焼くべきお節介

「毎日だよ。例外はないだろうね」


「つまり、外には一歩も出ないってことですか?」


「中庭に出ることはあるだろう。でも、屋敷の外に出ることはないよ」


「え、じゃあ、人に会う機会は───」


「屋敷に住んでいる人間と顔を合わすことはあるね。ただ話す人間となると、僕か専属女中のグレータだけになるかな。会話の時間は三分いけば長いほうだ。僕は仕事で屋敷を空けていることが多いし、グレータもメイドの仕事があるからね」


「それは……」


 喉にせり上がる言葉があった。続きを口にするかどうかは悩んだか、決断する前にそれは言い当てられてしまう。


「──寂しい、かい?」


 コルネリウスはわずかに口角を上げながら、目を細めた。


「そうなんだ。フィーネは人との繋がりが薄い毎日を過ごしている。言葉を選ばないなら孤独な毎日だね。一人読書をしているフィーネはどこか寂しそうで、僕は心を痛める。そして、なんとかしてあげたいという思いを抱くようになったんだ」


 なるほど、フィーネは孤独に寂しさを抱いていた。そんな寂しさを埋めてあげたい──コルネリウスは、そんな兄心を抱いたということか。


「けれど、そんなに話は単純ではなくてね」


 コルネリウスは穏やかではない物言いを添える。


「フィーネは気難しい性格でもあるんだ。端的に言うなら、心に壁を作ってる」


「心に壁……?」


「本心を見せないっていうのかな。安心できる領域に近寄らせないというか。それは、僕や専属メイドのグレータに対しても例外ではないんだ。拒絶を食らうこととかはないけど、やっぱり本心は見せてくれない感じかな」


 心に壁がある──そんな言葉が、カミルの脳裏を何度も巡っていた。


「僕は、フィーネが心の奥底では他者との繋がりを求めている……と信じている。だが、僕がなんとかしてあげようと動くことは、お節介に変わりないだろう。善意の押しつけに他ならない。そんな葛藤を抱えて、僕はロスに相談をしたんだ」


 言いながら、コルネリウスは真向かいに視線を送る。ロスヴィータは視線を受け取るように頷き、脚を組み替えた。


「あたしもフィーネと顔を合わせたことはある。他人に壁を作っているって印象は同じだったな。コルが足踏みする気持ちも理解はできる。でも、あたしはそれでもあえて言ったんだ。お節介を焼くべきだってね」


 その語り口は真剣だった。


「朝起きて、誰とも関わらない仕事をして、一人読書をして、夜は眠りに就く──そんなルーティンを死ぬまでくり返す人生が幸せって呼べるか? 無理だろ。それに善意の押しつけなんて、いまさら気にすることじゃない。人間関係なんて所詮、エゴとエゴの押しつけ合いだ。程度の差はあろうが、そこは変わらない。だから、あたしはお節介を焼くべきだって言ったんだ」


 コルネリウスは反省するように背中を丸める。


「僕はそれに言い返せなかったよ。善意の押しつけになる不安はある。だが、それよりもいまが最善だと信じることもできなかった。だから、僕は兄としてお節介を焼く覚悟を決めたんだ。そうしたら──」


「あたしがこう言ったんだ。『安心しろ、あたしがフィーネの孤独を埋められるヤツを、友達になれるヤツを、連れてきてやる』ってな」


「そう……結果、カミルくんが抜擢されたんだね。確かに、カミルくんは歳が近く、上下関係も生まれない。適任なのは理解できるよ。ただ、いろいろと大胆すぎるだろう。策自体にも驚いたけど、カミルくんをいきなりフィーネの部屋に放り込むだなんて……」


「いーんだよ。フィーネの壁は鋼より硬いんだ。出会いは劇的なくらいがちょうどいい」


「確かに、フィーネの壁を壊すには荒療治が必要かもしれないけど……」


「そそ、分かってるじゃん。じゃあ──」


 ロスヴィータは愉快げに身を乗り出す。コルネリウスは難しそうに腕を組んでいた。

 カミルはようやく、完全に事情を把握する。


 きちんと説明してくれたことには感謝しよう。だが、この段階でふたたび考え直す時間を与えてはくれないのか。

 不満が湧く。だが、その不満は押し留めた。


 すべてはロスヴィータの策略だったことに気付いたからだ。こんな依頼、みな尻込みするに決まっている。だから、ロスヴィータは前もって承諾を引き出しておいたのだ。


 もはや、カミルはロスヴィータに従うしかない。

 ここから、ロスヴィータの案が取り下げられることもないだろう。コルネリウスが乗り気ではないようだが、いかんせん性格が穏やかすぎる。ロスヴィータを説得しきることは難しそうな印象を受けた。


 だったら、早めに覚悟は決めておいたほうがいい。カミルは身を強張らせる。

 そのときだった。コルネリウスが急に剣呑な雰囲気を醸し出す。


「──けど、だよ。まだロスの考えには賛同できないかな」


「コル……?」


「首都から帰ってきてすぐ、不在中にレオノーレで起きた出来事をまとめた報告書を流し見してね。救済士協会レオノーレ支部の人員整理があることを知った。解雇対象にカミルくんの名前もあった。ロス、まさかとは思うけど──」


 くい、と眼鏡の位置が整えられる。


「救済士協会に戻すことを条件に、カミルくんに仕事を強制しようとしてないかい?」


「──いっ⁉」


 ロスヴィータは身を震わせた。


「その反応、やっぱり図星だね? 事情を理解していないカミルくんをどうやってその気にさせたのかと思ったけど、いくらロスの提案でもそんな強引な手段は支持できないよ」


 コルネリウスは窘めるように言う。商人としての洞察力ゆえか、ロスヴィータと幼少期を過ごしてきた経験がゆえか。どちらか判断はつかなかったが、いずれにせよ畏怖すべき鋭さである。


「それに、ずっと違和感があったんだ。友達は誰かに頼まれてなるものじゃないよね? カミルくんがフィーネの友達になってくれるなら嬉しいけど、カミルくんに前向きな意志がなければ、真の友人関係が築けるとは思えない。フィーネの孤独を癒やせるとは思えない」


 コルネリウスは有無を言わさぬ様子で続ける。


「だから、この話は白紙に戻そう。よりよい手段を考えよう」


「お、おいっ……コル……」


 あからさまに動揺するロスヴィータから、コルネリウスはカミルに視線を移す。


「カミルくんにも悪いことをしたね。お詫びと言ったらあれだけど、救済士解雇の件に関しては僕が領主パスカルに交渉してみよう。仮に無理だとしても、職を失う心配は不要だよ。そのときは、ラングハイム商会で何かしらの仕事を用意することを約束する」


「え、えっと……」


 カミルは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。

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