画面端で変な動きしてる奴、俺。

「みんな帰しちゃって……もしかして私もここから……」

「リュゼ、行こう。共に最高のトリックショットを決めるぞ」


 俺はリュゼを抱え、タワーを昇る。

 階段が見えたが、気にせず鉄骨を駆け上がる。

 曲線の傾斜が段々と急になり、頂上付近ではほとんど垂直になった。


「行こう、じゃなくて、着いた、ね。はあ……なんで私だけなのよ……」


 リュゼが俺の腕から降り、ため息をつきながら愚痴る。


 空が近い、タワーの頂上。

 航空機に存在を知らせるための灯が、そこにはあった。


「リュゼ、俺は君のことを知らない」

「なによ、急に……」


 不自然なほどに風が吹かない空の上で、俺は短い物語を振り返っていた。


「だが、しっくりくる」

「好きね、その言葉」

「ああ、大好きだ。俺の存在意義はそれかもしれない。だから……」


 俺はリュゼのしっかりと見て、彼女の頭を撫でた。


「リュゼの存在意義も、俺だ」


 彼女の一目ぼれという言葉、それは”しっくり”にほかならない。


「口説いてるのかしら。王女様に怒られるわよ」


 リュゼはおかしそうに笑う。


「確かに、少し恥ずかしいな……」


 冷静になってみると、キザなセリフだった。

 俺は恥ずかしくなり、目を逸らして顔を赤くしてしまう。


「ラスのキャラって、分からないわよね……でも、そういうところが好き」


 俺の鼻先が、指で優しく押される。

 リュゼはそのままウインクをして、俺が手に持っていた”無”を取る。


 そして、それを自分の胸に当てた。


「やっぱり、私は”無”だったのね……」


 変わらないリュゼは、はかなげに笑う。


「だとしたら、これからだ」


 俺は伸びをして、体をほぐしながら言う。


「俺は、周りに支えられてでラスという存在を作り上げたんだ。両親に妹、師匠に同僚、レーヴにリュゼ……だから、これからだ!」

「そうね! 私らしくないわ!」


 リュゼが自分の頬を叩き、気合を入れた。


 俺はその様子を見て、頷く。

 シリアスな空気はもうごめんだ。

 そもそも俺は、トリックショットを決めたいだけなのだ。


 俺の目線の先、そこには俺の部屋があった。

 場所が分かるだけで、見えている訳ではない。


 だが、この世界の全ての処理が、そこに集中していた。


 オネットがそこに居て、分散していた処理能力を一か所に集めている。

 それは『全てを書き換えろ』と言わんばかりだった。


 このゲームの製作者も、分かっているのだろう。

 好きなことに全力を出した結果が、最良であることを。

 彼も自己満足に生き抜いたに違いない。


「「ふん、ふふふふーん、ふ、ふふふふーん、ふ、ふふふふふんふふーん……」」


 俺の中で、ではなく、ふたりの世界で確定演出が始まった。


「「ふ、ふふふん、ふ、ふふふふふふ、ふーんふふーん……」」


 地平線の先から、第七段階が崩壊していくのが見えた。

 俺が試練を乗り越えた結果、”世界”が元に戻ろうとしているのだ。


 だが世界は穏やかで、俺たちを中心に時が流れていくのを感じた。


 ふたりで手を繋ぎ、全力で飛ぶ。


 俺たちは舞踏会で踊るように回りながら、ゆっくりと落ちる。


 俺はアイテムポーチから、一つずつ魔導具を取り出しては、リュゼに吸収させる。

 装備を出したり戻したりする動作は、きっと変だ。

 それでも、俺が好きだったトリックショット、その一つ一つの”変”に力を蓄える意味があった。

 

 リュゼの処理能力は限界を超え、更なる高まりをみせる。

 全ての条件が整い、物語は最高潮に達した。


 俺の左手はリュゼの右手と繋がれ、正面で一丁の銃を作っている。

 今はもう口付けすら必要ない。

 俺たちの処理能力は結ばれ、一つになっていた。


 弾は既に用意されてあった。

 俺たちの指先に浮く、リュゼの指輪。

 それは、第一段階装飾型魔導具”壁”。

 一回で壊れてしまうが、それでも一回は耐えられる。


「さあ、笑っていこう!」

「そういうラスも、好き!」


 俺たちは全ての力を使い、指輪を撃つ。

 直前『ふふふふ、ふーふ、ふ』と、しっかり音楽が鳴っていた。


 空中で放たれた指輪は光の尾を引き、俺の部屋、オネットに向かった。


 世界の崩壊をせき止める壁は、リュゼの”無”と俺の”理想”を背負い、自分の役割を全うする。


 トリックは、人を騙すといった意味合いで使われる。

 それでも、”本物のようにあらわす”という言葉の解釈が、俺は嫌いではない。


「最高のトリックショットをありがとう」


 俺の言葉は、誰に向けたものなのか分からない。

 ただ俺は、とても満足していた。


 俺が見ている世界は、本物だからだ──



 ------



「とりあえずは、おめでとう」


 気がつくと俺は、真っ白な空間に居た。

 目の前に立ち、俺に話しかけてきたのは、オネットだ。

 彼は元の少年の姿に戻っている。


「君が英雄か?」

「そうかな、そうかもね……人探しのためにね、ちょっと利用させてもらったよ」

「探していたのは、俺か……」


 俺は現状を完璧に理解できていない。

 だが、それでいいと思っていた。


「この世界の秘密を教えようか?」

「興味ない」


 俺は即答する。

 帰ってやりたいことは、すでに決まっていた。


「ははは、流石だよ。とても変だ」

「知ってるさ。世界は再構築したはずだ、今後も変わらない。その事実以外、俺には必要ない」

「そうだね、基幹プログラムに干渉するとは驚いたけど、まあ、君なら納得だ」


 俺は早く帰りたいのだが、オネットは話を続けたいみたいだ。

 ただ、気持ちは分からないでもない。

 練りに練った設定を誰にも語れないのは、確かに辛い。


「オネット、俺は全てが作り物だとしても、それでいいと思っているんだ。結局人は、主観で生きている。一人称な人生を俺は謳歌おうかしたい」


 俺は真面目な顔で言った。


「まさか、僕が全部話すとでも思った? ありえないね、僕は君と同じだよ」


 オネットは年相応のいたずらっ子のように笑う。


「はあ……じゃあ、帰してくれ」

「なんで、そんなに急いでいるんだい? 君の夢は終わったはずだよ」

「いや、俺にはやりたいことがある」

「聞いてもいいかい?」


 俺は少し悩み、渋々答えることにした。


「俺はこの世界に、本物のゲームを生み出す。命などかけずとも、簡単に自己満足を達成できる素晴らしい装置だ。どうだ、笑えるだろ?」


 この世界について、俺は知ってしまった。

 もちろん漠然とした不安がないと言えば、嘘になる。


「いいね、完成したら僕にも遊ばせてよ」


 オネットはそんな俺の心を見透かしてか、優しい笑みを作った。


「ああ、そうだな……楽しみにしていてくれ。それで、報酬は貰えるか?」


 俺は思い出したように言った。

 俺の世界を自己満足で進めるためには、この不安は消しておきたい。


「なんだい? 僕の権限でできることならいいよ」


 オネットは言葉と同時に、俺の後ろに門を作り出す。


「俺の記憶、そうだな、世界の真実に関するものを消してくれ」

「いいの? それだと、処理も見えなくなるよ」

「ああ、構わない」


 俺の意思に、オネットは頷いてくれた。


「もう一ついいか?」

「強欲だね。まあ、今回はおまけしてあげるよ」

「感謝する。魔導具を一つ、俺は受け入れたい」


 俺はリュゼとの約束を果たすつもりだ。


「うん……頼んだよ、ラス」


 オネットは嬉しそうで、この時をずっと待っていたかのようだった。


「じゃあな、オネット。まあ、また遊びに来るさ」

「期待しちゃうね、そんなこと言われたら」


 俺は門へ向けて、重い腰を上げた。

 情報の過多は、俺でさえ厳しい。

 自分の処理能力に見合った情報を、取捨選択していこう。


「門を超えたら、どうせ忘れる。だから、二つ聞きたい」


 俺は門の目の前で立ち止まった。

 オネットからの返信がないことから、勝手に話し始める。


「向こうの世界はどうなった?」


 沈黙が流れる。


「リュゼは、君の、いや、俺たちの大切な人か?」


 鼻をすする声が聞こえた。


 俺は振り返らず、右腕を横に上げ、親指を立てる。


「任せろ」


 そう一言だけ言い残して、虹色の膜が張った門の先へ、俺は一歩踏み出した。

 背後で『これがオープニングだよ』と声がしたのは、気づかなかったことにしよう。



 ------



「あ、出てきた」


 俺が居たのは、リュゼと出会ったキュドサックの門だ。

 先に出ていたリュゼが、俺に駆け寄る。


「ラス、遅かったわね。どうだった? 攻略したことになっていたかしら?」


 俺はリュゼとオネットをトリックショットで倒し、門の第七段階を攻略した。

 その後、報酬の選択があり、彼女と別れたはずだが……


「頭から色々抜けているんだ、疲労かもしれない」

「覚えていないの? 私たちは一緒にオネットを倒して、いや、言い方が違うわね。オネットを改心させて、世界を救ったじゃない」

「そうなのか……まるで英雄じゃないか、俺たちは」

「そうよ! 私も鼻が高いわ!」


 リュゼは胸を張って、堂々としていた。


「で、あれが攻略扱いにされていたのか、それが気になるの! ねえ、どうだったの!?」

「ああ……思い出した。リュゼ、君は俺のものだ」


 俺は右手を差し出して、事実を伝えた。


「は……はあ!? あ、あんた、こんな人混みで、なんてことを……まあ、嬉しいけど……」

「いや、”第七段階自立型魔導具、門”が、俺の望んだ報酬だ」

「まさか……」

「成長したな、リュゼ」

「え、え……」


 リュゼが涙を流し始める。

 なぜ泣いているのか、自分でも分かっていないようだった。


「ありがとう」


 そして、最高の笑顔を見せてくれた。


「よし、従業員確保だ」

「は?」


 リュゼの笑顔が、固まった。


「会社をおこすぞ、リュゼ!」


 俺はそんな彼女の手を引き、駆けだす。


「王女様に怒られるわよー!」


 リュゼのツッコみは、いつもどおり。


 俺は俺のために生きている。

 だけど、皆にも最高の自己満足を提供したい。


 俺の”しっくり”は、その先にあると確信しているからだ。


 そう、世界が俺たちを待っている──



 ------



 そびえ立った摩天楼は廃墟と化し、地上から新鮮な空気というものが消えた荒廃した世界。

 

 薄暗い地下で、半永久的に動く機械が淡い光を放っている。

 その近くには、一台のベッドがあった。


 ベッドに横たわるのは、一人の少女。


 少女の白骨化した手を、もう一人の亡骸が大切に握っていた。

 彼は彼女を見守るように息絶えている。

 

 ある研究者は自立型AI”オネット”と共に、仮想世界を作り上げた。

 そしてそれは、ただ一人の少女のために存在している。


 少女の頭には電極が付けられていたが、それはすでに役割を終えていた。

 彼女が無事に転生できたのか、もはや知る者はいない。


 ただ、元ゲーマーの研究者は、少女に言ったはずだ。


 『画面端で変な動きしてる奴、俺だよ』と──




 画面端で変な動きしてる奴、俺。 完

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画面端で変な動きしてる奴、俺。 Seabird(シエドリ) @sea_bird

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