しっくりへ、俺。

「良い朝だな!」


 俺はカーテンを開け、太陽の陽を浴びる。


 窓の外に見えるのは雲。

 屋敷があったのは、空の上だった。


「ラス……おかしくなっちゃったのね……」


 リュゼが哀れみの籠った視線を向けてくる。


「せんぱーい、もっと遊びましょー」


 寝ぼけているレーヴは、寝巻を崩しながら俺に抱き着いてくる。


「ぐがー、ぐがー……」


 そして、お腹を出しベッドから落ち頭を床に付けているのにまだ寝ているのは、リス。

 妹の寝相の悪さはいつも通り、今日も素晴らしい一日が始まりそうだ。


 昨日、俺は寝た。

 当たり前だ、睡眠不足はトリックショットの敵だ。

 キングサイズのベッドに四人全員で寝るという少し窮屈な状況だったが、俺の体力は十分に回復している。


「ねえ、昨日は勢いに押されて聞きそびれちゃったんだけど、どうしたの? 本当に……」


 窓のそばで仁王立ちになっている俺に、リュゼが近づいてきた。


「俺はこれが普通だ、元に戻ったとも言える」

「そ、そうなのね……その見た目で……ありかも……」


 リュゼは少し悩んでいたが、気にしないことにしたようだ。

 小さなことは気にしない方が、案外すんなりと事が進んだりする。

 本筋さえ見失わなければ、きっと上手くいく。


「それで、方法は分かったの? ここに居ても、いいのよ……」


 最後にリュゼが漏らした願いは、彼女にとっては本心だろう。

 俺はそこまで鈍感ではない。

 仲間が寂しがっていることは、理解している。


「大丈夫だ、リュゼ。俺は君と共に、これからも生きるつもりだ」

「え、それって……」「せん、ぱい?」

「もちろんレーヴ、君もだよ」

「そうですよね、正妻は私ですからね。余裕を見せないと……」


 覚醒したレーヴが途中で危なくなったが、対処は慣れたものだ。


「つまりリュゼ、君はこれからも俺の仲間だ!」

「その顔は、その、卑怯よ……」


 俺の笑顔にリュゼは照れてしまう。

 それでもすぐに真剣な顔に戻り、俺に疑問をぶつけてきた。


「それで、どうするつもり? 攻略の糸口は見つかったの?」

「ああ、任せろ。俺の予想では、そろそろ来るはずだ」

「え、何が?」

「俺と彼との共振だ」

「全く意味が分からないのだけど……」


 俺がリュゼに説明している途中、窓の外から強力な魔力を感じた。


「待っていたぞ」


 俺は姿を現した気配に対して言う。


「想像力ってすごいね。本当に無限大だ」


 窓の外、空の上に浮いているのはオネットだ。


「説明は必要かい?」


 彼は笑いながら言った。


「いや、興味ない。このゲームは、俺にとっては現実。その事実だけで十分だ」

「いいね、しっくりくる回答だ」


 俺と彼は通じ合っている。


「ねえ、状況を説明してちょうだい。オネット、中ボスになるとか言ってたわよね」


 リュゼが怪訝な顔で聞いた。


「あ、中ボスって、真ん中のボスのことだと思った? ごめんごめん、中のボスのことね、この世界の中の。癖で言っちゃったよ」

「そ、そう……言ってる意味は分からないけど、私は必要なくなったのね」

「そうとも言えるし、そうとも言えないかもしれない。なぜなら、ラスはもう、試練を攻略したからね」

「え、どういうこと?」

「それは秘密。ねえ? 君はどうしたい?」


 オネットは俺を向いて聞いてくる。


「俺の持論でな、終わり良ければ総て良し、と決めてあるんだ」


 俺の馬鹿馬鹿しい予想は当たり、本来は絶望するべきかもしれない。

 それが普通の反応だとしても、俺は自分に正直になる。

 なぜなら、人生は結局、主観でしか把握できないからだ。

 

「なら、締めエンディングは頼むよ」


 オネットの姿が変わり、成人の大人になる。

 

 スーツ姿にくたびれた顔。

 髪はぼさぼさで無精ひげは整えようともされていない。


 彼は、俺だ。


「君がこの世界を作ったのか。いいね、しっくりきた」

「最高だろ?」

「そうだな、ゲームとはつまり製作者の魂だ。俺は君を倒し、この世界を攻略する」

「ああ、楽しみだ」


 オネットが重力に従うように落ちて行く。


 俺はアイテムポーチから剣を取り出し、物語の勇者の様にポーズを決めた。

 最後の戦いだ、気合を入れて行こう。


「ちょっと待って、どういうこと?」


 リュゼが俺の手を掴んだ。


「彼が門の正体だ」

「それが分からないんだけど……」

「そうだな……リュゼ、君は門ではない。いや、門ではあるのだが、言い方が難しいな……つまり、奴を倒せば、万事解決だ!」


 俺は説明が面倒になり、全てを投げ出す。

 この際だ、流れに身を任せることも大切だろう。


「先輩のため、レーヴ、頑張ります」

「分かりやすい敵、俺は好きだぜ」


 レーヴとリスは武器を取り出し、やる気満々だ。


「はあ……考えるだけ無駄ね。それで、どうやって倒すの?」


 リュゼはやれやれといった様子で、戦闘用の装備を取り出す。


「もちろん、絆の力だ」

「ふざけてるの?」


 冗談は通じなかったようで、俺は真面目に返されてしまう。


「妹よ、”無”を貸してくれ」


 俺がリスに手を向けると、妹は躊躇うことなく魔導具を渡してくれた。


「あいつもここで生きている以上、これが通じるはずだ。理を変え、全てを調和させる」


 俺は脳内でトリックショットの順番を考えた。

 こんかいは全ての動きに意味を持たせたい。

 回転しながら力を蓄え、最後に渾身の一発を放つ。

 そのためには仲間の協力が必要だ。


「消す、じゃないの?」


 リュゼが着替えながら聞いてきた。


「消したってつまらないだろ? 俺はこの世界を続けたいんだ」

「そう……」


 俺の想いが届いたのか、リュゼはそれ以上の追及を止めた。


「さあ、向かおう! 自己満足を求めに!」


 本当は、オネットが俺と戦う理由はない。

 彼が言っていたように、俺は”すでに”門の試練を乗り越えている。

 だが、乗り越えた先が、しっくりくるとはとても思えない。

 だから変える。

 全てを変換し、俺が満足する世界へ。


 全員が準備を終えたのを確認し、俺は窓から飛び出した。


「別に飛ばなくてもいいわ」


 リュゼが指を鳴らし、俺は顔面から地面に激突する。


「ぷふっ、なんて格好よ」


 笑われていることには気づいていたが、俺は何もなかったと立ち上がる。


 ここは第七段階、オネットと初めて出会ったタワーの下だ。


「始めるぞ」


 俺はまず、隣に立っていたレーヴの方を向く。


「レーヴ、俺を信じてくれるか?」


 彼女の目をしっかり見て、俺は伝えた。


「はい……」


 俺は同意を取り、口を近づける。

 レーヴは目を閉じ、受け入れてくれた。


「姉貴、す、すげー……」

「見ちゃだめよ、教育に悪いわ」


 リュゼがリスの目を塞いでいる。

 妹はそこまで子供ではないと思うのだが……


 俺は丁寧に魔力を受け取っていた。


 長い接吻の後、レーヴが倒れる。

 俺は彼女を支えた。


「帰ったら、真面目に騎士をするさ」

「ふふ、それはそれで、先輩らしくないです……」


 笑うレーヴに、俺は”無”を当てる。

 ノイズが走った彼女の身体は、消えた。


「ちょっとラス!? どうしたの!?」


 リュゼが慌てて駆け寄るが、俺の腕にはすでに何も抱えられていない。


「妹よ、俺に託してくれ」


 俺は妹を近くに呼んだ。


「お、俺も、姉貴と!? う、うう……初めてだから、優しく……」

「いや、違う。アイテムポーチを託してくれないか」


 リスが少し残念そうに、俺に最高位の魔導具が入った袋を渡してくれた。


「すまない……」


 妹の努力を使うことには、抵抗がある。

 しかし、まだ足りないのだ。


 俺が自責の念に落ちていると、唇に柔らかい感触がした。


「これで対価は貰ったぜ。帰ったらまた、俺を鍛えてくれよな!」


 リスの言葉に、俺は覚悟を決めて再び”無”を使った。


「ありがとう。リスを妹に持った俺が、一番豪運だ」


 頭を撫でられる妹は、最後まで笑っていた。


 俺はしばらく虚空に手を置いた後、見守ってくれていたリュゼに話しかける。


「肉体の情報を死体に偽装し、外の世界に帰しただけだ。もちろん生きている」

「そんなことができるのね……」

「ああ、俺が見えていたのは、魔力ではなかったのかもしれない」

「どういうこと?」

「こっちの話だ、気にするな」


 俺にだけ、魔力がみえていた。

 それには理由があったみたいだ。


 魔力とは、処理能力だ。

 鍛錬を積めば積むほど、個人が行える処理は膨大になる。

 そして処理の内容、世界の理を”無”の魔導具は変えるとができた。


 今の俺は、ハッキリと認識している。


 ──この世界に流れる”コード”を。

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