友達だから

 カミルは俯く。

 ここまでやって、出自を隠しきれるとは思っていなかった。それでも、できるなら隠しておきたかった。それを知ったフィーネの気持ちは想像できる。


「──俺が、怖くなったか?」


 カミルは低く抑えた声で訊いた。すると、フィーネはすぐ言い返してくる。


「そんなわけありません!」


 そのまま、鋭い眼差しを向けてきた。


「心配になったに、決まってるじゃないですかっ……!」


「フィーネ……」


 カミルは硬直する。


「カミルさんは優しい人だから。過去の記憶を取り戻して、きっと心を痛めてると思いました。だから、心配で……私も胸が痛んで……」


 つらそうに語るフィーネを見ながら、カミルは思った。

 カミルは、フィーネから優しいと評価された。だが、本当に優しいのはフィーネのほうではないか。優しいからこそ、寄り添える。ともに心を痛めることができる。


「安心してくれ。もう大丈夫だから」


 穏やかな笑みを意識して作りながら、カミルは言う。


「もちろん、記憶を取り戻した直後は取り乱した。罪の重さに耐えられなくて、死にたくもなった。でも、もう落ち着いたよ。だから、大丈夫だ」


 すこしして、フィーネは目を細めた。


「それは、本当ですか?」


 その声は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも聞こえる。

 カミルは詰まってしまう。だが、それは一瞬だった。ほぼ間を置かず、答えられる。


「あぁ、そうだよ」


「だったら……」


 フィーネは足を軽く前に出し、ふたたび尋ねた。


「どうして、そんなにつらそうな顔をしているのですか……?」


 カミルは驚く。迷いは隠していたつもりだった。だが隠しきれず、表情に出てしまっていたか。


「そう、だな……」


 カミルは観念する。


「嘘をついた……ごめんな。正直、迷いは拭えない。信じられないかもしれないけど、俺は何十、何百っていう、何の罪もない人を傷つけて、殺めてきた。それが途中まで悪だとは気づかずに、だ。そんな人間が普通の人生を歩んでいいのか、幸せを求めてもいいのか……そんな疑問が頭から離れないんだ……」


 白状して、地面に目を落とす。


「私、は………」


 フィーネは俯いてから、口をゆっくり開いた。


「軽々しく、普通の人生を歩んでいい……幸せを求めてもいい……なんて言うことはできません……カミルさんの罪をどうにかする力もありません……けどっ……」


 俯かせていた顔を、フィーネは上げる。


「それでも、つらそうな姿は見たくない……見たくないからっ……カミルさんの顔が暗くなる理由が、過去に犯した罪のせいだって言うならっ……」


 そして、射貫くような視線を向けながら言った。


「私に、罪を、分けてくれませんか?」


「フィー、ネ……?」


 カミルは、戸惑いから瞳を揺らす。


「私に、カミルさんが背負っている罪を分けてください。罪に苦しむ気持ちを、私に預けてください。そうすれば、カミルさんの背中は半分空くはずです。そこに幸せを乗せてあげてください。私でも、殺めた方々のためでもない。カミルさん自身の幸せを乗せてあげてください」


「どう、して……」


 カミルは理解に苦しんだ。


 どうして、罪を分けてくれなんて言い出したのか。呪禍から救われた恩義からか。ならば、釣り合いが取れていない。カミルは、そんな大層なものは与えられていない。だから、フィーネが罪を背負う必要なんてない。

 そう考えていると、フィーネはふっと笑む。


「私を呪禍から救ってくれました。私の日常を守ってくれました。そんな恩義や感謝はあります。でも、だからじゃないんです。だから、罪を分けてほしいんじゃない。罪を分けてほしいのは、私が──」


 そして、フィーネは言った。


「私が、カミルさんの友達だからです」


「──っ」


 瞬間、全身に稲妻が駆け巡る。目頭が熱くなり、手足がじぃんと痺れた。


「は、はは……」


 カミルは苦笑を洩らす。一本取られたような気分だ。


 フィーネは他者に壁を作っていた。友達なんて必要ないと拒絶されたこともあった。そんなフィーネが、友達だからと言ってくれた。友達だから苦しみをともに背負うと言ってくれた。こんなこと、喜びを覚えないわけがない。

 曇っていた視界が晴れ渡り、心に温かい湯のようなものが満ちる。


「そう、だった、な……」


 肩を貸してもらうような感覚で、カミルは頷いた。

 フィーネは頬を綻ばせる。つられるようにして、カミルも頬を綻ばせた。

 そのとき、あることを思い出す。


「──そうだ、せっかく来てもらったんなら」


 カミルは懐からゲムスホルンを取り出した。


「市で約束したよな。誕生日プレゼントに曲を贈るって。その曲が完成したんだ。よかったら聴いてくれないか?」


 訊くと、フィーネは弾んだ声で返す。


「はい、ぜひ」


「じゃあ──」


 カミルはゲムスホルンに口を寄せ、空気を吹き込む。

 すると身に沁み渡るような、心地良い旋律が響いた。


 旋律は窓を抜け、空に舞い上がり、靄のように溶けていく。そんな旋律を、カミルとフィーネは穏やかな顔で見守っていたのだった。

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心を閉ざした少女と友達になる仕事を引き受けた 天海いろ葉 @irohaamami0601

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