段を登っている間には聞こえない。代わりに周囲の木々を揺らす風音と、自分が踏む雪の潰れる音だけが聞こえてくる。寒さは依然として変わらず身体を強張らせながら歩いた。


「あら?また来たの?冬になったら気も変わるとおもっていたのだけれど……」 


 階段を登りきった先の苔むした鳥居を潜ると、欠けたり割れたりしているボロボロな石造りの道が延びている。その先には所々寂れた社があった。その社の近くに声の主はいた。


「寒いからな。むしろ運動して身体を温めたかったんだよ」


 僕は思わず強がりを言った。歩いているだけじゃ寒いままなのに。


「貴方はいんどあ?というのが好きなんじゃないの?」


「最近はキャンプをしたり、街づくりをするアニメを見て外に出たくなったんだよ」


「貴方は本当にあにめが好きね。きゃんぷ?はよくわからないけど、それについても教えてほしいわ!」


「時間はあるんだ、今日も色々教えてやるよ」


 澄み切った声は例えるなら春風のようで、僕の全てを見透かすような瞳は夕日に照った海のように、彼女はどんな存在より美しかった。空から舞い落ちる白雪も彼女のことだけは避けるようで、簪で纏められた黒髪に一粒の白も混じってはいなかった。僕が縒れたスーツにジャケットを着ているのに対して、彼女は白鳥を描いたような白を基調に桃色が流れている華やかな着物を着ていた。時代に取り残されたような……いや本当に取り残されてしまった彼女は僕に神だと名乗った。それがもう1年以上前のことだ。そしてそれを信じざるを得ない程に彼女は浮世離れしていて、美しくて、神秘そのもののような立ち振舞をしていた。

 そして僕は……そんな彼女に恋をしてしまった、のだと思う。



 出会いはただの偶然だった。正月にもなれば初詣位するのが一般的な人間ってやつだろ?僕もそういう所謂普通のノリってやつでこの神社にお参りに来たのだ。

 この街にやってきたばかりの僕は、街の立地なんかを覚えたくてよく散歩をしていた。その中で見つけた街外れの石階段。看板や石碑の様な物があったからその先には神社があるんだろうとは思っていた。でも何となく登るのが億劫で正月の日にちらほらと他の人が登っていくのを見るまで登ることはなかった。くだらない集団心理だ。誰かが登っているから、僕も登ってみようと思ったのだ。正月の日に1人で初日の出でも見るかと散歩をして、何となくで登った神社。その先で僕は非日常と遭遇した。

 前の人に続いて歩くと、それなりに人が住む都市部であるにも関わらず来ている人が少ないことに気づいた。何故だろう……という疑問は進むにつれて階段やら鳥居、社自体が劣化してしまっているのを見て何となく察してしまった。管理もされず半分忘れられているような神社。来ているのは近所のご年配の方やその家族のみ。他の人達はもっと話題性のある、名の知れている、アクセスの良い神社なんかに行くのだろう。行くこと自体を話題にできるような、ステイタスになるようなそんな所に。

 せっかく来たのだからと財布の中から小銭を取り出す。そして社の賽銭箱がある所を目指す。人は少ないからすぐに着いた。周りにおみくじ何かがあるようにも見受けられなかったので、それが終わったらすぐ帰ろうと思いつつ手に握った小銭を投げた。特に願うこともない僕は直ぐに踵を返そうとした……その時だった。


「あら?見ない顔のお兄さんね!ここに初詣とは見どころあるわー!」


「え?」


 賽銭箱の後ろ。小さな階段の先にある扉。その先には御神体があるであろう扉の前に誰かが座っていたのだ。こちらを見て話していたのだ。僕はそんな非常識なやつがあるかと思いつつ一度は目を逸らした。しかし周りにいた誰もがその人影を見もしないどころか、何の反応もしないことを気掛かりに思った。ご年配の方も多い。1人くらい注意したり、にらんだり、小言を言ったり……普通何かあるだろ!

 僕はそう思いその人影の方をじっと見てしまった。


「ん?貴方?私のことが見えているの?」


 目が合った。そしてそこにいたのが彼女だったのだ。


「あっ……明けまして、おめでとうございます?」


 何を思ったか口から溢れたそれはありふれた新年の挨拶だった。ありふれた言葉と奇天烈な存在。そして目の前の神秘は近所のお姉さんが見知った家の子供を諭すかのようにしゃがみ、目線を合わせると優しい笑顔で僕に言った。


「うんうん、おめでとうございます」


 神秘に出くわしたにしては、なんとも間抜けな出会いだった。

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  に見惚れて、恋に参った 北里 京(きたさと けい) @karakurikarakuriz0896

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