第3話

 聡美は特別、荒れた家庭で育ったわけではなかった。

 両親は不仲なわけではなく、一応まともな夫婦関係を築いていたように思う。



 父親は割と熱心に自分と関わってくれた。

 ただし、母親の方はそうではなかった。


 彼女は、子供に関してほぼ無関心に近かった。


 ……いや。

 子供だけじゃない。

 彼女は基本的に、自分以外は愛せない人間だったように思う。


 物心ついた頃から、ずっと感じていた違和感。


 果たして彼女は、自分に対して愛情を持っているのだろうか――?




 体調が悪いと訴えると、心配するよりもまず「明日の仕事に響く」と顔をしかめる。

 子供のせいで予定が狂うと、それだけで不機嫌になり軽くネグレクト状態になるのだ。

 一応、必要最低限の世話はするが、それはあくまでも死なれてはが困るから。

 子育ては愛情ではなく義務。


 産んでしまったから、仕方なくやっている――



「子供を欲しいと思ったことがない。なのに子供って出来るのよね」



 そう言って笑った彼女の顔が、今でも忘れられない。


 自分の理想に反することは認めない。

 出来の悪さに何度も舌打ちされた。

 自分はいいけど聡美がやると叱る。いつだって自分本位。

 食べ物の好みも、自分に合わせ子供の意見は聞かない。

 娘の服や靴がボロボロになっている事にも気づかず、自分はいつもキレイなものばかり身につける。

 自分以外は見ていないのだ。

 そのくせ、他人の子とはすぐに比較する。

 ダメな自分を責められ、涙を流したこともある。


 父親は何も言わなかった。

 言っても無駄だと、どこかで悟ったのだろう。

 父親がまともに接してくれたのが、せめてもの救いだった。


 そんな彼女は、聡美が高校一年の時に事故に遭って呆気なくこの世を去った。

 不思議と涙も出なかった。


 父親は、そんな彼女の後を追うように数年後他界した。


 一人っ子だった聡美は、成人するまで親族の元で世話になったが、就職と同時に1人暮らしを始めて現在に至る。


 恋人が出来ても、母親の事が頭にちらつき、いつも考える。



 自分はこの人のことを本気で愛しているのだろうか?……と。



 ただ愛しているをしているだけじゃないだろうか?

 自分を満足させるため、あるいは、自分に酔いしれているだけではないだろうか?


 愛していると言われたから、自分もそうだと思い込んでいるだけでは……


 何となく流され、子供を産み落とし、結果愛を疑う不幸な娘を一人この世に放っただけ。



 あの女のように。



 自分もなるのが怖かった。

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