第2話 魔法の箱
5年生になった僕は、やっぱり学校よりも家が好きだった。一緒に遊ぶような友達もいないし、他の子が好きなゲームやアニメにも興味が無かった。だからいつものように学校から帰ると、昼寝をしているミイの隣で本を読んでいた。
「おばあちゃんが倒れて救急車で運ばれたから、今から病院に行くわよ。父さんは後から来るから」
いつもよりだいぶ早く帰宅した母の顔は真っ青だった。
祖母は、運ばれたその日に病院で亡くなった。もう何年も会って無かったので、ベッドの上に横たわっている白髪だらけのその人が祖母だとは信じられなかった。
葬儀や初七日も終わり慌ただしさもなくなった日曜、祖母の家の片付けに両親と向かった。
祖母の家は昔のまま時間が止まったようだった。「じゃじゃーん♪おばあちゃんの魔法はすごいでしょ」と、おばあちゃんが笑いながら今にも姿を現しそうな気がした。
父さんと母さんは、まず寝室にある書類や通帳なんかを整理しているようだった。弟が色々触って邪魔をするので、整理はあまりはかどっていないようだ。僕は居間にあるアルバムを少し眺めていたけど、ふと台所の棚が目に入った瞬間、あの大喧嘩の前日の事を思い出した。
祖母が台所の棚の扉を開けては眺め、閉めてはため息をつく姿を何度も見ていた僕は、その日、中を覗こうとしていた。椅子を引きずりながら棚の下まで持っていき、扉を開けようとした瞬間、悲鳴のような声をあげながら駆けつけた祖母が僕を椅子から降ろした。
そして今まで見た事のないつりあがった目で睨みつけ「絶対中を見たらいけない。いいかい、絶対にだよ。約束だからね」と言った。
僕は今までこの事を忘れていた。いつも優しかった祖母。祖母のあんな怖い顔を初めて見てしまった幼い僕は、夢だと思ったのかもしれないし、忘れたかったのかもしれない。
約束した祖母はもういない。そして、なぜか母に見つかる前に中を見た方がいい、直感的にそう思った僕は扉を開けた。
そこには、1箇所だけ握り拳が入るくらいの丸い穴が開いた正方形の箱が入っていた。くじ引き用の箱に似ていたが、穴が開いているのに箱の中は真っ暗で何も見えなかった。
箱を逆さにして振ってみたが、中には何も入っていないようだった。手を突っ込んでみたが、やはり何も無かった。
祖母の魔法を思い出し、少しわくわくしていた僕はがっかりした。箱を元の場所に戻そうとした時、棚の中に一枚の古い紙がある事に気付いた。
7日間の内、6日は幸あり
7日間の内、1日は試練あり
7分の1と唱えて手を入れよ
7日間、必ず毎日一回手を入れよ
と書かれていた。多分、祖母が書いたものだ。
僕は箱を隠して持ち帰った。帰りの車の中、僕の心臓の音で両親にばれるのではとヒヤヒヤした。
その日の夜、布団の中でずっと考えた。どうしてもあの紙に書かれていた事が気になった。あの言葉、いや呪文を唱えると一体何が起こるんだろう。おばあちゃんは、やっぱり魔法使いだったのかも。いや、絶対に魔法使いだったんだ!
考えれば考えるほど、どうしても確かめたくなった僕は、月曜日の朝ついに決行した。
<1日目 月曜日>
いつもより早く目覚めた僕は、ベッドの下に隠してあった箱を取り出した。そしてあの呪文を口にした。
「7分の1」
恐る恐る箱の中に右手を入れると、昨日まで何も入っていなかったのに、指先に紙のようなものが触れた。そのまま箱の中をゆっくり確認すると、どうやら7枚の小さな紙切れが入っているようだった。
7分の1ってことは、1週間毎日一枚ずつ取り出せって事だと思った僕は、少し汗ばんだ手で一枚取り出した。
【 テスト 】
そこには【テスト】と書かれていた。全く意味が分からなかったけど、母の足音が聞こえてきたので急いで箱をベッドの下に戻した。
登校すると、クラスの子達は1時間目にあるテストの話題をしていた。どうやらクラスの中の誰かが職員室に行った際、先生がテストの準備をしていたのを見たらしい。
今日の1時間目は理科だけど、先生はテストなんて言ってなかったのにな、そんな事を考えていると先生が教室に入って来た。
ホームルームの時間、先生は1時間目に抜き打ちテストをするからと宣言した。そしてすぐにプリントを配り出した。
1時間目のチャイムが鳴ると皆一斉にプリントを裏返して問題を解き出した。
僕の心臓がすごい速さで動いているのを感じた。どの問題も、この間偶然見ていたテレビでやっていたものだった。そうか、これがあの紙に書いていた【テスト】の事なのか。今日はどうやら<幸>の方を引いたらしい。
僕は走って家に帰ると、足元にまとわりついてきたミイに咳き込みながら話した。
「ごほっ、き、聞いてよミイ!今日のテスト全部解けたんだよ!すごいよ、やっぱり魔法の箱なんだ!」
ミイはきょとんとして僕を見つめていたが、僕は嬉しくて嬉しくてミイを抱き上げ思わずぎゅってした。
そして、ポケットに入れておいた【テスト】と書かれた紙はいつの間にか消えていた。
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