しゆ

第1話

2月某日、街に初雪が降り注ぐ今日、行き交う人達はみな、肩をすぼめながら足早に歩き去っていく。


「ふぅ~寒い寒い。かなわないな全くもう」


私の隣でも、花織ちゃんが小刻みに震えながらボヤいている。


乗ろうとしていたバスをタッチの差で逃した私達は、バス停に並んで座って次のバスを今か今かと待っている。


「花織ちゃん、震えてるけど大丈夫?」


花織ちゃんの顔色が心なしか青白く見えたので、心配になって聞いてみる。


「え?あぁ、大丈夫大丈夫。一途こそ、寒くない?平気?」


少し掠れて、震えが隠しきれていない声に、私は明らかに大丈夫ではないと判断した。


巻いていたマフラーをするりと外し、花織ちゃんの首に巻き付ける。


「あっこら一途、僕なら大丈夫だからちゃんとマフラー巻きな。風邪ひいちゃうよ」


「良いから良いから!私、寒さには強いの!!私は平気だから花織ちゃんが巻いてて!!」


マフラーを解こうとする花織ちゃんの手を上から押さえる。


でも……と尚も断ろうとしてくるので、むぅっと怒り顔を作って花織ちゃんを見つめると、花織ちゃんは諦めたようにやれやれと首を振って笑う。


「分かったよ。ありがとう一途、とっても温かいや。それに……」


「それに……一途の香りがする」


そう言ってマフラーに顔を埋める花織ちゃんに、こらっやめろっ嗅ぐなっとパンチを入れる。


すると、花織ちゃんにガシッと腕を掴まれて、ぐいっと引き寄せられる。


「でもやっぱり駄目。一途が風邪をひいたら僕が許せない」


花織ちゃんはそう言うと、オーバーコートのボタンを外して私ごと包み込む。


そのままぎゅうと私を抱きしめながら、大きく息を吐く。


「これでよし。これなら2人とも寒くないね」


花織ちゃんの声が耳元で響く。


花織ちゃんに抱きしめられて、耳元で囁かれている。

そんなシチュエーションに、自然と鼓動が早くなる。


身体が花織ちゃんの匂いに包まれて、頭がふわふわしてくる。


「一途は温かいなぁ。湯たんぽみたいだ」


鼓動の高鳴りが、呼吸の震えが、この人にバレてしまわないかと少し緊張する。

おかしな汗が溢れ出しそうになるのを全力で堪える。


「ねぇ、一途」


「気づいてる?僕、今凄くドキドキしてるんだ」


花織ちゃんの掠れた声は、きっと寒さのせいじゃない。


「一途はどう?」


「一途も、ドキドキしてくれてるの?」


あぁ……もう駄目だ。

もう、隠せない。


「そっか、良かった……」


花織ちゃんの安心したような、笑い混じりの吐息が私の耳をくすぐる


2人の吐息が、匂いが、熱が、絡み合って溶けていく。


バスはまだやって来ない。

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しゆ @see_you

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